かつて同一チームからシーズン100打点以上を4人も誕生させた球団がある。2003年の福岡ダイエーホークスだ。

 3番・井口資仁、4番・松中信彦、5番・城島健司、6番・バルデス……プロ野球史上唯一の「100打点カルテット」の破壊力を武器に、王貞治監督の率いるダイエーは日本一の栄冠を手にしたのだった。

 その再来が今年のソフトバンクで見られるかもしれない。

 王球団会長兼特別チームアドバイザーもこう太鼓判を押す。

「去年までは左バッターが圧倒的に多い打線でしたが、山川とウォーカーが入って、この2人はかなりホームランも打てるし(打)率もそれなりに残せるのはもう分かってますから。打線にはすごく期待をしています」

王会長「やはり野球は点取りゲーム」

 柳田悠岐と近藤健介の2大主砲を誇った昨季の打線に、今年は山川穂高とアダム・ウォーカーが加わった。山川は西武時代に120打点以上を2度も記録している。ウォーカーは未知数な部分があるものの巨人時代の2022年には23本塁打、52打点を記録しており、DH制のあるパ・リーグ移籍で大いなる飛躍が期待されている。

 王会長への取材の中で「100打点カルテットの再来もあるのでは」と質問を重ねると、大きく頷いて「やはり野球は点取りゲームですから」と力を込めた答えが返ってきた。

 だがしかし、攻撃は打“線”である。彼らにつなぐまでの上位打線がいかに出塁するか。2003年のダイエーも1番を打った村松有人は打率.324、出塁率.372を残してリードオフマンとして最高の役割を果たした。

 そう、ソフトバンクの攻撃力を本当の意味で引き出すカギを握っているのは1番打者である。

周東佑京がいるではないか

 昨季のソフトバンクは8人の選手が1番打者を務めた。最多は中村晃62試合。なかなか固定することが出来なかった。もちろん今は固定メンバーで戦う時代ではない。それでも軸となる選手を作っておくほうが戦いやすいのは当然だ。

 1番打者の理想形は出塁率が高く、塁に出れば相手バッテリーをかき乱す俊足選手がいいというのが定説である。

 ソフトバンクにはうってつけの選手がいるではないか。日本一のスピードスター、周東佑京(28歳)である。

WBC激走も…ソフトバンクでの立ち位置

 昨年はWBC準決勝のサヨナラ神走塁で日本中を熱狂の渦に巻き込み、シーズンでは自身2度目の盗塁王を獲得した。知名度も人気も今や日本球界ではトップ級プレーヤーの1人に挙げられる。

 だが、そんな周東もチームでバリバリの主力を張ってきたのかといえば、なんとも微妙なところだ。昨季の114試合が自己最多出場。規定打席到達はこれまで1度もない。昨季成績は打率.241、2本塁打、17打点、36盗塁、出塁率.307だった。

「それなりに試合には出ましたけど、やっぱり序盤に使ってもらってたときに打てなかった。打席数(268)の少なさや打率の低さにつながっているのかなと思います。とにかく数字的には良くないなと思います」

 打撃で試行錯誤して、前半戦ではグリップエンドが極端に大きい「パックノブ(PUCK KNOB)バット」を使用したかと思えば、夏場には同僚の近藤から借りたバットをずっと使ったりと落ち着かなかった。ただ、それでも9月・10月は出場26試合で12度のマルチ安打を記録し、打率.330、34安打、12盗塁でプロ6年目にして初の月間MVP賞を受賞した。これは育成出身の野手としての史上初受賞でもあった。

 その間、周東は1番打者に定着していた。その形でシーズンを終えたこともあり、2024年シーズンこそは1番・周東で一年間戦い抜けるのではないかという期待感が高まっている。先に説明したように周東が1番打者として機能すれば、ソフトバンク打線は相当な得点力を誇るだろう。

選手会長に…「取材でもちゃんと喋らなきゃ」

 ただ、周東は笑って言う。

「正直、打順のこだわりはないんです。希望もない。試合に出られるならば7、8、9番だっていいです。とにかく試合に出ること。3割打ちたいとか50盗塁したいとか、今はそんなことも本当に考えていなくてどうやったら試合に出られるかばかり意識しています。というか、試合に出られるイコール、成績がついてきているからだと思うので」

 相変わらずガツガツしたところを感じさせないのが何とも周東らしい。今季からはソフトバンクの選手会長にも就任した。「やってみたかった。だって会議とかで自分の考えを言えるじゃないですか」と前のめりな姿勢を見せたかと思えば、「でも大変。あと会長だし、取材でもちゃんと喋らなきゃいけないなとは思ってます。やっぱりしっかり者じゃないと」と照れながら話すあたりも、やっぱり周東らしい。

 やはり穏やかな性格そのままの“ゆるフワ系”なのだが、周囲が彼をほったらかしにするはずがない。昨秋のキャンプ。新たにチームを率いることになった小久保裕紀監督と、その後シニアコーディネーターの肩書も加わった城島健司会長付特別アドバイザーが話し合った結果、周東は若手捕手の谷川原健太とともに「強化指定選手」とされた。

昨年末はアメリカに…城島健司の評価

 年が明けて宮崎春季キャンプでは城島氏が付きっきりのアーリーワークを毎朝敢行した。

「昨年12月にアメリカに行って『ドライブライン』でも練習してきました。そこでの動作解析の結果も、城島さんから言われたのも結果的には同じ。手を使わないこと。そして下半身でしっかり打つこと。昨年終盤のいい形も続けつつ、削るところは削ってという感じで打撃を作り上げています。城島さんの説明がすごく分かりやすかった。まだまだ良い打ち方の日、悪い日がありますけど、良し悪しは長いシーズンでも絶対にある。特にやり始めなので完ぺきにできないのは当然。悪い日こそ、その時なりに良くしていくやり方を見つけていきたいと思ってやっています」

 そして城島氏もこう話す。

「僕は周東にも言ってるんです。1、2番はクリーンナップのための引き立て役みたいに考えられがちだけど、世界で一番いい足をもってるんだから主役にならないといけないよと。ホームランは確かに野球の華。だけど、周東みたいな選手が主役にならないと、足の速さを売りにして野球をやっている子供たちの未来がないじゃないですか。何か今までにない、歴史を塗り替えるような成績を残してほしいなと、野球界の先輩としてそう思ってます」

ソフトバンク復権の鍵は「世界の周東」

 周東は1度目の盗塁王に輝いた2020年に50盗塁をマークしている。プロ野球のシーズン記録を問うと周東は「106個ですよね。福本豊さんの」ときちんと把握していた。

「いや、今の時代じゃ無理ですよ(苦笑)」

 周東の実感として投手のクイックモーションのタイムは年々向上しているという。50個走った4年前と比べても、今の方が走りづらくなったと話す。

 それでも足で主役の座を目指す、世界の周東である。

 2010年以降のプロ野球を調べると、2011年に同じソフトバンクの本多雄一(現・一軍内野守備走塁兼作戦コーチ)が記録した60個が最多だ。

 そんな話の流れで、周東に「WBCで世界一を経験した自信で、自分自身への期待値も上がったのでは」と水を向けると、ちょっと声のトーンを変えてこんな言葉が返ってきた。

「自分に期待しなくなったら終わりかなとは思います。だから常に自分には期待してます。だからそんな数字しか残せない自分に苛立ちながら、もっと出来るだろうと思いながら必死にやるんです」

 4年ぶりのリーグ制覇と日本一のカギを握る男。まん丸な瞳の奥には確かな力が宿っているように見えた。

文=田尻耕太郎

photograph by JIJI PRESS