2月も終わりに近づき、プロ野球界も各球団のキャンプが終わって、オープン戦を待つ季節に。球春到来を前にして、ベテラン記者がキャンプで見つけた「隠れた逸材候補」を紹介する。<全2回の1回目/2回目を読む>

 5日間の宮崎キャンプ取材は、あっという間だった。

 時間は「5日間」なのに、キャンプ地は、ファームのキャンプも入れたら、オリックス、ソフトバンク、西武、巨人、広島、ヤクルトと6球団。巨人、広島、オリックス、ソフトバンクは、一軍とファームの両方が宮崎でキャンプを行っているので、勘定が合わないからとても忙しい。

 めったに行けない宮崎・南九州である。どうしても、欲張りにもなる。

 2月のキャンプ期間中は、宮崎のホテルがぐんと高くなる。都城から宮崎、レンタカーで片道1時間の「通勤」になるが、この1時間がなかなか貴重で、頭を整理したり、南九州の風景を味わったり、私にとっては結構有意義な時間になってくれる。

 ソフトバンク一軍内野陣の緊張感あふれる守備ワーク、吉田正尚(レッドソックス)が抜けても喪失感が漂わないオリックスの中軸打者たちの打撃練習。一軍キャンプのプレーにも目を奪われるが、もう一つのキャンプの魅力は「新戦力」だ。

キャンプで見つけた「育成10位」の逸材候補

 主力投手陣の投球練習が終わったソフトバンクキャンプのブルペンに、入れ替り、立ち替り、若手投手たちがやってくる。

 ひとりの長身左腕のピッチング練習に目を奪われた。

 背番号167・前田純(189cm85kg・左投左打)、日本文理大(大分)から入団した2年目の育成選手である。

 これだけのサイズがあって若手のサウスポーなら、普通はもっと「左腕独特のアンバランス」があるものだが、それがない。軸足(左足)できれいに立って、両肩のラインがしっかり捕手の方向を向いたまま踏み込むと、一瞬の間があってから、リリースでビシッとボールを切っている。

 右足の踏み込みとリリースのタイミングがピシャリ合った時のストレートの「伸び感」が素晴らしい。今は、5球に1球ほどだが、バックスピン抜群の快速球が、高い位置から痛烈にミットに突き刺さる。

「ナイスボール!」と、捕手から祝福の爆声が上がる。

 その瞬間、パッと花が咲いたような笑顔がまぶしい。1球、1球、ボールを捕手から受け捕り、プレートを踏み込んでいく時の表情がいい。

中学、高校時代はベンチ入り経験もなし

 育成選手なのだから、普通なら「筑後」の若手キャンプだろう。抜擢された「宮崎」のはずなのに、落とされたくない、落とされたらどうしよう……みたいなビクビクした重苦しさが伝わってこない。今、宮崎のブルペンで、多くのファンの視線を浴びながら投げられることが嬉しくてしかたない。そんなフレッシュな若々しさだけを発散して、見ているこっちまで、なんだかなごんでしまう。

「親御さんの仕事の都合で、シンガポール生まれの沖縄育ち。高校は中部商業なんですが、一度もベンチ入りのメンバーに入ったことはないはずです、はい、おそらく中学時代も含めて」

 ならばどうして日本文理大・中村壽博監督、そんな前田純投手に声をかけたのか。

「キャッチボールです。キャッチボールが抜群でした。フォームのボディバランスもよかったし、リリースで指にかかる率がすごく高かった」

 高校では実戦経験ゼロに等しい前田投手だったが、連日のひたむきな練習と吉川輝昭投手コーチ(元横浜、ソフトバンク)の熱心な指導で、日本文理大3年生から公式戦に登板するようになる。

「とにかく、1球も気を抜かない。試合でも練習でも、どれぐらい投げるんだ?って訊くと、必ず『最後まで投げる!』って言うんです。高校までぜんぜん投げてないから、とにかく投げたくてしょうがない。多分、今もそうだと思いますよ。投げたい意欲は無限大のヤツですから」

 なるほど。それで、あのイキイキしたブルペンの表情だったんだ。

「全体練習が終わっても、ずっとキャッチボールやってましたね。それでいて、一度も故障したことがない。いや、それどころか、痛いって言ったことも一度もなかった。こりゃあ、体が出来て、キャリアを積めばよくなる一方だなと思ってました」

 心配だったのは、なかなかスピードが出なかったことだという。

「4年生でも120キロ台。それなのに、128キロの速球で空振りの三振取ったりしてる。不思議に思ってたら、ラプソードでとんでもない数字が出た」

 スピードガンだけでは計測できないボールの回転数や角度を測ってみて、前田投手の「120キロ台」の本当の威力がわかった中村監督。

 しかしそのことをスカウトたちに伝えても、やはり「120キロ台」という事実に説得力がなく、食指を動かす球団はなかなかなかったが、前田投手のキャッチボールに惚れたソフトバンクのスカウトの「ウチの若い投手たちのお手本にしたいようなキャッチボールですね」というお見立てが、育成ドラフト10位指名につながった。

 1年目の昨季は、三軍、四軍で11勝をあげ、二軍ではマジック1と優勝が懸かる9月のウエスタン・リーグ広島戦でプロ初先発の大役を任された。

「今で130キロ後半ぐらいかと思いますけど、ファームでも150キロ近い投手が当たり前みたいな中で、あんまり点も取られず、試合を壊さない。なんでってキャッチャーが不思議がってるそうです」

 やはり中村監督もスピード不足を心配して、ドラフト前には、プロに挑戦するリスクを、ずいぶん言って聞かせたそうだ。

「でも、とにかくプロ一本、なんの迷いもありませんでしたね。今って、心のスタミナのないピッチャー、多いじゃないですか。前田の場合は、投げるための心のスタミナは無限大。そこは、太鼓判押します。プロで成功してるのって、こういうタイプかもしれないですね、意外と」

「日本一コントロールの良いサウスポーを目指せ」

 中村監督が早稲田大野球部の先輩ということで、このオフは、和田毅投手の自主トレに参加させてもらった前田純投手。

「同じ沖縄出身の東浜(巨・投手)にもいろいろ面倒見てもらって、今年は中部商業の先輩の山川(穂高・内野手)も入ってきて、何かと人の縁に恵まれてる。ほんとに、人間性のきれいな子です。前田を悪く言うヤツはいないと思います」

 入団に際して、前田純投手が球団からいただいた言葉は、「日本一コントロールのいいサウスポーを目指せ!」である。

<次回につづく>

文=安倍昌彦

photograph by 日本文理大公式HPより