メジャーリーグの記者投票で、2023年ア・リーグMVPに輝いた大谷翔平。同賞93年間の歴史の中で、2度目の“満票受賞”は史上初の快挙となりました。これまでNumberWebで公開されてきた記事の中から、特に人気の高かった大谷翔平選手の記事を再公開します。今回は大谷翔平選手の偉業に対するアメリカでの受け止められ方についてです!〈初公開:2023年5月7日/肩書などはすべて当時〉 3月のWBCでMVPを獲得し、今季も投打にわたって驚異的な活躍を続ける大谷翔平。2022年に達成したベーブ・ルース以来104年ぶりとなる「二桁勝利&二桁本塁打」の偉業は、アメリカでどのように受け止められたのか。MLBジャーナリストのAKI猪瀬氏の著書『大谷翔平とベーブ・ルース 2人の偉業とメジャーの変遷』(角川新書)より、一部を抜粋して紹介します。(全2回の1回目/後編へ)
投手大谷が勝つためには、打者大谷が打つしかない
地区優勝争いから脱落したエンゼルスは、8月2日に設定された2022年のトレード・デッドラインまでに先発のノア・シンダーガード、抑えのライセル・イグレシアス、大谷の良き後輩ブランドン・マーシュを放出した。大谷が「モチベーションを保つことが難しくて、8月と9月は長く感じました」と回顧したシーズン終盤。しかし、大谷の思いとは対照的に様々な記録や歴史的偉業が次々と達成されていった。
8月3日、本拠地でのアスレチックス戦。7月13日のアストロズ戦で9勝目を記録して以降、勝ち星がない大谷は、立ち上がりからスライダーを多投。3回終了時点で5奪三振を記録した。ライアンが持つ球団記録7試合連続二桁奪三振も見えてきた序盤だった。
試合が動いたのは4回表、先頭のラモン・ローレアーノが三塁ルイス・レンヒフォのエラーで出塁。その後、大谷のワイルドピッチで進塁し、続くショーン・マーフィーが先制タイムリー。マーフィーは6回にも大谷から試合を決める2ラン本塁打を記録した。
大谷は5回2/3を投げ、7奪三振、3失点で自身3連敗となり、ライアンの記録に並ぶことはできなかった。この3連敗が2022年最長の連敗だったが、連敗中の援護点は3試合合計でわずか1得点だったことを考えると大谷の投球は責められない。結局、投手大谷が勝つためには、打者大谷が打つしかないというのが、エンゼルスの哀しい現実だった。
翌4日、2番指名打者で出場した大谷は、初回に第23号の先制本塁打を左中間スタンドに突き刺した。7回には、インサイドの見送れば完全なボール球を右中間スタンドへ運ぶ第24号ソロ本塁打を放ち、2022年5度目のマルチ本塁打となった。この試合に7対8で敗れたエンゼルスは、1試合7本のソロ本塁打で7得点を記録した史上初のチームとなり、敗戦試合で記録した史上最多タイの本塁打記録となった。
遂にベーブ・ルース以来の二桁勝利、二桁本塁打を達成
8月9日、敵地でのアスレチックス戦。遂に「その日」が訪れた。2番指名打者兼先発投手で出場した大谷は、スライダー、スプリット、カットボール、カーブなど、多彩な変化球で相手打線を翻弄。3回にデビッド・フレッチャーのタイムリーで先制したエンゼルスは、5回にテイラー・ウォードの3ラン本塁打で加点に成功する。走者としてこの本塁打を見届けた大谷は、「チームの勝利が近づいたと感じる本塁打だった」と振り返った。
投手大谷は、6回無失点、5奪三振を記録。7回表、打者大谷は、かつてのチームメイト左腕サム・セルマンが投じた2球目のスライダーを強振。打球は低い弾道でライトスタンドに突き刺さる、第25号本塁打となった。大谷の本塁打がダメ押しとなり5対1でエンゼルスが勝利。
1918年にベーブ・ルースが記録して以来、史上2人目となるシーズン二桁勝利、二桁本塁打がついに達成された。大谷は「いつになるかはわからないが、自分の投球を続けていけば、最終的には手に入れられると思っていました」。そして「できるだけ多くの試合でプレーすることに集中している。1試合、1試合、体調を整えて、常に健康体でプレーすることを心がけてきた」というコメントを残した。
アメリカの伝説の選手であるルースに並んだこの日、大谷は日本の伝説の選手が持つ記録を超えた。日本人メジャーリーガー歴代2位となるイチローの117本塁打を超える、118本目の本塁打だった。大谷は「イチローさんとは、打者としてのタイプが全く違うので比較することは難しいです。しかし、本塁打であれ、安打であれ、どんな記録でもイチローさんと比較されることは、自分にとって非常に光栄だと感じています」と話した。
アメリカ国内の“リアルな反応”は…?
ルース以来となる二桁勝利、二桁本塁打を達成して一夜明けると、偉大な記録を各媒体が取り上げた。
西海岸最大手の新聞社ロサンゼルス・タイムズは、スポーツ欄の一面で「ショウヘイ オオタニ ルース以来、2人目の記録達成」、エンゼルスの地元紙オレンジカウンティー・レジスターは、「ショウヘイ オオタニ マイルストーンを達成」と掲載。MLB公式ホームページやFOX、CNNなどのテレビ局もトップニュースとして大谷の記録達成を報道した。
だが、その熱量は日本国内の方が上回っていたと感じる。アメリカ国内では「大谷なら、確実に達成する。何も驚くことはない」という雰囲気さえあった。
104年ぶりとなる記録を達成した大谷は、その後、打撃の調子を一気に上げていった。8月13日、本拠地でのミネソタ・ツインズ戦。8回裏、0対3の劣勢の中、ジョアン・デュランが投じたカーブをとらえた打球は、高々と舞い上がりセンター方向へ。MLB屈指の名手バイロン・バクストンがフェンス際でジャンプ。一瞬、バクストンの「ホームランキャッチ」と思われたが、ボールはバクストンのグラブの上を通り過ぎ、フェンスを越えて行った。大谷の第26号ソロ本塁打が反撃の狼煙となり、エンゼルスは延長11回裏、ウォードのサヨナラ2ランで逆転勝利を記録した。
<続く>
文=AKI猪瀬
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