今季終盤はサンフランシスコ・ジャイアンツ傘下の3A「サクラメント・リバーキャッツ」でプレーした筒香嘉智外野手が、私費2億円を投じて建設していた新球場が完成、12月2日に竣工式と施設のお披露目会が行なわれた。

「今までは言葉だけでしたけど、いよいよ実際に動き出すことにしました」

 生まれ故郷の和歌山・橋本市に完成した「YOSHITOMO TSUTSUGO SPORTS ACADEMY」。筒香の口からこの球場建設の計画を聞いたのは2年前、2021年の12月のことだった。すでにそのときには室内練習場の工事もスタート。それから2年余りの月日をかけて出来上がったのは約3万平方mの土地に両翼100mのメイン球場と同45mの内野フィールド、室内練習場等を備えメジャーのキャンプ地を彷彿させる豪華な施設だった。

 遠く高野山を一望する小高い丘の上に立つグラウンドは、まるで天空に浮かぶアメリカのマイナー施設のようだ。筒香のたっての希望で、DeNA所属時代に訪れたドミニカ共和国にあるメジャー球団のアカデミーを参考に、外野だけでなく内野にも天然芝を敷き詰めた本格的なアメリカ仕様。敷き詰めた芝生もドジャースタジアムなどで使われている「TAHOMA31」という品種を選んで種まきから行なったという。

「過去、何年か色んな話を野球界に向けて話させていただいて、最終的には自分の決断で、自分がやった方がいいなと。未来ある子供達ですので、それを潰すのも大人ですし、生かすのも大人。子供たちの未来を潰さないように指導をしていきたい」

 お披露目会を終え報道陣に囲まれた筒香は、この球場を作る意味を明かした。

 2017年に中学生時代に所属していた堺ビッグボーイズの小学生チーム「チーム・アグレシーボ」のスーパーバイザーに就任すると、翌18年1月のイベントの取材でメディアを通じて「勝利至上主義からの脱却」を訴えた。その後も自著の『空に向かってかっ飛ばせ!』(文藝春秋)や外国特派員協会での会見、またさまざまなイベントを通じて少年野球や中学生、高校生を取り巻く野球環境が果たして選手の健康を守り、将来の成長に結びつくものとなっているのかを訴え、改善への提言を行なってきていた。

筒香が天然芝にこだわった背景

 そうした活動の延長線上にこのスタジアムと施設はあるわけだが、もちろん器ができただけでは何も進まない。そこで筒香がオーナー、実兄で体育教師の経験もある裕史さんが代表となって、新たに小学1年生から6年生までを対象に立ち上げたのが「Atta boys」というボーイズリーグ所属の少年野球チームだった。

 裕史さんによるとこの「Atta boys」というチーム名(筒香や関係者の発言を聞くと『アラ・ボーイ』と聞こえる)は、アメリカの野球スラングからとったもの。素晴らしいプレーや全力プレーを見せた選手に「頑張ったね」「よくやったぞ」という意味で、監督やチームメイトがかける掛け声で、メジャーリーグの選手の間でも使われるという。そんな名前からもこのチームが目指すスタイルが伝わってくるものだ。

 そして筒香が費用がかさんでもどうしても天然芝にこだわった背景は、できるだけケガのリスクを軽減した中で、子供たちが思い切った練習ができること。お互いが「アラ・ボーイ!」と声がかけられるようなプレーができる環境を作るという思いがあったからだった。

 もちろんこのチームから「世界に羽ばたく選手が出てくれる」こともチーム設立の大きな目標の1つだが、ただそれだけではないと筒香は力説する。

「僕自身は野球選手になることだけがゴールではないと思っている。小学生の頃から自分で考え、自分で行動を起こせるようになることで、大人になったときに色んな選択肢の連続の中で、競争の中で色んなものを勝ち取る人間作りができるようになるといいと思っています。世の中に出て、仲間と一緒に素晴らしい社会を作っていく。そういう土台作りができるようにしていきたい」

 それが筒香が私費を投じてこのグラウンドと施設を作り「Atta boys」を結成した目的なのである。

 そう考えるといまの筒香の姿こそ、「Atta boys」の子供達だけでなく、全国で少年野球に励む子供たちにとっても、様々なことを考える1つの鏡ではないかという気もする。

「イレギュラーに対処するのは、僕の野球にも当てはまる」

 2020年から始まったメジャー挑戦は決して平坦な道ではない。今季は1月にテキサス・レンジャーズとマイナー契約を結んでメジャーでのプレーを目指したが、6月下旬には自らオプトアウトの権利を行使して自由契約に。8月1日に1度、独立リーグ、アトランティックリーグの「スタテンアイランド・フェリーホークス」と契約。同21日にはサンフランシスコ・ジャイアンツとマイナー契約して2Aを経て9月17日からシーズン終了までは3Aの「サクラメント・リバーキャッツ」でプレーした。

 その間に日本の球団からもオファーを受けたが、自らの夢を諦めることなく米国でのプレーを選択し続けてきた。そしてこのオフも再び「サクラメント・リバーキャッツ」とのマイナー契約を結んで、そこからメジャー昇格を目指す道を選択した。

「このチームを作る中でも色んなイレギュラーなことがたくさん起きましたし、そのイレギュラーに対処するというのは、僕の野球にも当てはまるものだったなという思いで今年は重ねてきました」

 筒香はこう語る。

「イレギュラーというのは予測できないこともあるし、その中でどれだけ対処する手札を持っているのかで、対処のレベルは変わると思います。また諦めるのは改めて簡単だと思うし、諦めるという選択は一番、楽な選択だと思います」

マイナーでしか学べないことも一杯ある

 以前、マイナーでのプレーについて聞いたときに「マイナーではマイナーでしか学べないことも一杯ある。それも長い目で見たら自分の成長につながっていくと思うし、決してムダなことはないと思っている」と語っていたのが記憶に残る。そうして学んだことを自らの手札としてきた。そして今後もさらに手札を増やし、様々なイレギュラーな出来事に対処していく。

 決して夢を諦めないという姿勢が、筒香らしさであり、その筒香らしさこそ、この「YOSHITOMO TSUTSUGO SPORTS ACADEMY」のベースにあるものだとも思える。

 お披露目会では「Atta boys」の小学校1年生から6年生までの代表とキャプテンが筒香へのメッセージを読み上げた。その中で「将来は筒香選手と一緒にプレーしたい」という声に思わず笑顔も溢れていた。

「ああいうことを言ってくれたことに、選手には本当に感謝しますし、そんなことが実現すれば本当に喜ばしいことなので、僕も頑張ります」

 2024年の新天地も決まった。そしてこの「YOSHITOMO TSUTSUGO SPORTS ACADEMY」にとっても、全施設が完成してのスタートとなる同年は、少年野球の1つの“聖地”として、活動が本格化していく年にもなるはずである。

文=鷲田康

photograph by Yasushi Washida