残暑厳しい9月21日、中日二軍の本拠地であるナゴヤ球場で、3選手がファンに別れを告げた。中日一筋17年の福田永将、チーム最年長で、日本ハムに在籍していた2016年の日本シリーズでは胴上げ投手になった谷元圭介、そして同じく日本ハムからFAで移籍してきた大野奨太である。
中日での6年間は「最大の親孝行」
「北海道日本ハムファイターズで9年、中日ドラゴンズで6年、合計15年やらせていただきました。中日に来てからなかなか結果が出ず、二軍生活が多い中でナゴヤ球場のみなさんの声援が本当に力になり、ここまでやることができました。本当にありがとうございました。今日、(一軍にいる)堂上(直倫)はいないですが、この4名が今年限りで引退します。これからまだまだ若い選手が伸びて、ドラゴンズの未来を背負っていってくれると思いますので、これからも温かい声援よろしくお願いいたします。15年間、本当にありがとうございました」
律儀でまじめな大野らしい言葉に、953人の観客は拍手と歓声で、そして仲間たちは胴上げでねぎらった。この日のウエスタン・リーグ広島戦は今シーズンのホーム最終戦。それに先立って18日に行われた堂上を含めた4選手合同の引退会見では、ドラゴンズでプレーした6年間を「僕にとっては最大の親孝行でした」と表現している。
「小さいときからあこがれて、大好きだったユニホームを着て野球することができました。両親にも近いところで野球ができる環境をいただいて、本当に感謝しています」
岐阜県大垣市出身。岐阜総合学園高では甲子園にはあと一歩で届かなかった(2年連続準優勝)が、東洋大では東都リーグで4連覇、明治神宮大会2連覇と黄金期を築いた。個人でもベストナインが4度、MVPに1度選出され、4年時には主将としてチームを束ねた。そのリーダーシップと捕手としての実力を買われ、日本ハムからドラフト1位で指名された。そこで出会ったのが、すでに沢村賞(2007年)に輝き、チームの絶対的エースだったダルビッシュ有(パドレス)だった。入団は4年違いだが同学年。大野が入団した09年は、ダルビッシュが胴上げ投手になった第2回WBCが3月に開催された年である。
「僕は入団直後でした。ダルビッシュが最後、三振に打ち取って世界一になったじゃないですか。あの雄叫びをあげる姿が、今も映像で頭に残っています」
ダルビッシュとの衝撃の出会い
日本のエースと新人捕手は、そこからバッテリーを組むことになる。球種が豊富な上に、どれを取っても超一級。周囲から見れば何を投げさせても打ち取れるのではと思えるが、実際にリードする捕手からすれば何が正解なのかわからない。どれもが正しく、どれもが違う気がしてくるのが難しい。
そのダルビッシュが2011年限りで大リーグに移籍し、13年に日本ハムに入団したのが大谷翔平(エンゼルス)である。大野は二刀流の足跡を間近で見てきたから、その巨大な才能も努力も知っている。引退会見では「思い出の試合」を日本ハム時代と中日時代に分けて披露したが、日本ハムではやはり大谷が投げた試合を選んだ。16年9月28日の西武戦(西武プリンスドーム)。援護も1点だけだったが、大谷が打たれたのは1安打だけ。15三振を奪い、リーグ優勝を決めた。その試合でマスクをかぶっていたのが大野だった。
2015年の最優秀バッテリー賞に選ばれた2人は、17年限りで同時に日本ハムを離れた。ダルビッシュと同じように、大谷も今春のWBCでスライダーを投げ、空振り三振で胴上げ投手になった。あのシーンは日本中のファンの記憶に焼き付いているはずだ。2人の世界一投手の球を受けた男。引退を決めたことを知ったダルビッシュと大谷も、ねぎらいの言葉を送ってくれたそうだ。
大谷、ダルから届いたメッセージは…
「中学の頃から有名だったダルといっしょにバッテリーを組めてありがとうと(自分が)伝えたら『こちらこそ組ませてもらって良かったよ。ありがとう』と。翔平も『お疲れ様でした。次の道でもがんばってください』と連絡をもらいました」
2人の巨星からのメッセージ。そして忘れてはならないのが中日での「思い出の試合」だ。19年9月14日。大野雄大がノーヒットノーランを達成した阪神戦(ナゴヤドーム)である。その大記録に、大野奨太は6回から出場している。先発捕手の負傷により、急遽マスクをかぶり、無安打を継続した。投手は完投、捕手は交代。極めて珍しく、極めて難しい試合だったことだろう。試合後の与田剛監督も「奨太をほめてやってください」と話しているほどだ。
「あそこまで頑張っていた雄大を助けられたのは良かったです」と振り返った奨太。冒頭の広島戦は、実は左肘手術を受けた雄大の復帰戦でもあった。「大野バッテリー」で1回を無失点。エース左腕は「奨太さんと最後に組めて良かった」と笑顔を見せた。
最後まで貫く真摯な姿勢
通算打率.214、31本塁打。強打者ではなかったかもしれないが、捕手としては数々の快挙と栄光に関わってきた。二軍全日程までプレーし、10月3日の巨人戦(バンテリンドーム)で、4選手合同の引退セレモニーが予定されている。
「残りの時間、少しでもうまくなれるように頑張ります」。大野らしさを失わぬまま、現役最後の瞬間を迎えようとしている。
文=小西斗真
photograph by JIJI PRESS