バレーボール・パリ五輪予選で4連勝を飾った女子日本代表。残す3試合は世界ランキング1位のトルコや同4位のブラジルと強豪との対戦を控えている。そこでキーマンとなるのが、試合の命運を握るセッターの関菜々巳(せき・ななみ)だ。NumberWebでは、チームを牽引するキャプテン古賀紗理那やポジションを争う松井珠己の証言をもとに現在地に迫った。

 たかが1点でも、1本でもない。

 関菜々巳(24歳)にとって、そのバックアタックは前夜からの流れを払拭した、大きな1本だった。

「思考がクリアじゃなくて、ぐちゃぐちゃしていたんです。でもあの1本、バックアタックが決まった瞬間に、相手のブロックも見えた。あぁよかった、ってホッとしたし、あそこから自分のリズムがつかめた感覚でした」

 開幕から4連勝を飾ったブルガリア戦。結果こそ“4試合続けてのストレート勝ち”だが、序盤の主導権はブルガリアにあった。

 関の言う“あの1本”は、第1セット、13対12から古賀紗理那(27歳)がコート中央から放ったバックアタックだ。関と同様に「流れが変わった」と話した古賀は、そのシーンをこう振り返った。

「そこまでなかなか決まらなくて、関も私もフラストレーションがたまっていました。ここまで関もいろんなことを悩んでいたので、1セット目はとにかく関の頭を整理させることをずっと意識していたので、あの1本で流れも来たし、吹っ切るきっかけになりました」

 司令塔の“頭を整理させる”必要性。理由は、前日のプエルトリコ戦にあった。

リードを許し、告げられた“交代”

 第1セットを先取した日本は第2セットも9対7と先行したが、そこから連続失点を喫し、9対11とプエルトリコに2点のリードを許していた。そこで眞鍋政義監督は、関に代えて松井珠己(25歳)を投入する。その後、松井がレフトからの攻撃を活かして試合を立て直し、「勝ち点3」を得られるストレート勝ちを収めた。

 上位2チームのみが出場権を獲得できる五輪予選。何より勝利が大事とはいえ、開幕からスタメンセッターで出場してきた関はどう受け止めているのか。勝利の立役者となった松井が記者に囲まれる後ろを遠慮気味に歩きながら、ミックスゾーンに関が現れる。苦笑いを浮かべながらも、明るい表情で、結果を受け止め冷静に分析していた。

「ちょっと慌てていますよね、私。バタバタしている。ストレートへ打たせたい、と思うから余計にボールを突いてしまって、逆に打ちにくくなっているし、ネットにも近くなっている。そもそもまず、自分の間で入れていないから、トスのリズムもちょっと違うのはすごく感じています」

 ボールが手に入る時と、出ていく時の感覚の違い。自チームの攻撃陣を活かすためにどこへ配置して、どう入ってもらうかと考えながらも相手ブロックを見なければならないのに、余裕のない現状。「こういう日もある」と自分に言い聞かせながら、口を開けば課題が出てくる。

「自分が『ここを使いたい』と積極的にできている時はいいけれど、そこが決まらないと後手に回っちゃうんです。これが決まらないから次はこっち、じゃあ次はこうしたほうがいいかな、と基本的に相手が先手を握っている状態ベースで考えてしまうんです。私がこうしてやろう、ではなく、次はこう来るだろうからこうしなきゃ、という思考になっちゃう。

 レフトの使い方に対しても、私はレフトが決まってもいかにレフトへ偏りすぎないようにするか、ということばかり考えすぎちゃうから、決まっていても散らそうとしちゃう。それも大事だけど、今日の珠己さんを見ていたら、決まっているならとことんシンプルにレフト、レフトで行ってもいいんだよな、とか。学ぶことばっかりだし、バレーボールって本当に難しいです」

「数学は答えが1つだから好き。でも…」

 選手の個性はさまざまで、セッターも100人いれば100通りの正解がある。どーんと「私はこうしたい」と開き直ってもいいのに、関は時折心配になるほど、とにかく生真面目な選手だ。

 ひたすら映像を見るし、データも頭に叩き込む。加えて、コンビやディグも納得できるまでひたすら練習する。生真面目さはバレーボールでも役立てられているのだが、最たるは、学生時代。千葉県立柏井高校では学年トップの優等生。オール5の通知表が特番で紹介されたことも話題になったが、それも関は「(進学校ではない上に)真面目に授業を聞いていただけなので大したことはないですよ」と謙遜する。

 聞けば、得意は数学で苦手は国語。理由は明快だ。

「数学は答えが1つしかないから好きなんです。ちゃんと公式に当てはめて、考えていけば絶対答えがあるじゃないですか。でも国語には答えがない。筆者の気持ちと言われてもわかんないよ、と思うし、正解が1つじゃないのに不正解があるのが気に食わない(笑)。美術も同じで、あるものを模写するとか、図形を使って何かするのは得意だけど、想像して絵を描くのが苦手、むしろ大っ嫌いでした」

 とはいえ、真面目な関からすれば、苦手を苦手のままで放っておくのも気持ちが悪い。テスト前になれば得意科目の勉強はさっと終わらせ、苦手な教科に時間をかける。その姿勢はバレーボールにも通じている。

「コンビ練習をする時も、比較的合っている選手とはそれほど多く時間を割かなくても、パッとやってお互い感覚をつかむぐらいで大丈夫なんです。だからできるだけ、合っていない選手とか合わせたい選手と練習するための時間を長くとりたい。そこは勉強と同じやり方かもしれないですけど、勉強とバレーは全然違う。勉強はひたすら課題と向き合えば答えは出てくるけど、バレーはいくら向き合っても自分だけで解決できるわけじゃない。比べられないし、比べるまでもないぐらいバレーのほうが難しいです」

「セナは私以上に悩むし、気にする」

 柏井高在学時からアンダーカテゴリーの代表候補にも選出され、卒業後に進んだ東レアローズではルーキーイヤーから正セッターを務めた。明晰な頭脳と生真面目さ、心配になるほど重ねた努力の成果ではあるのだが、それが裏目に出ることもある。

 開催中の五輪予選だけでなく、金メダルを獲得した2019年のアジア選手権でもチームメイトとしてポジションを争ったセッターの松井はこう証言する。

「セッターって他のポジションと比べるとたぶん、悩むことが多いポジションだし、練習中もいろんなことを考える。私も悩むことはたくさんありますが、セナ(関)は私以上に悩むし、気にする。コンビ練習とか、ゲーム形式の練習をしていてもその都度『今のトスは打ちづらかったんじゃないか』と気にしすぎると組み立てどころじゃなくなっちゃう。だから『気にしないでそのままでいいよ』と声をかけるし、ポジションがらライバルではありますけど、セナを支えながら。今はこうだよ、こうなっているよ、と声をかけて少しでもいいプレーができるように働きかけたいとは常に思っています」

 松井の指摘を、まさにその通り、とばかりに関も自認する。

「すごいアタッカーばかりだから余計に、自分のせいだ、って思っちゃうんです。去年の世界バレー(世界選手権)でも1次リーグでブラジルに勝った時、嬉しかったけどそれ以上に『私がもっとちゃんとトスを上げられれば簡単に勝てたのに』と思って、嬉し泣きじゃなく、悔し泣きしました」

 やればやるだけ点数になって返ってくるテスト勉強とは違い、いくらやってもバレーボールの正解はなかなか見つからず、見つかった、と思ってもまた遠ざかる。手ごたえをつかんでもまた相手が変われば準備する数も増え、前回通った攻撃も同じように通るとは限らない。

「自分がいいトスを上げた、よし100%、じゃなくて、決めてもらえないと勝てない。ほんと、テスト勉強だけの人生だったら楽ですよ。できなくても自分の問題で終わるじゃないですか。でも今この立場は違う。コートに立つ6人が、それぞれの役割を果たさないとチームが勝てない。『自分のせいだ』じゃなく、日の丸を背負っている以上、日本代表としての結果につながる。その大きさって、ほんと、とんでもないです」

 それでも、どれだけの重責を担っても「やり抜く」と決めてコートに立つ。1本が決まらず、内心では「どうしよう」と焦りながらも冷静を装い、また次、と仲間の顔を見てサインを出す。

「ネーションズリーグでも合宿でも、たくさん悩んだし、そのたびもう嫌だと思うこともあったんです。でも、誰に話を聞いても、“日本中に何千といるバレーボール選手の中で、ここに立てるのはこの14人だけ、スタメンセッターは1人だけなんだよ”と言われて、本当にありがたいことだな、と思ったんです。だから、少しでも楽しみたい。今は全然、余裕ないですけど(笑)、でもここに立てる喜びは大事にしながら戦いたいです」

悔し涙ではなく、歓喜の涙を

 残りの3連戦はベルギーから始まり、翌日は世界ランク1位のトルコ、そして最終日は世界ランク4位で昨年の世界選手権・準々決勝で惜敗を喫しているブラジル。これまで以上に熾烈で、何より結果だけが求められる戦いだ。

 そこで日本がいかに戦うか。飽きるほど繰り返してきた練習の成果が発揮されることを願うとともに、生真面目で、泣き虫な努力家が全力で楽しむ姿が見たい。きっと、余裕はないだろうけれど。

 すべてを出し切り、笑顔で、歓喜の涙を流す。その瞬間を心待ちにしている。

文=田中夕子

photograph by Yohei Osada/AFLO SPORT