パリ五輪世代、シント・トロイデン所属の藤田譲瑠チマのインタビューの続きです。《全2回の2回目/前編につづく》
地元の街クラブである町田大蔵FCで藤田譲瑠チマがボールを蹴っていた小学生時代、ヨーロッパでは、ペップ・グアルディオラ率いるバルセロナがこの世の春を謳歌していた。
だが、譲瑠少年の心を奪ったのは、“ガナーズ(砲撃手)”の愛称で親しまれる北ロンドンの名門クラブだった。
「(バルサが強かった)小3や小4の頃はまだそんなに海外サッカーに詳しくなくて。小6の頃にYouTubeでたまたまアーセナルの試合を見たんですよね。カソルラとかエジルが中心だったころで、縦パスが入ってからポンポンポンって繋いでゴールに迫っていく姿に魅了されて、すごく好きになった。それで『将来はアーセナルに行きたい』って文集に書いたんです。ただ、当時はそこまで具体的な夢ではなくて。海外サッカーに詳しくなっていくうちに、やっぱりプレミアリーグが世界一のリーグなんだなって」
「25〜26歳にはプレミアで」を叶えるために
東京ヴェルディのアカデミーを経てプロ入りすると、「25〜26歳にはプレミアリーグでプレーしていたい」と公言するようになる。
そして今夏、21歳にしてベルギー1部のシント・トロイデンに移籍し、夢実現のとば口に立った。
譲瑠がプレーするベルギーリーグは、欧州5大リーグへのステップアップを目指す選手たちが集まるリーグである。それだけに、多くのスカウトが“ダイヤの原石”や“掘り出し物”、“埋もれた即戦力”を獲得すべく、目を光らせている。
シント・トロイデンの先輩では、冨安健洋(現アーセナル)がボローニャへとステップアップし、鎌田大地(現ラツィオ)はフランクフルトへのレンタルバックを勝ち取った。
ユニオン・サン=ジロワーズに期限付き移籍をした三笘薫もこのリーグで結果を残し、1シーズンでブライトンに呼び戻された。セルクル・ブリュッヘで22点を叩き出した上田綺世も今夏、フェイエノールトに引き抜かれた。
欧州のスカウトの目にとまる可能性は、極東のリーグでプレーしているのとは比べものにならないほど高く、実力次第でいくらでも駆け上がっていける――欧州でプレーするということは、そういうことなのだ。
お手本のひとりを「カンテ」と挙げたら…
そんなリーグにおいて、譲瑠はスカウトに、どんな選手だと見られたいのだろうか。つまり、サッカー選手としての自分をどうアピールしたいのか。
「自分はこれと言って突出したものがないので、バランスタイプというか。ボランチを組む選手が上がりたい選手だったら、自分はバランスを取る役割をこなせるし、逆に、そんなに動きたくない選手だったら、自分がどんどん動いて前に顔を出したりできる。どんなタイプとも組めるし、どんなチームにもハマる選手――そう見られたらいいなって思います」
お手本とする選手のひとりは、元フランス代表のボランチ、エンゴロ・カンテである。
身長169cmとヨーロッパのサッカーシーンでは小柄の部類だが、類まれなるボール奪取力とボックス・トゥ・ボックスを体現する無尽蔵のスタミナで、無名の存在からチェルシーの主力へと上り詰めた。
譲瑠のストロングポイントのひとつも、カンテと同様のボール奪取力だ。
「STVVのスタッフ陣から『誰を目指しているんだ?』って聞かれたとき、『カンテだ』って答えたんです。それ以降、フィジカルコーチがずっと『カンテ』って呼んできます(苦笑)」
ボール奪取とともに、縦パスでスイッチを
デビュー戦となった8月20日のゲント戦直前のアライバルインタビューで、トルステン・フィンク監督もスタメンに抜擢した日本人ボランチのことを、「カンテ」だと紹介している。
「こっちの選手はシンプルで、プレーが読みやすいから、ボールを奪える回数が日本にいるときよりも増えていて。そういったところが自分の強みになってくると思います」
とはいえ、守備専任というタイプでもない。
例えば、連続スタメンとなった8月27日のセルクル・ブリュッヘ戦では、味方からの横パスをワンタッチで縦に入れるシーンが何度かあった。決して回数が多かったわけではないが、その縦パスがスイッチとなり、シント・トロイデンの攻撃が加速した。
「あれは監督から試合前に求められていた形でした。常に狙っておくことは、体に染み付いている部分でもあります。自分としてはもう少しゲームコントロールしながらズバッと入れたいんですけど、(内田)篤人さんがDAZNの番組で『ヨーロッパでは落ち着かせる選手は必要ない』というようなことを言っていて。チームの前線の選手を見ていても、攻められるときは攻め続けようっていう感じなんで、そういうテンポの中でも自分の良さを出していけるようにしたいですね」
「怒られたけど」可愛がってくれた“嘉人さん”
日本代表OBが指摘した欧州のスタンダードには徐々に慣れるとして、縦パスを常に狙っておくことを譲瑠の体に染み込ませてくれたのは、内田とは別の日本代表OBだった。
プロ1年目のヴェルディ時代、前線から譲瑠にパスを要求し、ボールが出てこなければ感情を激しくあらわにしていたその先輩は、191得点でJ1通算最多得点記録を持つ大久保嘉人である。
当時のクラブ関係者によると、大先輩から怒られても譲瑠はケロッとしていたばかりか、遠慮せずにどんどん質問していたという。臆せず懐に飛び込んでくるルーキーを、おそらく大久保も可愛く思っていたに違いない。
「たくさん怒られましたけど(苦笑)、嘉人さんにすごく言われて、常に狙っておくことを意識できるようになったと思いますね」
今の比率のまま、その質を上げていきたい
このエピソードを聞いて思い出すのは、川崎フロンターレ時代の大久保がしごいた若者のことだ。3年連続得点王に輝く大久保が、のちに譲瑠に向けるのと同じくらいの熱量で多くを求めたのは、大島僚太だった。
大久保の要求に食らいつき、縦パスのタイミングや感覚を身につけた大島は、リーグ屈指のゲームメーカーへと成長していった。
バランスタイプを自認し、カンテをお手本とする譲瑠だが、パス能力を高めてプレーメーカータイプへと変貌することも視野に入れているのだろうか。
「いや、自分は大島僚太さんみたいにうまくないんで(苦笑)。そっちを目指そうとすると、プレースタイルも変わってきちゃう。今から攻撃力が突出して、デ・ブライネみたいになれる気はしないですし……」
まだ21歳だから、どの方面の能力も花開く可能性がありそうだが、譲瑠は冷静に自身を見つめていた。
「自分はけっこう不器用なほうなんで、攻撃を意識しすぎると守備が軽くなっちゃうタイプだと思うんです。だからと言って守備特化型でもない。攻撃だったら6人目の選手としてうまく上がって、フリーでゴールを決めたり、チャンスメイクできる選手になりたい。試合の流れを読みながら、ゴールを取れるシチュエーションであれば、狙いに行く。でも、そこまで得点を意識しすぎるわけでもなく、守備をしっかりやる。今の比率のまま、その質を上げていきたいと思います」
よく「三角形の中点に立て」って言われました
目指すのは、バランサータイプのトップ・オブ・トップだという。譲瑠にとってのバランサータイプとは、オールラウンダータイプと言い換えてもいいかもしれない。
縦パスの意識に加え、ヴェルディ時代に磨いたもうひとつの武器がある。
戦術眼、いわゆるサッカーIQである。
ヴェルディ、徳島ヴォルティス、横浜F・マリノス、そしてU-22日本代表と、譲瑠は適切な立ち位置をとってゲームを優位に進めるポジショナルプレーの概念に触れてきた。
現在の譲瑠は相手のライン間でパスを受けるなど、相手を見てサッカーをすることに優れているが、そのベースが築かれたのがヴェルディ時代のことだった。
「永井(秀樹)さんにはよく『三角形の中点に立て』って言われていましたね。相手のFW、ボランチ、ボランチの三角形の中央の、誰からも見られないところ。それは今も意識しているし、相手の正面に立たないようにもしています。パスが来たとき、相手が斜めから寄せてくるようにする」
山本理仁は長年の盟友で「ライバル」でもある
永井監督と吉武博文ヘッドコーチから学ぶだけでなく、個人分析官と契約を結んでサポートしてもらっていたという。
「いつ周りを見るのか、どこに立つのか。自分のプレー映像を振り返りながら月2回くらい分析をして。その人には徳島時代もお世話になって、今年に入ってからまたお願いしています。そのおかげで、少しずつ身についてきたんだと思いますね」
このヴェルディ時代にアンカーのポジションを争ったのが、ジュニアユース時代からの盟友、山本理仁だった。「ライバル」と公言する山本はすでに高校3年時からトップチームのアンカーを務めていたが、翌年、トップに昇格した譲瑠がポジションを奪い取る形となる。
譲瑠は1年で徳島ヴォルティスへと旅立ったが、年代別日本代表ではともにプレーし、今もU-22日本代表で中盤を構成している。その相棒と、期せずして同じタイミングでシント・トロイデンに加入し、再びクラブチームで同僚となったのだ。
「理仁とやるのは楽しいですけど、STVVではまだ一緒にピッチに立ってないんですよね。自分としては、早く90分戦い抜ける選手って思われないと。2試合とも、ここからっていうときに代えられているんで、早く信頼を勝ち取りたいです。理仁や(伊藤)涼太郎くんと一緒に出られれば、意思疎通もできるからテンポも上がって、いい展開ができると思うんで」
「やっぱり、優勝したいです」
もともとフィンク監督は日本人3選手を3センターで起用する4-3-3の構想を持っていたという。だが、ビザ取得や加入時期の都合で山本や譲瑠の合流が遅れたため、ベルギー人選手を中心にベースを作り、現在は3-4-3で戦っている。
そこでは伊藤とクラブのレジェンドであるピーター・デロージの息子、マティアス・デロージがダブルボランチの一番手を担っている。
「今、19歳のデロージが思った以上にハマっているんだと思うんで、自分が彼をどかせられるかどうかですね。本音を言えば、アンカーをやりたい。そこから出て行くのが自分の持ち味なので」
開幕2連勝と好スタートを切ったシント・トロイデンだったが、その後は2分2敗と白星をつかめていない。譲瑠が初先発を飾った4節のゲント戦も、2点のリードを奪って昨季5位の強豪を追い詰めながら、引き分けに持ち込まれてしまった。
「勝ちたいですね。どんな相手にも負けたくないんですよ。STVVはまだベルギーの中で上位チームじゃないから、ゲント戦だったり、上位チームとのアウェイゲームでは、引き分けでオーケーというような気持ちがチームメイトから見受けられるんです。自分はそういうのは嫌だなって。やっぱり、優勝したいです」
クラブを躍進させて、次のステージへ
冨安や鎌田、遠藤航がいたシーズン、シント・トロイデンは7位と近年の最高位の成績を収めた。三笘がブライトンへの復帰を勝ち取ったシーズン、ユニオン・サン=ジロワーズは昇格組だったにもかかわらず、2位と大躍進を果たした。
チームが結果を残せば、選手の価値も上がり、ステップアップしやすくなる。
だから、自分もシント・トロイデンを躍進させて、次のステージへ――。
勝ちたい、優勝したいという勝利への渇望が、夢の舞台へと駆け上がるスピードを加速させるはずだ。
<前編から続く>
文=飯尾篤史
photograph by Atsushi Iio