大谷翔平がドジャースと結んだ10年総額7億ドル(約1015億円)の超大型契約。この金額は、MLB30球団で総年俸ランキング最下位アスレチックスの過去10年の総年俸合計も超える額だという。今回のFA移籍は現地でなぜ“異例”といわれたのか。決定直前に流れたブルージェイズ急浮上説は何だったのか? 「史上最大の移籍劇はこうして決着した」。〈全2回の2回目〉

疑問「なぜ米記者は怒っていた?」

 FAの契約交渉には本来、「情報戦」がつきものだ。大物FA選手がどの球団と契約するのか、その交渉過程がどうなっているのかは野球ファンも注目しており、その争奪戦が激しければ激しいほどオフシーズンが盛り上がる。球団や選手サイドが交渉を有利に進めるためにその情報合戦を利用することもある。球団がもし強打の左打ち外野手と契約交渉をしているときに、選手側にプレッシャーをかけるために他の同タイプの外野手とも交渉しているという情報を流すこともあれば、逆に選手側が球団側にプレッシャーをかけるために他球団と交渉しているという情報を流すこともある。

 しかし大谷翔平の場合は、情報統制が敷かれ契約交渉に関する情報がほとんど表に出てこないため、米メディアから大谷に対する批判が噴出。過激な批判で炎上するコメンテーターもいた。

「ブルージェイズ急浮上…」は何だったのか?

 とはいえ、契約交渉の最終局面に入り球団が5球団に絞られたころから情報は少しずつ出始めていた。12月2日にはジャイアンツの本拠地オラクルパークを訪れたらしいという情報が地元紙サンフランシスコ・クロニクルのスーザン・スラッサー記者によって伝えられ、同4日にはフロリダ州にあるブルージェイズの球団施設を訪問したことをローゼンタール記者が伝えた。

 大谷がブルージェイズと契約するためプライベートジェットでトロントに向かったという怪情報まで飛び出し、日米加の3カ国のメディアとファンを巻き込む大騒動も起こった。

 ことの発端は、米専門テレビ局MLBネットワークのジョン・モロシ記者の「オオタニの契約が秒読みに入った。たぶん今日にも」というX(旧ツイッター)の投稿だった。日本時間8日午後10時30分過ぎにこの情報が出ると、さまざまな情報がSNSを駆け巡った。その日のうちに大谷のいるカリフォルニア州アナハイムの空港からトロントの空港に飛ぶプライベートジェットがあることを米国ファンがフライトレーダーで発見し、そのフライトは1日で最も追跡された便となるほどのフライトレーダーウオッチ現象が起こった。さらに花巻東高の先輩である菊池が、ブルージェイズの本拠地ロジャーズセンター近くにある高級すし店に50人超えのグループの予約を入れているという情報が拡散され、これは大谷に関係するものだろうと誰もが注目。ブルージェイズが夕方に記者会見をするという情報まで流れ、大谷の移籍がいよいよ決定かと騒がれた。

 結局、プライベートジェットはまったく関係のないカナダの有名実業家とその家族が乗っていたものであることが便到着後に判明。メディアもファンもすっかり振り回され、モロシ記者が謝罪する事態にまでなった。

「あのドジャース監督の暴露」確かな狙いがあった…

 大谷狂騒曲が続く中、ドジャースのデーブ・ロバーツ監督がまさかの暴露で球界をかき回す騒動もあった。

 12月5日、関係者が一堂に会する野球界のオフシーズン最大のイベント「ウインターミーティング」の会見の場だった。大谷の獲得を目指し最終候補に残っていた他球団の幹部や監督は、大谷に関して聞かれても徹底して口を閉ざしていたのだが、ロバーツ監督だけは、大谷とドジャースタジアムで面談した事実を正直に明かしてしまった。もちろん周囲は大慌て。ロバーツ監督が会見直後に球団幹部からお叱りを受けたとも伝わっているため、球団にとっても寝耳に水の発言だったのだろう。一体何のつもりだったのかと、さまざまな憶測も呼んだ。

 筆者は、ロバーツ監督のこの会見の一部始終が収録された動画を何度も見直してみた。

タブー承知も…なぜロバーツ監督は話したのか

 会見の席に着いた同監督は、まず顔見知りの記者と「久しぶり。元気?」と挨拶を交わすと、1人の記者からチームの全体的な補強の進捗状況についての質問を受けた。すると「いろいろ話し合いはしているが大きな進展はない。話題にするのはタブーになっているけれど、ショウヘイがどう決断するか、それによって我々球団がどう対応するか」と、聞かれてもいないのに自ら大谷の名前を口にしたのだ。しかもタブーであることも、承知の上だった。

「ショウヘイのこと話せるの?」

 驚いた別の記者がそう尋ねると、ロバーツ監督は答えた。

「その可能性は大いにあるんじゃないかな。私が思うに……」

 それから4秒間沈黙。何か答えを見つけようとするかのように両目を天井に向けて左右に動かした後、おももろにこう切り出した。

「ああ、私たちは彼と会った。正直に言いたい」

 他の球団関係者は口を閉ざしているのになぜ話すのか、という質問も飛んだ。

「誠実であるべきという思いがある。情報が何も出ないことに、不満の声が出ていることも聞いた。質問されたことに嘘は言えない。事実を話したことが、誰かをないがしろにすることになるとも思わない。ここにいる報道陣のみなさんも、知る機会を得てしかるべきだと思う」

 ロバーツ監督は、交渉を秘密裏に進めたことで批判が集中していた大谷をかばう気持ちもあったのだろうか。いずれにしろ、大谷に向いていた目がこの会見で一気に同監督に集まり、風よけになっていたのは事実だった。

史上最大のスターを受け入れる「覚悟」

 約20分間の会見中には、大谷が普段からメディア対応を制限していることに関しての質問も飛んだ。エンゼルス時代は登板した日には試合後に会見をするが、それ以外はほとんど話をすることがないというのは、米国で広く知られたことだった。

「それについてはミーティングでは話が出なかった。ただ彼と所属球団の間で話し合うべきことだと思う。広報担当も交えて話し合い、彼自身にとって何がベストなのかを考えないといけない。と同時に野球界にとって何がベストかも考えなければならないと思う。何が正しい答えなのか、今はわからない」

 大谷の意向を汲みながら野球界全体のことも考えるべきという監督の言葉からは、球界を代表するスター選手を迎え入れるのだという覚悟も伝わってきた。

エンゼルス残留の可能性もあった…

 2度目の肘手術を受けた大谷が、二刀流として復活すると思うかという質問も出た。

「我々はそう考えている。執刀したニール・エラトロッシュ医師ももちろんそうだし、球団のスタッフも、その時期がきたときに投手として復帰できると自信を持っている。ただ1つ言えることは、我々がこれだけの年数のこれだけの契約を結ぶ(であろう選手の獲得を臨む)ということは、それだけその選手に賭けているということ。その選手に全力で賭ける。我々は喜んで賭けたいし、賭けることに興奮するし、賭けが成功することを願っている。彼は本当に特別な選手だ」

 ドジャースは、このスポーツ史上最高額の契約を結んで大谷に賭け、大谷自身もそれに応える覚悟を決めた。ヘイマン記者によると、大谷争奪戦は最終的にドジャースとブルージェイズとエンゼルスの3球団に絞られ、トロントへのプライベートジェット騒動が起きていたときはドジャースもまだ大谷の決断を聞かされていなかったという。最後まで熟考し、そして決断した。さまざまな騒動を巻き起こした史上最大の移籍劇は、こうして決着した。

「現役最後の日まで、ドジャースのためだけでなく野球界のために、邁進し続けたいと思います」

 大谷の決断発表の文章には、力強い決意がつづられていた。

文=水次祥子

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