メッシがすごいというのはおそらく誰でもわかる。
サッカーをしたことがない人だって、彼のプレーを一目みたら、その異次元なプレーぶりに目を奪われるだろうし、世界最高の選手というのを否定する人は極めて少ないはず。それこそ何がどのようにすごいのかを話し出したら終わりなく激論が続いていくし、そうしたディスカッションはとても楽しいものだ。
「決めて当然」ゴールエリア内のシュートが決まった確率は…
今回はそんなメッシのすごさがわかることにもつながる、新しいサッカーデータについてお伝えしたい。
サッカーでもなんでも、ボールスポーツは《決定機をいかに作り出し、その決定機でいかに決めるか》が重要視される。何度も何度もチャンスを作り出しても、最終的にゴールを決められないとスコアは動かないし、結果には反映されない。チャンスを作り出す能力とチャンスを決める能力はまた別物だ。芸術点が加算されたりはしないのだから。だからあらゆるゴールに価値があるし、ゴールに結びついたパスが《アシスト》として計算され、それが重要な数値として評価されるのは理解できる。
僕らは試合を見ながら《絶対に決めなければならない場面》を前に興奮する。でも果たして僕らが思っている《決定機》とはどのくらい確実にゴールを決められるものなのだろうか。
例えばゴールエリア内でのダイレクトシュート。ブンデスリーガのデータによると638シュートのうち決まったのは74%だという。4本に1本は外してしまうのだ。技術的ミスだったり、精神的プレッシャーが要因だったり。あるいはDFやGKがそれ以上のプレーをしたり。サッカーというゲームにおいて一番ゴールが決まりやすい局面であっても、100%とはほど遠いのが現実だ。
GKと1対1の場合は?
あるいはGKと1対1になった場面だとどうだろう。スルーパスで抜け出したり、相手DFのミスもあったりして、ゴール前でGKと1対1となるとファンはガタッと席から立ち、「決めてくれ!」と祈りだす。そしてシュートを外すと「100%決めなきゃいけない場面じゃないか!」とヤジを飛ばすし、選手は試合後「あれは決めなければならない場面だった」と肩を落とす。試合におけるもっともスリリングなシーンの一つかもしれない。
でも実際にはどのくらいこうしたシーンからゴールが生まれているのだろう? 100%は言い過ぎとして、でも80%くらい? いや、50%くらいじゃないか?
ドイツサッカー協会の本拠DFBアカデミーでデータ科学を担当するDr.パスカル・バウアーがドイツサッカー協会公認A級/プロコーチライセンス(S級相当)指導者を対象にした7月の国際コーチ会議で興味深い話をしていた。
「《DFが直接関与できないゴール正面からのGKとの1対1のシーン》を条件として、ブンデスリーガにおける過去データ全てを調べてみました。全部で7440シーンあったうち、ゴールとなったのはわずか31%! GKとの1対1は統計学的視点で客観的に見たら、《絶対に決めなければならない決定機》などではなく、3本に1本も決まらない難易度の高いシーンなんです」
バウアーによると7440シーンのうち、46%はGKがセーブしているという。ブンデスリーガにおけるGKのレベルの高さの表れであると同時に、1対1という場面だと実はパスという選択肢が減る分GKの方が対処しやすいシーンだという認識をこちらが持つことが大事なのだろう。
ゴールへの期待値を算出
意外な視座を与えてくれるサッカーのデータ分析。ここ数年、おなじみのゴール数やアシスト数だけではなく、ヨーロッパではエクスペクテッド・ゴール(xG)、エクスペクテッド・アシスト(xA)というデータが注目されているのをご存じだろうか?
直訳するとゴールへの期待値。ボールの位置、ゴールまでの距離と角度、GKとの距離と角度、DFの位置や数的状況などの条件からゴールになる可能性を、過去の試合におけるデータと照らし合わせて数値として出す。0に近ければ近いほどその局面からゴールになった前例が少なく、1に近ければ近いほどよりゴールが生まれたのと似たシーンを作り出したという指標だ。
例えばゴール前フリーでパスを受けて、GKも完全に逆を取られていて、後はボールを押し込むだけという局面では、エクスペクテッド・ゴール値は0.9ほどになる。わかりやすく確率論で考えると、《90%決めなければならないシュートチャンス》。このようにどんな状況から決めたゴールなのか、どんな状況から作り出されたゴールチャンスなのかがより明確になるので、欧州を中心に注目を集めているデータだ。
曖昧な「アシスト」をより明確化
よくよく考えると、ゴールの前の「アシスト」だってなんだか曖昧な指標ではないだろうか? アシストの数が多い選手はゴールを生み出す能力が高い選手という評価を受けやすいが、現状の計算方法だと偶然の入り込む余地もかなりある。
自分が出したパスがその後どういった形でゴールになるのかという意図もなく、何気なく味方に預けたつもりが、ボールを受けた選手がものすごいシュートを決めた場合でも、そのパスをした選手にはアシストがつく。FKの場面で味方からチョンと出されたボールを足で止めただけでも、シュートが決まればアシストになる。果たしてどこまでそれがゴールを生み出したプレーと言えるのだろうか?
サイドからドリブルで相手選手を2、3人突破し、GKを完全に引きつけて、ゴール前にいる味方に丁寧なパスを出してのゴールシーンと数字の上では同じ1アシストなのだ。ましてその選手がキックミスでゴールできなかったら、チャンスを作り出した選手には何の数字も残らない。
前述のバウアー氏はこう問題提起する。
「こうした計測方法は果たして選手たちにとってフェアなものなのでしょうか? 選手のクオリティを測るデータとしてゴールやアシスト数をチェックするのは必要ですが、それだけでいいのでしょうか? よりよい判断をするための助けになるデータとなっているのでしょうか? 主観的な側面からと客観的な側面から、サッカーというスポーツを見つめることが大切だと思いますし、そのためにxG、xAは一つの助けとなるはずです」
xG、xAで見てみるといろんな発見がある。例としてバウアーは壇上のスクリーンに2選手のデータを映し出した。昨季ボルシアMGでプレーしたフランス代表マルクス・テュラムという選手は6アシストをマークしている。一方、フランクフルトで鎌田大地や長谷部誠とプレーした元ドイツ代表マリオ・ゲッツェの記録は1アシスト。そのため攻撃的な選手にしては物足りないと指摘する記事も少なくなかった。でもxAで見てみると、テュラムはわずかに4で、ゲッツェは5.3とより多くのゴールが生まれやすいチャンスに絡んでいることがわかる。
鎌田と堂安で比較してみると…
同じくブンデスリーガでプレー経験のある日本人選手でいうと、鎌田はアシスト6をマークするも、xAだと3.56でゲッツェより数値が下がる。一方xG8.89で9ゴールをあげている事実は、確かな決定力があることの裏付けでもある。
またフライブルクでクラブの5位に貢献した日本代表FW堂安律は昨季5ゴール4アシスト。本人が「ゴールチャンスに絡むというプロセスには満足している」と話していたことがあるが、その言葉通りxG7.10、xA4.07はどちらもチーム3位の好スコアだ。チームへの貢献度の高さを物語っている。
シーズンxGで如実にわかるメッシのすごさ
シーズンを通してxGと実際のゴールデータを観察すると、通常は誤差の範疇内で終わることが多い。例えばアナライズ会社ワイスカウトが調べた18-19シーズンのスペインのラ・リーガのデータによると、当時バルセロナのウルグアイ代表ルイス・スアレスはxG18.26で20ゴール、A・マドリーのフランス代表アントワン・グリーズマンがxG14.26→17ゴールとほぼ似た様な数字になっていた。
でもメッシは違う。昨季パリ・サンジェルマンでプレーしたメッシは、18-19シーズンにはxG25.55→36ゴールと期待を大きく上回る記録を残しているのだ。
つまり、メッシは本来であればゴールにならないであろう状況からでもゴールを決めきることができるということだ。それも1度ならず何度も。ワールドクラスと呼ばれる選手には《期待値》を上回るスキルやアイディアがあるし、たとえ相手がどれだけ入念な準備で守備組織を組んできたとしてもそれを打ち砕き、ゴールという結果へ導くことができる。そしてこのデータからも見られるように、メッシによるその頻度とクオリティの高さには、改めて感嘆の思いでいっぱいになる。
データが全てではない。でもこうしたデータを通して見えてくるものもたくさんある。
文=中野吉之伴
photograph by Takuya Kaneko/JMPA