歴代最多の高校通算140本塁打を放った花巻東の大物スラッガー、佐々木麟太郎内野手が、米スタンフォード大学に進学する。1891年創設の同大は、偏差値80以上、全米で最も入学が困難といわれる名門だ。3月中にも渡米する佐々木はどんな大学生活を過ごすことになるのか。学業と野球の両立は可能なのか――。スタンフォード大出身で現在はシカゴ・カブスに所属するメジャーリーガー、ニコ・ホーナーに話を聞いた。〈以下、ホーナー氏の一人語り〉

麟太郎とアメリカで会っていた…

 実は私は麟太郎と彼の家族にスタンフォード大で会ったんだ。彼が大学の施設、キャンパスを見るために訪れた1月のこと。そこで私自身の経験、ベースボール、スクール、ソーシャルライフとか、すべてについて麟太郎と話したんだよ。非常に印象的な若者だったし、彼の家族にも会えて嬉しかった。大谷(翔平)のコーチだったという麟太郎の父親にも対面したよ。

 スタンフォード大は本当に素晴らしい大学だし、彼の家族は学業に重きを置いているように感じられた。スタンフォード大でなら優れた教育が得られるし、いいチームで野球もできる。彼が私の母校を選択してくれたことにエキサイトしているよ。

超名門で学業と野球「両立できる?」

 学業とベースボールの両立はもちろん大きなチャレンジになる。ただ、スタンフォード大のいいところは、それぞれの生徒に(学ぶ内容を)合わせてくれること。たとえばエンジニアリングや数学といった難しい専攻科目もあるけれど、希望すればもう少しリラックスした授業を受けることもできる。自身が何に集中していくかを見定めることが重要だね。スクール側も、1年目の生徒には様々なオプションを提示するなど、柔軟に対応してくれる。彼が何を専攻するつもりかはわからないが、そこには間違いなく様々な選択肢が存在するんだ(編注:スタンフォード大はじめ米大学では入学後に専攻を選ぶ)。

 私の学生時代を振り返ると、1年生時は何の授業にどれだけ熱心に授業に取り組むべきかの判断が難しかった。私は最高レベルの成績ではなかったけど、悪くない生徒ではあったかな。ただ、私のプライオリティはベースボールをプレーすることであり、それに応じて選択した。結論をいうと、それぞれの生徒によって状況は違うけど、(野球と学業を)両立していくのは可能だよ。

ホーナーの学位取得は“野球選手になってから”

 実際にはどのくらい勉強したのか? それはいい質問だね(笑)。はっきり覚えていないけれど、1週間に20時間くらいかな。あまり勉強しない期間もあり、そうかと思えばたくさん机に向かわなければいけない時期もあった。学期末は勉強の時間が増えて、だいたい30時間くらいだったと思う。僕はベースボールの方が好きだったから、常にそれほど勉強したというわけではなかったんだ(笑)。

 もちろん学業が簡単な大学ではないけど、周囲にいるのは才能にあふれた人間ばかり。学業に秀でた人だけではなく、オリンピアン(=五輪に出場するアスリート)もいれば、自身の会社を設立しようとしている人もいた。とにかく何かしらで特別な能力を持った人間に常に囲まれているように感じられ、私にとってもエキサイティングなことだった(編注:ホーナーは2018年ドラフトでカブスから指名され、入団。2019年シーズン後に再度授業を受けて卒業。現地記事によると学位はAmerican Studies)。

スタンフォード大監督はどんな人?

 現在、スタンフォード大野球部の監督を務めるデービッド・エスカーは私が在籍した最後の年からチームの指揮を執りはじめた。スタンフォード大で自身もプレーした経験がある人だから、とても経験豊富。選手のことを大事にしてくれる監督でもあり、すべての人間に対してリスペクトをもって接してくれる。私も本当に感謝しているよ。

「ハードにプレーしろ」「このゲームをリスペクトしろ」「時間に遅れるな」といったシンプルなことを重視するオールドスクールな指導者だけど、一方で選手たちが自分らしくプレーすることを許してもくれる。

 麟太郎に関して興味深いのは、日本で生まれ育った彼はアメリカの選手とは違う形でベースボールを学んできたということ。それは僕もカブスでチームメイトになった(鈴木)誠也を見て知ったことでもある。その点、エスカー監督は「このやり方で打て」といったふうに指示をするタイプではなく、それぞれの方法でプレーするのを許してくれる指導者だ。それは本当に重要なことだから、やはり麟太郎はいいチームに来たと思う。中には自身のやり方だけを信じ、それを押し付ける監督もいるからね。そういうチームに行っていたら、海外から来た選手は苦労するだろうから。

 これからスタンフォード大に進学する麟太郎に私からアドバイスがあるとすれば、とにかく楽しんでほしいということ。1年目は彼にとってチャレンジであり、適応は難しいと思うけど、大学での時間はあっという間に過ぎていくものだ。私はその時間を楽しみ、最高の友人たちとも知り合えた。ガールフレンドも同じ大学の出身だし、私にとって特別な場所になった。もちろん麟太郎にも物事に真剣に取り組んでほしいけれど、それと同時に心から楽しんでもらえることを願っているよ。

文=杉浦大介

photograph by JIJI PRESS