ハラスメント防止に向けて、球界がようやく重い腰を上げた。

 12月4日に行われた日本野球機構(NPB)と12球団による実行委員会で、安楽智大投手のハラスメント問題を受け冒頭で楽天球団が経過説明を行い、球界全体での今後の対応策が協議された。

 その結果、来春2月のキャンプ期間中に、NPBが主導して一軍と二軍のキャンプ地で外部講師などを招いたハラスメント防止に向けた講習を行うこと。また来年1月までに、12球団が選手によるハラスメントの相談や通報をできる窓口を複数(直接対面だけでなく電話やメールなどでも受け付けられるそれぞれの窓口)設けることを決定。その上で榊原定征コミッショナーが改めてハラスメント根絶に向けた談話を発表した。

 榊原コミッショナーの談話では今回の安楽によるハラスメント行為を「プロ野球選手である以前に社会人としても許される行為ではありません」と断罪。「本日の実行委員会で改めて12球団に対して、ハラスメント防止の徹底によるコンプライアンスの順守を指示いたしました」としている。

 まずは球界が今回の楽天の問題を、1球団の内部問題としてではなく、球界全体の問題として取り組む姿勢を見せたことは評価すべきだろう。

なぜ安楽問題が起こったのか?

 その一方で、こうした今後の対応と同時に、なぜ安楽問題が起こったのか? その理由をきちんと精査する必要があるはずだ。安楽問題の背景には野球界だけでなく、多くのスポーツ団体が持つ主力選手を中心にしたヒエラルキー体質の弊害があり、またプロ野球界としてはもっと早くハラスメント防止に取り組むべきタイミングがあったにもかかわらず、そこで動かなかった球界全体としての怠慢が指摘されることになる。

 試合前のロッカーで選手に倒立をさせてズボンと下着を下げ、陰部に靴下をかぶせる。食事の誘いを断った若手に深夜まで嫌がらせの電話をかける。罰金名目で金銭を徴収したり「アホ」「バカ」などの暴言を浴びせる。11月30日に行われた楽天・森井誠之球団社長の会見で認定された、安楽によるハラスメント行為の数々である。

日常的な“いじり”がハラスメントへ

 特に倒立させて、というハラスメント行為は試合前のロッカーで選手たちが見ている前でのものだ。それを許してしまう、あるいはむしろ面白がってしまうチーム内の雰囲気に大きな問題があったのではないかという指摘は避けられない。

 ただそうしたムードが楽天だけの問題なのかというと、そうとは言えない部分もある。

 プロ野球の世界はもともと高校の部活時代の先輩、後輩の関係を軸に集団が形成され、さらには成績と実績がモノをいう実力社会でもある。その結果、チーム内でのヒエラルキー体質は強固なものとなって、中心選手となかなか結果を残せない若手選手の間には有無を言わさぬような上下関係が生まれる。そうした上下関係をバックボーンにした中心選手による若手への、いわゆる“いじり”は、ある種のコミュニケーション手段、スキンシップとしても、大なり小なりどのチームでもあることなのだ。

 もちろんこの時点ですでにいじる側といじられる側では、行為そのものに対する受け止め方に大きな隔たりがある。そしてこの“いじり”はスキンシップのように行われている時点ではなかなか問題が顕在化しないが、いつの間にかエスカレートして、日常的なハラスメントから最後は暴力にまで発展してしまうケースが出てくるという構図なのだ。

日ハム在籍時の中田翔の暴力事件は…

 2年前の2021年に当時、日本ハムに在籍していた中田翔内野手による暴力事件も、そうした経緯を辿って起こったものだったと聞く。以前から可愛がって、それこそいじったり面倒を見ていた選手の態度が悪いことに激昂した中田が、その選手の顔面を殴り、突き飛ばした。

 結果として中田は球団から無期限出場停止処分を受けることになるが、処分から10日も経たないうちに、巨人への無償トレードが決まって出場停止は解除されることになる。

 この経緯にも様々な意見があると思う。ただ一番の問題はこのときに、NPBがしっかり球界全体の問題として取り組まずに、日本ハムの個別問題として見過ごしてしまったことにあったということだ。

 このときにもしNPBと12球団が問題の本質をしっかり見定めて、今回のように選手に対するハラスメントやコンプライアンス順守の意識を持たせる講習会を行い、さらには通報窓口を設置していれば、果たして安楽の行為がこれほどエスカレートしたのか。最終的に安楽は今回の事件をきっかけに楽天の保留者名簿から外れて自由契約となり、事実上の“解雇処分”となっている。将来に関しては不明だが、野球選手として完全にその道を断たれる可能性もあるのは事実だ。

 自業自得といえば自業自得かもしれない。それでもこうした最悪の結果を未然に防げる機会を球界、特にNPBが逃したことも、大いに反省すべきである。

ハラスメントの対応策は十分なのか?

 そして今回決まったハラスメントに対する駆け込み窓口の設置という対応策にも、まだ不十分さを感じる部分があるのだ。

 それは球界という“村社会”だけでなく、外部の人間を入れた「ハラスメント委員会」のようなものを、NPB内に設置する必要があるのではないかということだ。

 中田の事件が勃発した直後にある若手選手と話していてこんな話を聞いた。

「中田選手はもちろん実績もある主力ですが、今はもうチーム内でトップ選手ではなかった。もしあれがチームの顔となるトップ選手だったら、果たして問題が表面化したのか。若い選手は訴えても球団に揉み消されてやぶ蛇になるのではないかという恐怖もあり、訴えることもできないと思います」

 もちろん今回12球団に設置される窓口では、そういうことがないと信じたい。ただ訴え出る方に少しでもこういう危惧があれば、球団に対して果たして声を上げることができる環境なのか。そう考えると球界というしがらみを離れたところでハラスメントを認定して、きちんと対処してくれる窓口の設置がどうしても必要になるはずである。

「ハラスメント委員会」の設置が必要

 一方、今回決まった窓口は当然、選手や球団関係者はその連絡先を知ることになるが、例えば選手によるハラスメント行為が、チーム外で起こったケースではどこに訴えたらいいのだろうか。

 最終的に不起訴となった西武の山川穂高内野手の問題では、当事者の女性が警察に届け出て事件化し、世間の知るところとなった。ただ、そこまでの行為でないまでも、選手によるセクハラやパワハラ行為があったときに、球界外の被害者が安心して訴え出て、公平に対処してくれる窓口が必要なのではないか。そういう意味でも12球団を横断した「ハラスメント委員会」の設置は、今後の球界内外でのセクハラ、パワハラ抑止を含めて、NPBが責任を持って行うべきなのである。

 メジャーリーグ機構(MLB)では度重なるセクハラ問題や人種差別に対して厳しい行動規範が定められ、違反者にはコミッショナーが独自に警告、資格停止や解雇などの処分をする。それだけ球界全体でハラスメントに対する厳しい姿勢を打ち出し、機構として責任を持って対処するということだ。

 そう考えると今回の安楽選手による問題はNPBを筆頭にしたプロ野球界全体にも大きな責任があること。また遅まきながらも動き出したハラスメント対応を評価しつつも、まだまだ不十分であり、ハラスメントを受ける側に立った対応に向けてまだまだ改善の余地があることを指摘せざるを得ない。

文=鷲田康

photograph by JIJI PRESS