ラグビーワールドカップ初戦で大会初出場のチリを42−12で退け、好発進を切った日本代表。次戦は予選プールの行方を占う大一番、イングランド戦だ。ミスが許されない緊迫した格上との戦いで日本に求められるのは、少ないチャンスで確実に得点を積み重ねていくこと。そこでキーマンと目されるのがキッカーを務めるSO松田力也(29歳)だろう。2007年大会でキッカーを務めた元日本代表・大西将太郎氏がその使命を語った。

 W杯前のテストマッチではプレーに精彩を欠いた。リーグワンではキック成功率85.5%をマークしてベストキッカーに選ばれているが、大会前最後のイタリア戦では2本を大きく外していた。しかし、チリ戦では全6本のコンバージョンキック(2点)を成功。1本目を冷静に決めたことで“自信”を取り戻したように思う。

 先制された日本は、すぐにLOアマト・ファカタヴァがトライを奪った。コンバージョンキックの角度はおよそ45度。一見、簡単そうに見えるが、キッカーにとっては「入れごろは外れごろ」とよく言うもの。つまり「入って当然」という状況で蹴るほど難しいことはない。しかも、今大会から『ショットクロック』(試合時間のスピードアップを目的とした制限時間の提示。キッカーはコンバージョンキックを90秒以内、ペナルティーキックを60秒以内に蹴らなくてはならない)が導入されていることで、重圧は以前より増している。

 そんなアンダープレッシャーで、本来のゆったりとしたフォームから危なげなく決めた。初戦でキック成功率100%は心強い。蹴るタイミング、時間の掛け方も落ち着いていて、何より覚悟を決めた表情だった。力也はとてもいい顔だった。

ゴルフのスイングと同じでフォロースルーが大切

 前述のイタリア戦でのミスは風や芝生の感覚の影響もあったのかもしれない。ただ、そのほかのプレーでも低調に終始し、厳しい声も耳に入っていただろう。でも、「過去は過去、未来を変える」というマインドセットで臨んだことが大きかった。

 実際にチリ戦でのゴールキックはいずれも弾道が良かった。イタリア戦ではボールがやや浮いている印象だったが、しっかり足を振り切ったことで力みがなくなりボールに力がしっかりと伝わっていた。ゴルフのスイングと同じで、キックはフォロースルーが大切。ただ不安が先行すると、どうしても“当てに行く”意識が強くなり、悪い状態では足が止まる。上半身と下半身のバランスを見直し、キックの動作を見直したことが功を奏した。

 W杯で結果を出す上で、キッカーの成功率は非常に重要な要素だ。2015年の五郎丸歩はルーティンを突き詰め、恵まれた体格を生かした飛距離あるキックで日本を牽引した(全98得点のうち53得点)。2019年の田村優はサッカー経験を活かした天才的なボールコントロールでスコアを重ねた(全118得点のうち51得点)。それを受け継ぐ力也は総合力が高いタイプでキックでも正確性が売りだった。ただ、プレッシャーのかかる大舞台で外す印象もあるのは事実で、本人も嫌なイメージを払拭するよう試行錯誤してきたと思う。

 ゴールキックは、ラグビーの中で唯一個人が担う特殊な仕事。他では味わえない喜びを感じられるが、だからこそ責任は大きい。ヒーローになれるチャンスがあるが、結果を左右する役割でもあるから、覚悟をもって臨むのだ。

大西将太郎がW杯でキックを蹴った理由

 私も2007年大会でキッカーを務めた。当時は怪我人が続出し、キッカーを頼まれたのは実は大会開幕の1〜2週間前。SOも負傷で代わったので、その負担を減らしたい思いもあった(大西さんは12番)。一晩考えて引き受けた。腹をくくるしかなかった。

 なぜあの時に「蹴る」と決断できたか。それは“準備”にある。W杯の2年前頃からダン・カーターらキックの名手を指導してきたキッキングコーチの下で、セレクトされた選手が特訓を受けた。なんでお前が?と言われたが、私も「4、5番目で蹴る機会があるならば」とその練習に参加していた。常に準備をしていたからこそ「蹴る」と決断できた。結果的にあのカナダ戦では同点のキックを決めることができ、改めて準備の大切さを学んだ。

 力也のあのチリ戦の表情は、しっかり準備ができたという裏返しだったのだろう。雑音を封じ込み、修正すべき点を改善し、本番に注力できていた。試合後、久しぶりに日本代表の選手たちの笑顔が見られたが、力也の笑顔が一番ホッとした。

 とはいえ、キッカーがずっと成功を続けることは難しい。今のところ成功率100%だがいずれ外すタイミングがくる。大事なのは外した後のキックだ。ショックもあるし、緊迫の試合展開なら焦りも生まれるが、求められるのは失敗を続けないメンタリティー。イングランド戦ではいかに割り切れるかもポイントになる。

 イングランドはアルゼンチンとの初戦で、開始早々に退場者を出す厳しい展開だった。しかし、ペナルティキック(相手の反則によって与えられるキック=3点)や、SOジョージ・フォードによるドロップゴール(インプレー中に球をワンバウンドさせてボールを蹴るプレー=3点)で競り勝った。近年はボールを動かすエキサイティングなラグビーを志向していたが、これぞイングランドというノートライでの勝利。おそらく15人だったとしてもドロップゴールを狙っていたと思うような“らしさ”がでた80分だった。

 日本戦でもキックでスコアを先行していくことが予想されるだけに、大事になるのはキャッチアップすること、つまり「ついていく」。たとえ主導権を握られていても点差を必要以上に離されないことだ。ラスト10分でリードされていても、7点差ならチャンスがある。得点機会は限られているだけに、キックを狙えるところではスコアを重ねたい。だから、それを迷いなく選択できる力也の復調は大きい。

「力也がスコアを重ね、最後はマツがトライ」

 FWの消耗戦も予想されるため、ジェイミー・ジョセフHCはベンチにFW6人を配置するかもしれない。となると、BKはSHとユーティリティのレメキというプランもありえる。SH齋藤直人らもキックの練習を重ねているが、この展開になればキッカー松田力也に懸かる期待は大きい。

 もう一人、キーマンを挙げるとすれば大会前にも推した松島幸太朗だろう。フランスでの知名度は高く、トライを決めればチームだけでなくスタジアムが沸く。しかもフランス人はイングランドを敵視する歴史があるだけに、試合展開によっては日本を後押しするムードになるかもしれない。

 ミスやペナルティを減らし、我慢を重ね、力也のキックでスコアを積み上げる。そして、最後はマツ(松島)のトライで逆転する。ロースコアゲームになればそんな展開も見えてくる。課題はあるが、チームは上昇傾向。チリ戦の後のような笑顔をまた見たい。

〈予選プール2戦目、イングランド戦は日本時間9月18日(月)朝4時キックオフ〉

文=大西将太郎

photograph by Kiichi Matsumoto