2023年の期間内(対象:2023年5月〜2023年9月)まで、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。プロ野球部門の第3位は、こちら!(初公開日 2023年7月7日/肩書などはすべて当時)

 別れは突然、訪れる。

 7月3日、マリーンズはプロ3年目を迎えた小沼健太投手(おぬま・けんた/25歳)が、ジャイアンツへトレードで移籍することを発表した。

 ZOZOマリンスタジアムでトレードを告げられた小沼は、リリースされた後に一塁側ロッカールームに足を運んだ。試合のない月曜日のロッカーは閑散としていたが、先発登板に備えた2人の投手の姿があった。西野勇士投手と佐々木朗希投手だ。

 小沼の口から移籍が決まったことを告げられると、2人とも目を丸くして驚いた。西野はエールを送り、佐々木は寂しい想いを何度も口にした。その模様はマリーンズ広報室Twitterに動画でアップされ、大きな反響を呼んだ。

 小沼がロッカーから去っていく姿を「寂しいです」と名残惜しそうに見つめる佐々木。「もう、いいよ。ありがとう。頑張れよ」と照れながら手を振る小沼。その映像は多くのファンの心に残った。

朗希や山口など後輩が慕う人柄

 一緒によく食事をした。寮で、遠征先ホテルの食事会場や試合前の球場での食堂で。佐々木が昨年1月にインスタグラムを開設した際、やり方が分からず、苦労している時に投稿の仕方などを丁寧に教えてくれたのが小沼だった。佐々木は「すごく丁寧に教えてくれたのが印象に残っています。いつも優しく見守ってくれているような人。本当に優しい先輩」と寂しそうに話した。

 その人柄から多くの後輩選手たちから慕われていた。トレード翌日の7月4日のライオンズ戦(ZOZOマリンスタジアム)、5番右翼でスタメン出場した山口航輝外野手は、第1打席で小沼がマリーンズ時代に登場曲として使用していたLittle Glee Monsterの『はじまりのうた』を使用して打席に向かった。惜別の想いだった。

 試合後、「小沼さんの登場曲を使ったら打てませんでしたよ!」と連絡を入れると「悲しすぎて涙が出て、ボールが見えなかっただけだろ。分かっているよ」とすぐに返信があったという。そんな仲だった。

 山口にも忘れられない思い出がある。まだ寮生だったプロ3年目の12月。共同の洗濯機にバスタオルなどの洗濯物を詰め込んだまま、実家のある大阪に帰省してしまった。「実家に帰ってから思い出して、“しまった”と思った」と山口は当時を恥ずかしそうに振り返る。

 しかし、だ。年明けに寮に戻ってみると、先に寮に戻っていた小沼が洗濯機を回し、洗濯物を取り出し、キレイに干してくれていた。後輩がうっかり忘れた洗濯物を、である。あまりの優しさに驚き、平身低頭、謝ると「いいよ。いいよ」と照れ臭そうに笑っていたという。

「それぐらいからよく一緒にいさせてもらうようになりました。オフもキャンプの時とかも山本大斗(外野手)とずっと3人でいました」(山口)

 ちなみにトレードが決まった前日も共に過ごしていた。山口の自宅でたこ焼きを頬張り、夜遅くまで時間を過ごした。その翌日、小沼はトレードを告げられた。山口は「めちゃくちゃ寂しい。休日もずっと一緒にいたので。でも、本当に頑張って欲しいです」と別れを惜しみ、先輩の新天地での活躍にエールを送る。

小沼を見守ってきたジョニー

 黒木知宏投手コーチは就任後、身近で小沼を見てきた。黒木コーチは現役を引退した今でも身体を鍛えているのだが、遠征先などで試合後に宿舎近隣のジムに足を運ぶといつも小沼の姿があった。

「試合が終わってジムで顔を合わせる選手はそんなに多くはない。でも小沼はよく見かけた」(黒木投手コーチ)

 デーゲームでも、ナイターでも試合後にウェートトレーニングをしている姿はすごく印象に残った。「細かい身体の動きのために細かく鍛えていた。黙々と取り組んでいた。その姿は目に焼き付いている」と目を細める。そして、「必ず、どこかでそういう努力は報われる。野球の神様は見ている。やりつづけることでご褒美はある」と続けた。

 トレードがリリースされ、電話をすると「155キロを投げ切れる投手になれるように頑張ってきます」と、本人から威勢のいい言葉を聞けたという。MAX152キロのストレートを投げ切ることができる右腕だが、黒木投手コーチは常に「155キロ以上、常時、投げることができる投手」と言い続け励ましてきた。

「もっと、圧倒的な投球ができる可能性を秘めた投手。手足も長いし、190センチ近い長身(公称189センチ)。筋力アップをすれば、もっともっと高みを目指せる数少ない投手」

 だからトレードの翌日、ジャイアンツでの入団会見を終えてZOZOマリンスタジアムに挨拶に訪れた際、「155キロを投げる投手として日本シリーズの舞台で再会できることを願っているよ」とエールを送って送り出した。

「この世界は広いようで狭い。野球の縁はつながっている。すぐにこのグラウンドで会える日が来る」

 去っていく後ろ姿をずっと見続けていた黒木投手コーチはそうつぶやいた。

「初勝利したら財布を買ってあげる」

 小沼のボールを受ける機会が多かったのが、佐藤都志也捕手だ。小沼がイースタンリーグでセーブ王に輝いた2021年、二軍で小沼が初セーブを挙げた試合でマスクを被った。

 もともと共通の知人がいたこともあって、小沼がマリーンズ入りする前から顔見知りだった。昨シーズンの前には「初勝利をしたら好きな財布を買ってあげるよ」と約束。すると、22年5月26日のカープとの交流戦で中継ぎ登板をした小沼に勝ち投手の権利が転がり込んできた。もちろんマスクを被っていたのは佐藤。「勝ったら財布を買わなきゃと思いながらリードしていましたよ」と笑った。財布は遠征先の大阪で一緒に買いにいった。

「ストレートとフォークがあって、コントロールがいい投手。キャッチャーとして組みやすい投手だった」

 縁のあった投手との別れ。別れ際には「財布、これからも変えるなよ」と笑って送り出した。そして「寂しいけどチャンス。オマエはストレートを両サイドに投げ切るのが持ち味。いいところで投げさせてもらえるように頑張れよ」と励ました。大きく頷いて小沼は旅立っていった。

 小沼はジャイアンツの入団会見で「優勝した時に小沼が入って良かったと言われるようになります」と力強く語った。選手だけではなく、多くの人から愛され慕われていた選手だった。誰もが新天地での活躍を願い、楽しみにしている。

 いい人で、努力の人で、ポテンシャルの高い選手。あだ名はハンチョウ。漫画『1日外出録ハンチョウ』の主人公に似ているからで、先輩の東條大樹投手が名付けた。本人もこのあだ名が気に入り、グラブに「ハンチョウ」と刺しゅうを入れた。そんな小沼をマリーンズの誰もが好きだった。多くの仲間たちに見守られながら新天地で新たな野球人生が始まる。

文=梶原紀章(千葉ロッテ広報)

photograph by Chiba Lotte Marines