今年も大きな盛り上がりを呼んだ105回目の夏の甲子園。真夏の大舞台は、慶応高校の107年ぶりの優勝で幕を閉じた。同校の慣例にとらわれない「新しい高校野球」が話題となる中で、ともに注目を集めたのが決勝で敗れた仙台育英・須江航監督の心に刺さる言葉と指導論だ。では、その原体験には一体どんな出来事があったのだろうか?(全3回の2回目/#1「学生コーチ時代」編、#3「甲子園決勝戦」編へ)

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 そもそも須江が2018年1月に監督となったのは、前年にチーム内に不祥事があり、突如就任が決まってのことだった。

「当時いたのは(前任の佐々木)順一朗先生に教わりたくて入って来た子たちだから、“お前じゃねえよ”ってどこかで思われていたんじゃないかなと。だから、僕がいくら正しいと思ったことを諭しても彼らの中に入っていくのは無理だと思ったので、彼らの話を1対1で徹底的に聞きました。

 この6年間で何が一番成功したかと聞かれたら、甲子園で優勝したことよりも個々の対話を重視することを気づかせてくれた、その就任1年目の雰囲気でした」

偏差値70を超える子だけではない

 もともとは須江は組織の先頭に立ち、自ら言葉を発する立場に立ってきた。だが、対話を重ねて相手の思いもくみ取っていくうちに言葉にパワーが宿り、様々な音色をもたらしていったのかもしれない。

「高校生って色んな感情がありますよね。いい顔している時もあれば厳しい顔の時もあります。うるせえなって思うこともあるでしょう。高校生だからそういうこともあります。僕が関わっている高校生は偏差値70を超えるような子だけではなくて、(通知表の)5が多い子もいれば3ばかりの子もいて、振れ幅が大きい子たちが集まっている。正論や理論だけで通用しないことも多いんです。

 尊敬のまなざしで見てくる子もいれば、『監督、まじだりぃよ』とか文句を言いながら成長していかないといけない層もいますから、両方に対応できる顔を持っていないといけない。うっとうしがられることもありますが、心地いいだけの組織ではうまくいかないですよ。それはどういった組織でも言えることだと思います」

 試合のベンチでは穏やかな表情を見せる須江は、一見「怒らない監督なのかな」と思わせることもある。だが、それを須江は完全否定する。

「試合の中のプレーでミスが起こっても、厳しい叱責はほとんどしません。公式戦など、発表の場で怒ってもしょうがないですから。ミスの原因ってほとんどが思考の問題なんです。だいたいのミスは頭が追いついていない。自分が何をすればいいのか分からないうちに何かをしなくちゃいけなくなって、結局できなくてそれがミスになる。でも、その場で『お前、何をやっているんだ』って言っても手遅れなんです」

 仙台育英では普段は選手に考えさせ、自主的な練習を促している。ミスを起こした場合も指導者がいきなり頭ごなしに怒るのではなく、なぜそのミスが起きたのかを考えさせ、起きないようにするにはどうするべきか、自らの思考を張り巡らせながら原因をしっかりと突き止めるようにしている。

「でも、自主的な練習ってある程度、思考力がないとできないじゃないですか。だからそれを授けられるまでは厳しいことはよく言います。あとは規律や生活態度に関してもキツイことは言いますね。僕のことを優しいって思っている選手は1人もいないんじゃないですか(笑)。

気をつけるのは「怒るのに依存しないこと」

 ただ、気をつけるのは怒ることに依存しないことです。怒られたことで選手に気合が入って、根性を出して頑張ったみたいな言われ方をされることもありますけれど、『あの時、僕が県大会で喝を入れたことでチームが引き締まった』とか『そこを突破して甲子園に行けた』とか『優勝した』とかってなると、それは麻薬みたいになってしまうんですよね。もっと叱れば、怒れば成果がついてくるのではという悪循環になるんです。

 選手からしたら怒られないようにしようという思考が働くだけで、何かを成功させようとか、もっといい組織にしようとか思わなくなります。怒ることで破滅に向かっていく部分もありますが、それでも怒るという手段を使わないといけない時は怒る、くらいの感じですかね。怒ることは最終手段というか、実際は効果がないということを自分に言い聞かせておかないといけないです」

 怒鳴り散らす、声を荒げるのではなく、諭す、説く、というスタイルを敷く指導者が最近は増えてきた。ミスを勢いで否定するのではなく、事柄を頭に浸透させて理由を導き出せるのが最も理想的かもしれない。

「一番は説明するしかないんです。何がダメなのか、じゃあどうすればいいのか。その後どんな風に歩んでいくのかはその子の思考力によります。1アドバイスをして10にできる子もいれば、7くらい言わないと行動に移せない子もいます。それは本人との対話の中で与える部分の微調整が必要です。極力与えない方がいいんですけれどね」

 須江は、かつて仙台育英の系列校である秀光中学校でチームを率い、創部間もない野球部を全国レベルにまで引き上げた実績がある。中学野球と高校野球。畑は違うが、中学生を指導してきた経験も高校生の指導にプラスに働いているという。

「ひとつ下のカテゴリーを経験していることは、優位な部分が大きいと思います。何なら小学生も指導していたら良かったなって思うくらいです。思春期、多感期の中で色んな悩みが凝縮されている中学生を見てきたので、高校生はかわいいものです。でも『絶対にこれをしないとうまくいかない』と思ったことは、やっぱり話を聞くことですね。

 中学生は良い意味で自分が何者かを分かっていなくて、従順なんですよ。でも高校生は、県選抜に選ばれたとか、基本的に成功体験を積んじゃっているので、自分の型取りができていて中学時代の恩師の影響もある。なので、僕から何かを伝えても心の底では否定している子もいるんですよね」

人生は敗者復活戦

 そんな風に、様々な目つきをした選手を預かってきてもう6年目。それでも須江のチーム作りは結果にしっかりリンクし、昨夏の全国制覇から一気に注目を集めている。

 かつては大所帯だった仙台育英は、現在は1学年の部員数が25人前後だ。寮のキャパシティーの問題、目の行き届く人数がそれくらいであること、当初は20人弱でもと考えたが、競争させるのに最も適しているのが25人前後だと考えた結果だった。その人数にすることは、須江が母校の監督の就任の打診を受けた際に、最初に出した“お願い”でもあった。

「人生は敗者復活戦」

 須江が発した、今夏新たにピックアップされた言葉だ。

 失敗しても這い上がる。肝に銘じる。

 学生コーチ時代の苦い経験が、長年の時を経て須江の体の一部となり、昨夏、大輪の花を咲かせた。来年はどんな色のどんな形の花が咲くのか。東北の雄、いや、今や全国指折りの常勝校となったライオン軍団への期待は尽きない。

(「甲子園決勝戦」編につづく)

文=沢井史

photograph by Kiichi Matsumoto