「自分の成長を実感できているし、まだまだ勉強中なんです」――37歳になった今、西川周作の成長はその結果が示している。2022年の夏にJ1通算170試合無失点の新記録をマーク。今季も第27節終了時点で全試合にフル出場し、12試合を無失点で抑えている。浦和レッズの総失点数20はリーグ最少だ。なぜベテラン守護神は、ここにきて“全盛期”を迎えているのか。ロングインタビューでその秘密に迫った。(全3回の1回目/#2、#3へ)
2年前、鈴木彩艶にポジションを奪われた日
安定感。
シンプルな言葉で、ここ数年の西川周作を表現するとそういうことになるのかもしれない。けれど、たとえば経験に裏打ちされた“貫禄”だけで生み出される安定感と、現在の西川の安定感は別モノだ。
また「スーパーセーブ」や「当たっている」といったゴールキーパー(GK)の活躍を言語化するときに用いられる言葉の数々が、西川のプレーには当てはまらない印象を受ける。相手のカウンター攻撃から放たれた決定的なシュートを腕一本で弾き飛ばせば、確かにスーパーなセーブではある。けれど、西川のなかでは確信があり、合理的な判断によって導かれた“必然”のプレーなのではないかと思えるのだ。
そんな西川の変化は、鈴木彩艶(現シント・トロイデン)という有望な若手の登場、そしてジョアン・ミレッGKコーチとの出会いに起因していた。
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――GKは他のポジションに比べると、レギュラーとサブが明確に分かれている印象があります。2021年のJ1第13節以降、浦和レッズでは鈴木彩艶選手が先発し、西川選手はしばらく控えに回りましたが、当時はどう受け止めましたか?
「第12節のアビスパ戦は僕のワンプレーのミスで失点し、負けてしまった。その後、監督から『次の試合で彩艶を使ってみたい』と言われたんです」
――鈴木選手はアンダーカテゴリーの日本代表でも活躍し、有望な若手として注目を集めていました。
「どのクラブでも若手を起用して、育てていこうという空気は当然ありますよね。僕にとっても彩艶が加入したことは、刺激にもなったし、プレッシャーにもなった。もう一段うまくならないと、自分が浦和レッズのゴール前に立つ意味がないだろうと改めて考えました。レッズは常に結果を求められるクラブだから」
先発を外れて、課題がクリアになった
――若手の台頭を受けてポジションを奪われたベテラン選手としては、不安というか、弱気になることもあったのではないでしょうか?
「一抹の不安や弱気はあったかもしれないけれど、逆にこれはチャンスだと思えるようになりました。矢印をしっかりと自分に向けて、もうひとつ成長するためにこの時間を大事にしなければならない、絶対に無駄にしない、と」
――それはスタメンを外れた理由が、自分にあると考えたから?
「そうですね。実は僕自身、自分のプレーにもどかしさがあったんです。どうも腑に落ちないというか……。リカルド(・ロドリゲス/2021-22年)が監督に就任して、チームのサッカーも変わりました。その変化に応じたプレーを模索していたんです。自分がやろうとしているイメージと、監督の掲げるイメージを合わせるのに時間がかかっていました。結果、自分の良さを出すよりも、チームに合わせようとしすぎていた」
――それによって、西川周作らしさが消えていくと。
「リカルドはショートパスを真ん中につけて……というスタイルでした。僕はショートパスがうまいほうじゃない。どちらかと言えば、ロングキックや中距離に合わせるキックを持ち味にしているので。リカルドのサッカーに必要な感覚やタイミングは初めての経験だった。そういう感覚的な戸惑いは確かにありました。自分の良さを出せていないな、と感じていたんです」
――そういったモヤモヤというか、スッキリしない感情があっても、試合が続くなかで整理するのは難しいですよね。そんなときに先発を外れたことで、自分を見つめなおす時間を得られたのかもしれません。
「居残り練習をやって、普段はできないようなトレーニングも重ねました。Jエリートリーグの試合にも出させてもらった。リーグ戦は出られなくても、ルヴァンカップや天皇杯はある。虎視眈々と復帰を狙っていました。そういうなかで、吹っ切れたんです。まずは自分の良さを出して、そのうえでチームに還元していくという考えに切り替えられました」
――第19節で先発復帰し、その後もポジションを譲ることなくシーズンを終えました。結果的には同じプレーだったとしても、迷いなくプレーしているかどうかは違いますね。
「先発を外れていた期間で、自分のなかで課題がクリアになったのは大きかったと思います。そして2022年、ジョアン・ミレッがGKコーチになったことで、思考が一気に変わりました」
――思考が変わる?
「はい。まったく変わりましたね」
「自分のやり方を1回リセットしてくれ」
――ジョアン・ミレッGKコーチは、1960年生まれのスペイン人で若くして指導者に転向。2013年の湘南ベルマーレのアカデミーGKプロジェクトリーダー就任を機に来日し、FC東京などで仕事をした方ですね。
「FC東京でジョアンの指導を受けていた林(彰洋/現ベガルタ仙台)から、どういうコーチかということは聞いていたんです。『講義が多いよ。話は長いかもしれないけど、理解できたら楽しくなるよ』と。実際、グラウンドで1時間近く話を聞いていることもありました」
――それは長いですね。選手としては、ボールに触らないと楽しくないのでは?
「でも、その話が面白いというか、とても興味深いんですよ。そもそも最初の一言が、『自分のやり方を1回リセットしてくれ』だったんです」
――どう受け止めましたか? 重ねたキャリアがあればあるほど、『えっ?』となりませんか?
「なりませんでした(笑)。『これに賭けてみよう』と思いましたね」
――ベテラン選手がいざ「成長するぞ」と思っても、無意識のうちに思考が保守的になっていることも少なくない。そんなときに「過去は全部なかったことにしましょう」と言われたら、刺激的だし、新鮮ですよね。
「自分は先発でプレーしていたけれど、このままで良いとは思っていなかったから、一度、自分がやってきたことをリセットして、しっかりと話を聞こうと思っていました。全部吸収してやろう、と。まずはジョアンが言うことをやってみてから、考えればいいだけだから」
――実際、ミレッGKコーチの指導は非常に刺激的だったと聞いています。
「いろんな面で今までのGKコーチとは違う面がありますね。キャッチングの方法、ボールの弾き方や、どこへ弾くかということ。ポジショニング、ステップの数、脚の運び方など、基礎的なことからすべて徹底してトレーニングしました。体の使い方とか、今まで当たり前にやっていたプレーを根本から覆されることもあります。しかも、その理由を明確に話してくれるんですよね。
今までいろんなコーチに教わってきたことも、もちろん大事なんです。でもジョアンは、本当のGKとしての動き方とか、ミスをしたときの動き方、解決方法などを原理的に教えてくれたという意味では、初めてのコーチでした」
――ミスをしたときの動き方、とは?
「ジョアンはミスを責めることはありません。ミスをしてもOKだと。ただ、ミスをしてしまったときの対処法は突き詰めて指導されました。起き上がり方だったり、そのタイミング、相手選手の心理についても。ボールを一度で取り切れなくても、リカバリーの手段、解決方法を知っているから、ミスをしても慌てなくなった。明確な答えがあるからです」
――理論的に言語化してくれると、納得感もありますよね。
「納得感、確かにそうですね」
――ミスをしたときに「落ち着け!」「気持ちを前に向けて」というより、より具体的な対策を知っているほうが武器になる、と。
「もちろんメンタル、精神的なことも大事です。ただ『何ができなかったから、何が起きてしまったのか』という原理の部分や、『こういう形でリカバーできる。こういう方法もある……』とプレーに対する答えをすべて持っているのがジョアンなので。僕にとって、すごくわかりやすいんです」
<続く>
文=寺野典子
photograph by Takashi Shimizu