「行けと言われたところでチームのために死ぬ気で腕を振るだけ。先発をやりたい、中継ぎをやりたいというこだわりは、今はありません」

 横浜DeNAベイスターズに移籍をした森唯斗は、冷静沈着な口調でそう言うと、次の瞬間、言葉の熱量を上げ続けた。

野球ができる喜びを、もう一度噛みしめたい

「ただ、野球ができる喜びを、もう一度噛みしめたいんです」

 100セーブ&100ホールドなど鉄腕ぶりを発揮し、福岡ソフトバンクホークスを象徴する投手として過ごした10年間。2018年の最多セーブ投手のタイトルをはじめ、3年連続日本一の胴上げ投手となるなど、輝かしい実績を持っている森ではあるが、この3年ほどは故障や不調、先発への転向などもあり、思うような結果を出せずにいた。

 そして10月22日、ソフトバンクから森と来季の契約を結ばないことが発表された。まだ31歳の看板投手のリリースに、多くの野球ファンは驚かされた。果たして本人は、球団から来季の構想から外れたことを伝えられた瞬間、どのように感じたのだろうか。

「驚きはしましたが、大きくショックを受けるようなことはありませんでした。プロ野球界は、いつ誰がどうなってもおかしくはない世界ですし、数年前から危機感を持ちながらプレーしてきましたからね」

 小さく頷きながら森はそう言った。

僕にとってはいい10年間

「とにかく悔しいという気持ちが大きかったですね。この数年、チームに貢献できていない思いが自分の中ではあったので……」

 無念さを漂わせ、森はそう語ると、ソフトバンクへの感謝を述べた。

「1年目からずっと使って頂いて、ホークスに対しては本当にありがたいと思っていますし、僕にとってはいい10年間でした」

 チームの功労者である森に対し、ファンからは悲しみや感謝の声があふれた。

「すごくうれしかったですね。だからもう1回、ファンの皆さんに僕が頑張っている姿を見せたいと強く思ったんです。ただホークスでのことは、もう過去です。ここからもう1回スタート。新しい戦いに向け、しっかりとやっていきたいと思います」

一番最初にDeNAから電話がかかってきた

 ソフトバンクをリリースされ、交渉解禁日にすぐ連絡をくれたのがDeNAだった。電話口で進藤達哉チーム統括本部長補佐は、森に対し次のように言った。

「ぜひ、一緒にやってくれないか」

 その瞬間、森の腹は決まった。

「最初に連絡してくれたところに行こうと決めていたので、迷いはありませんでした。横浜さんには感謝しかありません」

 暗雲立ち込めていた心の中に射した光明。正直、どんな気持ちに駆られたのだろうか。

「とにかくもっと野球がやりたいという気持ちだったので、奮い立ちましたね」

 そう言うと森は、ようやく柔らかい笑みを見せてくれた。

DeNA、横浜のイメージ

 徳島県で育ち、社会人野球は岡山県、そしてプロでは福岡県で過ごしてきた。交流戦などで遠征経験はあるが、ほとんど縁のない横浜という環境。12月1日の入団会見に合わせ数日滞在し、街の様子やファーム施設(DOCK)を見学したが、どのような印象を持ったのだろうか。

「これまでは“中華街”といったイメージでしたが、街を見ると過ごしやすそうな印象がありましたし、住むのがすごく楽しみだなって。またファーム施設も素晴らしかったし、そこで食事も頂いたんですよ。美味しかったですね」

 横浜滞在中は同学年の森原康平と食事をともにしたり、また福岡では昨年までDeNAに在籍していた嶺井博希からチームの様子を訊いたという。

「二人ともチームの雰囲気が良く、やりやすい球団だよと言っていました。DOCKで練習していた選手や関係者の方々に挨拶をしたんですが、すごくいい人ばかりでしたし、ここでプレーするのが本当に楽しみになりました」

上茶谷からの「事前通告」

 移籍が決まると、森からDeNAの投手キャプテンの山﨑康晃に連絡をした。二人はかつて侍ジャパンで共に戦った仲であり、森が一学年上になる。

「いろいろお話をさせてもらって、まさか一緒のユニフォームを着る日が来るとは思っていなかったので不思議だよねって。森原もそうですけど、知っている選手が何人かいるだけで、心強いし、ヤス(山﨑康晃)もサポートしてくれると言ってくれたので、頼りにしています。あとは……上茶谷(大河)に早く会いたいですね」

 そう言うと森はにやりと笑った。

 11月25日に横浜スタジアムで開催された『ファンフェスティバル 2023』で、上茶谷は太い金のネックレスを首にかけ、森の物真似を披露し、スタンドやベンチから爆笑をさらっていた。さすがトレバー・バウアーのスピーチライターを務め、驚異の「コミュ力」でチームやファンを盛り上げる上茶谷である。

 実は面識はまだないものの、上茶谷とは事前に連絡を取り合っていたのだという。

「ホークスの甲斐野(央)と上茶谷が大学の同期で、連絡先を教えてもらったんですよ。そしたらファンフェスで僕の物真似をやると言うので、ぜひよろしくお願いしますと」

僕としてはすごいうれしかった

 早速いじられてますね、と伝えると、森は愉快な様子で続けた。

「僕としてはすごいうれしかったんですよ。ありがたいし、自分自身もやりやすくなりますからね。いや本当、アットホームなチームだなって」

 マウンド上では厳しい形相でバッターに向かっていく森だが、マウンドを降りると気さくでユーモアのある風情を醸し出し、優しい目元をしている。きっとDeNAに馴染むのも早いことだろう。

青いユニフォーム、似合いますかね

 これまで森は、横浜スタジアムで何回か投げているが、マウンドの固さや球場の広さなどより、一番印象に残っているのがDeNAファンの存在だという。

「マウンドにいてもブルペンにいてもファンの方々の声援が本当にすごいなって思ったんですよ。今はあの大歓声の中で、早く投げてみたいなって気持ちなんですよ」

 森は「これまで青いユニフォームって着たことないんですけど、似合いますかね」と、不安そうだったが、入団会見でのユニフォーム姿を見るかぎり、よく似合っていた。ソフトバンク時代から馴染みのある背番号38を背負った森が、颯爽とした様子でマウンドで投げる姿を、きっと多くのファンが楽しみにしているはずだ。

自分のできることは何でもしたい

 冒頭で森は「行けと言われれば、どこでも投げます」と語っていたが、入団会見に同席した萩原龍大チーム統括本部長は、先発での起用をほのめかした。本格的に先発に転向した今季は、6試合の登板で2勝3敗、防御率4.60、ちなみにファームでは12試合に登板し5勝5敗で防御率1.54という成績を残している。来季に向けどのような準備を進めていくつもりだろうか。

「戦力外になってからずっと体を動かしていますし、しっかり自分を追い込んでいきたいと考えています。ここまではすごく充実したオフを過ごせているので、早めの調整をして2月にキャンプインできたらなって。とにかく自分の持ち味はコントロールだと思っているので、しっかりと磨きをかけていきたい」

 また萩原本部長は、ソフトバンク時代に4回のリーグ優勝に加え、6度も日本一になった貴重な経験を買っての獲得とも述べている。

「もちろん訊かれれば、言える範囲のことは伝えていきたいと思っています。やっぱりこのチームに来たからには、優勝したいし、日本一にもなりたい。自分のできることは何でもしたいんです」

 熱い気持ちが伝わってくるような口調。この数年は、結果が伴わず塗炭の苦しみを味わった。故障でもないのに長い間ファームで過ごす日々は、ソフトバンクに入団して以来、初めてのことだった。ただそこで、森の野球観に変化も芽生えたという。

「この数年は悔しさばかりで、でも逆にその経験があったからこそ、もう一度這い上がろうって強い気持ちが生まれたんですよ。今まであまりなかった、若い選手たちとファームで接する機会も増えて、彼らがどんな思いで野球をやっているのかすごく考えさせられたし、自分の引き出しが増えたような気がします。選手としては活躍できませんでしたが、いい経験じゃないですけど、これを力にしたいなって思ったんです」

 ファームにいたからこそ感じられた、ハングリー精神。真っすぐな目で森はこちらに語ってくれたが、それはまるで自分に言い聞かせるような口調だった。

「とにかく今はチームの優勝しか考えていません。個人的な成績というよりも、1年間しっかり一軍にいて、チームの力になることですね」

 そう言う森だが、あえて「個人的に成し遂げたいこと」を尋ねると、しばし思案して口を開いた。

「やっぱり交流戦で、ホークスに投げたいという想いは自分の中に強くありますね」

柳田のエール「またバックスクリーンに当てる」

 常勝軍団の一時代を築いた人間だからこそ、あの強い古巣に投げてみたい。

「じつは柳田(悠岐)さんとお会いする機会があって、交流戦で対戦したいねって話はしました。柳田さんは『またバックスクリーンに当てる』と言っていましたね」

 柳田とハマスタとバックスクリーンといえば、思い当たる節があるが、森の実力を認めるからこその最高のエールだろう。

「もちろん僕は、そこで死ぬ気で抑えていきたいです」

 来季のソフトバンク戦はハマスタ開催。森が期待に応えられるピッチングができれば、きっと対戦は実現するはずだ。枯渇することのない野球への情熱を燃やしに燃やし、森の横浜を舞台にした挑戦がまもなく始まる――。

文=石塚隆

photograph by Yu Saito