「いまの時期の(代表チームとしての)取り組みが10年後まで意味を持ってくる。そのスタートとなるのがこのアジアプロ野球チャンピオンシップなんです」

 新生侍ジャパンを率いる井端弘和監督は、改めてこの戦いの意味を確認するようにこう語っていた。

 3月のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の熱狂から半年余りが経過した東京ドーム。まだその余熱を楽しむかのように野球ファンは、連日、3万人前後がスタジアムを訪れ、日の丸のユニフォームに熱烈な声援を送っている。

 ただグラウンドに立つ監督、スタッフ、選手たちにとっては、あの歓喜はもはや遠い過去の出来事でしかない。彼らが見ているのは10年後の未来の侍ジャパンへとつながる道なのである。

「しっかりとプロのリーグでも結果を残して、次もここ(侍ジャパン)に呼んでもらえるようにしたいと思っています」

 第2戦の韓国戦で3安打をマークした試合後に、こう語ったのは小園海斗内野手(広島)だ。

小園は「困った時にそこに置けばいいと思える選手」

 今回のチームは牧秀悟内野手(DeNA)を4番に据えて、そこを起点に打線を組んでいる。その中で井端監督をして「2番を打たせても、3番を打たせても、5番を打たせても、そこに適合したバッティングができる選手。打線のキーマンになる」と指名されているのが小園だった。

 大会が始まりその小園に、まず監督が託したのは2番という役割で、この「2番・小園」に井端野球の目指すものが見えてくる。

 3安打した韓国戦。

 初回と3回に1番・岡林優希外野手(中日)が歩いていずれも無死一塁で小園が打席に入った。しかし「そう簡単に送ることはしない」(井端監督)という方針通りに、小園に出されたサインはヒッティング。小園も期待に応えて、いずれも右方向に安打を放って打線をつなげている。

「ランナーを置いたバッティングというのは、プロ野球で何年もレギュラーを張っている選手より上手いんじゃないかと思うので、困った時にそこに置けばいいと思える選手ですね」

 第3戦のオーストラリア戦では今度は3番に座って初回の無死一、二塁で中前に先制タイムリー。3回の1死一塁ではきっちり一、二塁間を破る右前安打で二、三塁とチャンスを広げて捕逸と4番の万波中正外野手(日本ハム)の三塁打で追加点を奪った。

侍ジャパンが抱える“二遊間問題”とは…

「どの打順でも次に繋げればいいかなと思っているので、特に2番を意識することはないですが、自分は(右打ちが)得意なので、持ち味を活かせたかなと思う」

 こう語る小園に井端監督が特に注目するのは、侍ジャパンが抱える“二遊間問題”という背景もあるだろう。

 これまで日本代表の二遊間といえば、長く菊池涼介内野手(広島)と山田哲人内野手(ヤクルト)の二塁と坂本勇人内野手(巨人)の遊撃という時代が続いてきていた。しかし3月のWBCでは菊池と坂本が代表メンバーから外れ、新たに二塁には牧、遊撃には源田壮亮内野手(西武)と中野拓夢内野手(阪神)がメンバー入りして、センターラインを固めることになった。

 時代が一つ、動いたわけである。

 ただ、それではそのままいけるのかというと、山田は31歳、源田は30歳である。3年後の2026年のWBCはギリギリだ。さらにその2年後の2028年のロサンゼルス五輪を見据えると、新たな人材確保が「10年後」への課題となっていく。

 そう考えてこの「アジアプロ野球チャンピオンシップ」を観る。すると井端監督が考える「10年後」の二遊間の有力候補こそが小園なのだと想像できるのだ。

門脇誠への信頼

 そして小園と同時に今回の代表メンバーの中で、もう一人、二遊間を含めた内野のユーティリティープレーヤー候補としてクローズアップされるのが門脇誠内野手(巨人)だ。

 この大会で井端監督は門脇をショートでも三塁でもなく、巨人でのレギュラーシーズンで9試合しか経験のない二塁で起用した。その結果、韓国戦の7回には投手の横を抜けた緩い打球をファンブルして失策を記録してしまった。

「セカンドとショートではどうしても走者の見え方とかも違う。ランナー(打者走者)の位置が見えないで、足の速さは分かっていたので、よくない体勢でボールに入ってしまいました」

 門脇の反省だが、それも糧にする。

「今までやってきたことのないものを日の丸を背負ってやっているので、その中でプレーできているのは今後につながると思います」

 もちろん失策はあったが守備に関する井端監督の信頼は揺るがない。

 その上、課題と言われる打撃でも台湾戦ではチームが打ちあぐんだ台湾の先発右腕・グーリン・ルイヤン投手から初安打となる二塁打を6回にマーク。さらには9回のタイムリー安打を含めて3安打を放って、韓国戦でもきっちり7回に中前に弾き返している。

 来季は巨人・阿部慎之助監督の方針で遊撃での起用が決まっている。ただ本職のショートだけでなく三塁、二塁と内野のどこでも水準以上に守れるのは、ベンチ入り人数が限られる国際大会では貴重な存在だ。その上で打撃に磨きがかかれば、小園と共にそれこそポスト源田の有力候補にも浮上してくる可能性も出てきそうだ。

バットで猛アピールの森下翔太「バットを短く持って」

 そしてこの二遊間プレーヤーとは別に、今大会ではバットで猛アピールしているのが森下翔太外野手(阪神)だ。

「あのときバットを短く持っていたの……見ていましたか?」

 井端監督からこう聞かれたのは、台湾戦の7回に森下が先制ホーマーを放った場面だった。

 恥ずかしながら気づいてはいない。

 そこで森下に聞いた。

「ハイ。あの時はちょっと短く持っていましたね。自分はシーズン中も必要に応じてやっているんですけど、あの場面は第1打席と第2打席でちょっと振れていない感覚があったので短く持ったんです」

 台湾先発のルイヤンは150kmのストレートにカーブ、フォークを操り、コントロールがいいので四球から崩れることがなかった。「世界で通用する投手だと思う」と井端監督も絶賛した好投手で、侍打線は6回1死で門脇が二塁打を放つまで、完全ペースで抑え込まれていた。

 森下も第1打席は149kmに詰まった遊飛。第2打席もフルカウントから150kmのストレートに押し込まれてライトへのファウルフライに倒れている。

 そして7回の第3打席だ。森下が放った本塁打は少し内角寄り高めの150kmのストレートを打ったものだった。バットをほんの少し短く持って、コンパクトに振り抜いた。

「このユニフォームを着て初安打がホームラン! 嬉しいの一言です。ここで終わらずに最後までやり切りたいですね」

 この試合でも9回には追加点の口火となる一、二塁間を破る安打を放つと、韓国戦でも2安打。実戦的な打撃が目を引く。

「バットを短く持つ工夫だけじゃなくて適応力の高さと勝負強さは魅力的だし、台湾戦のホームランのように場面を変える力がある」

 井端監督の評価は高い。

「プレミア12」と2026年WBCに向けて

 今回の代表チームは24歳以下かプロ入団3年以内の選手を中心に、オーバーエイジ枠の3選手を加えて編成されている。

 この中で若い選手が国際試合の経験を積み、次のステップとなるのが来年11月に予定されている「WBSCプレミア12」大会となる。そこでは年齢制限のないフル代表でチームは結成され、そのチームが2026年の第6回WBCのベースとなるはずである、

「僕も若い頃に代表に入らせてもらったんですけど、良かったときもあるし、悪かったときもある。1回や2回の経験では、なかなか今回が良くても、次がいいかと言えばそうではない。むしろ今回悪かった選手にとっては、その次が非常に大事かなと思いますね」

 井端監督の言葉である。

 野手ではおそらく小園や門脇、森下に牧を加えた4人は、ケガもなく順調に来シーズンを乗り切れば、「プレミア12」にも招集されるだろう。さらには韓国戦でバックスクリーンへの本塁打を放ち、豪州戦では「4番」を任されタイムリー三塁打を放った万波もフル代表に大きく前進しているはずだ。ただ初めてのプロの国際大会で思うようなプレーができなかった選手たちにとって、大事なのはこの上手くいかなかった経験なのだと井端監督は説くのだ。

 この経験を活かし、国際試合の難しさを噛み締め、それを糧とできたときに次のフル代表への階段が見えてくる。そこから侍ジャパンの一大目標であるWBC連覇とロサンゼルス五輪での金メダルに向かって動き出すチームに加わることになれるはずなのだ。

 そのためのスタートとなる大会が「アジアプロ野球チャンピオンシップ」なのである。

文=鷲田康

photograph by Getty Images