あの男が社会人野球・西部ガスの監督を退任する――今年8月、本人から直接聞いた筆者は、福岡に向かった。2004年から06年にかけて、北海道の駒大苫小牧を夏の甲子園で優勝、優勝、準優勝させるも、07年夏に突如監督を退任。高校野球界に衝撃を与えた香田誉士史(52歳)は今……。NumberWebのロングインタビューに応じた。〈全3回の#1/#2、#3へ〉

西部ガス監督を退任へ

――まずは、この秋の日本選手権を最後に西部ガスの監督を退かれるとのことですが、なぜそのような決断に至ったのでしょうか。

香田 2012年にチームが発足して、そこからコーチを5年半、監督はもう丸6年やったわけだから。社会人野球の監督って、5年でも長い方。自分の周りでも、この6年で、ばんばん代わってる。西部ガスのOBが指導者になっていく流れをつくりたかったからね。ちょうどいいタイミングかな、と。しかも、おれも、もう52(歳)でしょう。

――駒大苫小牧で12年、西部ガスでも12年。65歳を定年と考えると、もう一度、冒険するなら、今かなと?

香田 そうだよね。いろいろ経験したことを、また別のチームでやったら、どうなるのかな、と。人生でそういうチャレンジができるのも、もう何度もないからね。

――次のチームは、もう決まっているのですか。

香田 いや、まったく白紙。それを決めた状態で戦うというのは、今のチームに失礼じゃない。そういうことはしたくないから。今後、どうするかは11月の選手権が終わってから考えるよ。

全国で初勝利、都市対抗ベスト8も

――もう一時代前の話になった感覚もありますけど、香田さんは、2004年から2006年まで、夏の甲子園で駒大苫小牧を3年連続、決勝に導いて、優勝、優勝、準優勝。雪国のチームが高校野球で勝つことなんて考えられなかった時代だけに、驚きました。その香田さんが社会人野球の監督になったら、新参チームをいきなり全国優勝させるとか、またびっくりさせてくれるのかなと勝手な期待を抱いていたのですが。もちろん、全国大会の常連チームになりましたし、それだけでも大変なのでしょうけど。

香田 今のチームなら、その可能性はあるかもしれないね。まだ、日本選手権が残ってるから。これまでで、いちばんいい感じできてる。おれも最後だと思って、言いたいことを言ってきたしね。ときに「そんなの問題外だから」っていう強い言葉も使ってきた。

――社会人野球には夏の都市対抗、秋の日本選手権と、全国大会が2つありますけど、その全国の舞台の1勝が本当に遠かったんですよね。香田さんが監督になって、実質的な3年目、2020年の都市対抗でようやく初戦を突破し、あの年はベスト8まで勝ち上がりました。今の時点では、それが最高戦績なんですよね。2004年夏に駒大苫小牧が初優勝したときも、甲子園でやっと初勝利を挙げて、そこから勢いづいたので、2020年はその再現を期待してしまったのですが。

香田 あのときは最終的に優勝したHonda(狭山市)に負けたんだけど、もう、マジで「つえー」って。都市対抗は東京ドームでやるじゃない。こんなこと言ったらあれだけど、東京ドームの関東優位というのは、本当に感じたな。

高校野球と社会人野球…何が違った?

――歴史的に見ても都市対抗は94回やって47回関東勢が優勝しているんですよね。ちょうど2年に1回は勝っている計算になります。社会人野球は親企業の規模がチーム力にもろに反映されるので、当然といえば当然なんでしょうね。九州勢の優勝となると、1954年の八幡製鉄を最後に70年近く遠ざかっています。

香田 関東勢と東京ドームでやるときの仕上がり具合は半端なかったね。この投手はすげえって言われていると本当にすごかったし、打線がいいと言われていると本当によかった。プロに行けそうな選手がごろごろいるしね。そういうところを超えてやろうと思ってやってたんだけど、できなかったな。

――今年のJABA九州大会では、そのHondaを倒して優勝しているんですよね。

香田 予選リーグではENEOS(横浜市)にも勝ったしね。選手がものすごく秀でているというわけではないんだけど、大人だし、がむしゃらにがんばれるチームになってきた。ほんと、ここにきて「西部ガス、やるよな」って言われるような集団に育ってきて、やっと社会人野球でも何か足跡を残せたかなと。

――一度、香田さんが「社会人野球は高校野球と違って、代わった投手が、みんな好投するんだよ」と驚いていましたけど、やっぱり高校生と社会人では、いろいろと勝手が違うものなのですか。

香田 ほんと、隙がないんだよ。強いチームは。高校野球だと、メンタルの持っていき方で力の差があっても乗り越えられるときがあるんだけど、社会人野球は正真正銘の「力対力」。あと、都市対抗でいうと、補強選手の起用法に最後まで慣れなかった感じはあるね。

高校野球にはない「補強制度」

――あの制度は、知らない人からすると不思議ですよね。都市対抗の代表権を得ると、敗れた同地区のチームから3人以内、選手を補強することができる。都市対抗の理念が「地域対地域」の戦いだからなんでしょうけど、Hondaが優勝しても「南関東」が勝ったとか「狭山市」が勝ったとは言いませんもんね。

香田 補強選手を入れると、よくも悪くも、やっぱりチームって雰囲気が変わるんだよ。それをいい方に導いたチームが結局、勝つ。ただ、戦力であると同時に、どこかお客さんでもあるわけよ。ケガさせてもいけないし、それなりのところで使ってやりたいなとも思う。活躍することが前提できている補強選手も大変だしね。でも、そういうことをいろいろ考えてしまうこと自体、チームとしてはどうなのかなというのもあるじゃない。そこはおれが考え過ぎちゃったところがあったな。だから、補強制度のない日本選手権の方がしっくりくるところはあるんだよね。

選手に引退勧告は「もっとも嫌な仕事」

――駒大苫小牧時代は香田さんが練習でも試合でも先頭に立って、声を出して、体を張って、引っ張っている感じがしました。ただ、西部ガス時代は一転して、ノックなどもコーチに任せるし、前に出過ぎないようにしていましたよね。

香田 うちは今、ピッチングコーチと、野手総合コーチの2人がいるからね。コーチの存在感と監督の存在感と、両方維持するには、監督が一歩引いているぐらいでちょうどいいんだよ。選手もその方がいいって絶対、思ってる。コーチも自分の考え方は、本当によく理解してくれてるからね。いろんな形を試したけど、今はこの形がベスト。チーム自体もいちばんいいもん。

――今、部員は何名なのですか。

香田 25名。最大で25名なので、新人を2名獲ったら2名辞めさせなきゃいけないし、3名獲ったら3名引退させなきゃならない。そこも社会人野球にしかない制度だよね。1年の中で、もっとも嫌な仕事。でも、やらなきゃいけない仕事。だから今シーズンも、そこまでがおれの仕事になる。最後の仕事だな。ただ、プロと違って、選手は会社には残れるから。野球という部署は終わりな、っていう考え方なんだよ。

〈つづく/「伝説的名将・香田誉士史は今年の甲子園をどう見たか?」編〉

文=中村計

photograph by Kei Nakamura