死闘は延長10回無死一、二塁から始まるタイブレークでの決着となった。表の攻撃でまず韓国が1点を勝ち越す。そして1点を追いかけるその裏の日本の攻撃だ。

 井端弘和監督が動く。

 先頭の森下翔太外野手(阪神)に代えて、“ピンチバンター”として代打の古賀悠斗捕手(西武)を送る。

「試合前から監督からは“そういう状況になったらあるから”と言われていたので、準備はしていました」

 8回ぐらいから、この場面だけを想定して準備を進めてきたという古賀が、期待通りに送りバントを一発で決めて1死二、三塁となる。4番の牧秀悟内野手(DeNA)が申告敬遠で歩いて満塁として、5番の坂倉将吾捕手(広島)がセンターに同点犠飛を打ち上げる。続く万波中生外野手(日本ハム)が再び、申告敬遠で塁が埋まったところで、井端監督がゆっくりとベンチを出てきた。

 向かった先はネクストバッターズサークルにいる門脇誠内野手(巨人)の元だった。

「いつも通りで、思い切って行ってこい!」

 監督の最後のアドバイスが、アジア連覇への号砲でもあった。

「前の打席で強引になっていたので、井端監督から言われて、初心に返ることができました」

 これで門脇の心も落ち着く。初球のスプリットをしっかり見切った2球目だ。これもスプリット。しかしやや高めに抜けてきたのを逃さずに逆方向に打ち返した。鋭い打球が三遊間を破って三塁走者の小園海斗内野手(広島)が歓喜のホームを駆け抜けた。

 若き侍ジャパンのアジア連覇の瞬間である。

 決断は戦う前から始まっていた。

「今日はしっかり送るところでは送りますよ」

 試合前にこう語ったのは井端監督だった。

勝利のための決断ー打線の組み替え

 選手に国際大会の経験を積ませて、個々の力を発揮させる。そのために大会に入ってからは送りバントを封印してきた。

 基本的にはグリーンライトで走れる選手には走らせる戦いを繰り広げてきたが、ここまでの3試合で試みた4度の盗塁はいずれも失敗。最後の試合では勝ちにこだわり送りバントの“封印”を解くことを宣言したのだ。

 そしてもう1つ。勝利のための大きな決断が打線の組み替えだった。

 初戦の台湾戦、そして決勝進出をかけた2戦目の韓国戦で組んできた森下、牧、佐藤輝明内野手(阪神)のクリーンアップ。この試合ではそれを解体して、状態が上がらない佐藤を5番から8番に動かす決断をした。

「基本的には打線の中で大きいのを打てる選手を真ん中に固めていたけど、この試合では得点の形を増やすために小技のできる選手と長打力のある選手を分散させる形を選択した」

 打線をいじった指揮官の狙いだ。

つなぎ役担う7番門脇を打線のポイントとして起用

 そこで長打力のある6番の万波はそのままにして、5番には坂倉を持ってきた。そして佐藤の8番と共にこの打線のポイントとして起用したのが、つなぎの役割を担う7番の門脇だったのである。

 この日の午前中のことだった。

 宿舎のホテルで井端監督は佐藤を呼んで、8番での起用を直接、自分の口から伝えている。そこで伝えたのがこの打線における8番の役割だった。

「打順は変わるが、走者を還すという役割は5番を打っているときと変わらない。そのために前には小技のできる門脇を入れて、必要ならバントをさせるから、いつもと変わらずにポイントゲッターとしての仕事をして欲しい。アプローチを変える必要はない」

 要は8番までを4人と4人のセットにして、佐藤を“2人目の4番打者”として機能させようという打線だったのである。

サヨナラの場面「打ってくれ!」

 狙いはすぐに嵌った。

 3回に韓国が2点を先制。ジリジリとした展開でなかなかホームが踏めなかった日本だが、5回に牧のソロホーマーで1点差とした後の6回だ。先頭の万波が一塁線を破る二塁打で出塁すると、門脇に出されたのは約束通りの送りバントのサインだった。

 これを門脇が一発で決め1死三塁だ。

 カウント1ボール2ストライクからの4球目、マウンドのチェ・スンヨンの低めのカーブを佐藤がしっかりセンターに打ち上げた。この“2番目の4番打者”の犠牲フライで試合は再び振り出しに戻された。

 そしてサヨナラの場面に戻る。

「打ってくれ!」

 ネクストバッターズサークルから門脇の打席を見つめた佐藤は、サヨナラ打でホームを駆け抜けた小園を迎え入れると、そのまま歓喜の輪の中へと飛び込んでいった。

「全部勝てたんで、これ以上ない結果でした。個人的にはまだまだと思っていますけど、大きな経験を積むことができたと思う」

 その言葉には少し悔しさも込められていたように聞こえた。

 一方、大会MVPを受賞した門脇の言葉からは、喜びだけが溢れ出してくる。

「日の丸を背負って緊張の連続だったんですけど、その中で自分の持ち味をしっかり出せて、そこが良かった。(代表は)これまで感じることのない重みだった。これを生かして成長していけたらと思います」

井端監督「ホッとしています」

 4万1883人と満員に膨れ上がった東京ドームのど真ん中で6度、宙を舞った井端監督の顔には、まずは安堵の色が浮かんでいた。

「ホッとしています。若い選手が躍動してくれて満足ですし、全員が持てる力を出してくれた」

 10年後につながる日本野球のスタート、と規定していたこの大会だった。若手選手を発掘し経験を積ませる。それが第一の目的だった。だが同時に国際試合で勝つことの難しさ、そして勝った喜びを経験させることも実戦の中からでしか得られない貴重な体験だと思っていた。

 1年後にはフル代表で戦う「WBSCプレミア12」が控え、そこから2026年の第6回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)、さらには2028年のロサンゼル五輪へと道は続く。

「国際試合を経験し成長した選手たちが1人でも多く、また侍ジャパンのユニフォームを着てくれたらと思います。欲を言えば(今回のメンバーの)半分以上が来て欲しい」

 勝ちにこだわった決勝戦。宿敵・韓国を破り初陣をきっちり勝ち切って、監督・井端弘和の挑戦の第一歩が踏み出された。

文=鷲田康

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