2004年から06年にかけて、夏の甲子園で北海道勢初の全国制覇を含む優勝、優勝、準優勝――かつて駒大苫小牧を率い、高校球界に衝撃を与えた香田誉士史(52歳)がNumberWebのロングインタビューに応じた。駒大苫小牧の監督を電撃退任して16年、香田は今年の甲子園をどう見たか?〈全3回の#2/#1、#3へ〉
慶応の応援で蘇った「これこれこれ、久しぶり」
――社会人時代も、スカウティング活動の一環でもあると思うんですけど、甲子園はよく観てたのですか。
香田 観てたよ。この夏も結構、観たな。練習がない日は一日中、ずっと観ている日もあったくらい。
――決勝も観ましたか?
香田 練習してたんで全部は観てないけど、クラブハウスに戻ったときなんかにチラッとは観てた。5回だったっけ、仙台育英の外野がポロっとやって、ビッグイニングになったでしょう。あのシーンはちょうど観てた。あの地響きのような歓声は「これこれこれ、久しぶり」って思ったね。早実に負けた試合が蘇った。
――2006年夏、斎藤佑樹(元日本ハム)を擁する早実と決勝でぶつかったときも、早実の声援がすごかったんですよね。あのときの早実も慶応と同じ三塁側ベンチで。
香田 もう、内臓にくるような感じというかね。レフトスタンドからバックネット裏ぐらいまで揺れてるんだよ。点が入ると慶応と一緒で、肩組んで歌うから。もう、あの揺れが気持ち悪くてね。早実も慶応もさ、点が入ると応援歌を歌い続けるでしょう。タイムかけようが何しようが完結するまで。それでまた点が入ると、あの歌が始まるわけ。ちょっと暴力的だと思ったもん。久々だったんじゃない、甲子園でも、あんなになったのは。1本ヒットが出ただけで、うわーって地鳴りがするんだよね。
決勝前にズバリ予言「慶応が優位」
――2連覇中だった駒大苫小牧は北の王者として早実とぶつかり、この夏は、連覇がかかっていた東北の仙台育英が慶応とぶつかった。17年のときを経て、こんな似たようなシチュエーションがあるもんなんだなと思っていました。
香田 早稲田と慶応は、われわれが日本野球の発祥であるというプライドがあるからね。あの2校がからんでくると、世の中全部でかかってくるような感じがある。こっちがヒール役になったような気分になるしね。もう、高野連の関係者も、審判も全員、早稲田のユニフォーム着てんじゃない? みたいな。
――2006年夏の決勝は結局、再試合の末、早実に軍配が上がりました。あのときの記憶があったので、この夏も、これは慶応かなと思ってしまいましたよね。
香田 決勝の前日かな、おれのところにも記者から電話があってね。メディアの人たちは「やっぱり育英が強いですよね」っていう感じだったんだけど、おれは「いや、慶応じゃないかな」って言ったんだよね。決勝の慶応の応援力は半端ないと思うよ、って。
敵か、味方か…甲子園の応援
――慶応と対戦したチームの選手は「自分たちの応援だと思うようにした」って言うんですけど、それってできるものなんですかね。
香田 難しいと思うよ。声の圧力って、視界まで奪うような力があるから。感覚がおかしくなる。ピンチのときにあれをされると、テンパっちゃうんだよ。
――試合後、慶応の応援が物議を醸しましたけど、かといって何か規制するのも難しいですよね。声を出し過ぎるなとは言えないじゃないですか。
香田 そうだよ。声を出すのを楽しみに来てるんだろうし。
――香田さんは逆の立場も経験していますよね。
香田 2004年、2005年は応援を味方につけて連覇できたからね。特に最初の優勝のときはすごかったな。「北海道、がんばれ!」って。相手が関西のチームでも、ぜんぜん応援で負けてる感じはなかったから。むしろ、こっちの方が応援されているような感じでさ。2006年も決勝までは、そんな感じだったんだよ。甲子園では早実戦だけじゃないかな。アウェー感を覚えたのは。
――よく「負けてても負けてる感じがしなくなる」と話していましたよね。実際に、あの時代の駒大苫小牧は本当に劇的な逆転勝ちが多かった。
香田 だって4点も5点も負けてても、ノーアウトから1本ヒットが出ただけで、うわーって盛り上がるんだもん。なんか、勘違いしてくるんだよ。あれ、これ、また逆転しちゃうんじゃね? って。球場の雰囲気がその気にさせるんだよ。
今年の高校野球、どう見た?
――そういう野球以外の要素が入り込んでくるところが、高校野球のおもしろいところではありますよね。年齢的なものもあるのでしょうが、精神の揺らぎみたいなものが見えやすい。
香田 この夏も各都道府県の教祖様みたいな監督がいる学校が勝ち上がってきたでしょ? 高校生って純粋だから、監督の色になるじゃない。社会人や大学生と比べると、まだ、真っ白なキャンバスみたいなもんだから。花巻東は佐々木(洋)カラーだし、聖光学院は斎藤(智也)カラーになる。
――花巻東はこの夏、3回戦の智弁学園戦でオーバーハンドの左投手を前日、サイドスローにさせて、それで勝ったんですよね。あれは驚きましたね。あんなこと、できるんですね。
香田 だから、監督が「お前は虎だ」って言ったら虎になるチームなんだから。「おまえはサイドだ」って言ったらサイドになるんだよ。
慶応の優勝は、複雑な思いになった監督も多いんじゃないかな
――自主性を尊重していた慶応は無色と言えるのかもしれませんけど、それも監督が無色というカラーに染めていると言えばそうですもんね。
香田 ただね、慶応の優勝は、複雑な思いになった監督も多いんじゃないかな。自主性、エンジョイベースボールって言って勝たれたら、おれは今まで何をやってきたんだろう、って。おれですら、そういう感じあったもん。今は高校野球、関係ないのに。監督時代、「自主性」なんて言葉使ったことなかったから。楽しめとは言ったことあるけど。
――でも、そのあたりもだいぶ誤解されていますよね。慶応の選手に「このレベルの野球で楽しむって難しいと思うけど、どうやったら楽しめるの?」と聞いたら「練習で自分を追い込むことです」と言っていましたし、森林(貴彦)監督も「エンジョイベースボールは、レベルの高い野球をすること」だと話していましたから。なので、今までの優勝校と大きく違うところもあるんでしょうけど、やはり同じところもたくさんあって、ただ、その表現方法が違うだけなのだと思います。
香田 そういう説明もして欲しいよな。でないと、中には、全部否定されたような気分になっちゃってる監督もいるから。そこはやっぱり社会人でも高校でも、勝つためには、ここは同じだなというのは絶対にあると思うんだよね。
〈つづく/「香田誉士史に直撃『高校球界に電撃復帰はある?』」編〉
文=中村計
photograph by Hideki Sugiyama