サンフレッチェ広島にとって新たなホームスタジアムとなる「エディオンピースウイング広島」。浦和レッズとのJ1開幕戦を取材したライター飯尾篤史氏が試合前日も含めて写真を撮りながら探訪してみた。

 広島駅から歩いて約30分――。その道のりがさほど長く感じないのは、目的地が次第に像を結んでくるからだ。

 上柳橋を越えて城南通りをてくてく歩いていくと、ん? あれはもしかして……。

 遠くにその特徴的な大屋根が確認できるようになる。

 お目当ての新スタジアム――エディオンピースウイング広島は、“まちなかスタジアム”と言われるように、都心にあった。

 広島駅から歩くもの好きは、そう多くはないかもしれない。一般的な交通手段を紹介すると、長距離バスが発着する広島バスセンターやJR・新白島駅、アストラムライン・県庁前駅、広島電鉄・原爆ドーム前電停から徒歩10〜15分程度と、アクセスは抜群だ。広島城はすぐ隣、原爆ドームも歩いて10分ほどと観光名所にも近い。

翼くんの「サッカー世界平和宣言」と欧州的なメガストア

 浦和レッズとの2024年シーズンのJ1リーグ開幕戦を翌日に控えたこの日、まだファン・サポーターでごった返していないスタジアムを訪ねてみた。

 通りからエレベーターで2階に上がると、出迎えてくれるのは「EDION PEACE WING」の文字がかたどられた巨大モニュメントと、『キャプテン翼』のストーリーを再現した全長約10mの巨大壁画だ。主人公の大空翼が「サッカー世界平和宣言」をスピーチするシーンが描かれている。

 壁画の横にあるスタジアムの出入り口はシャッターではなく格子で閉じられているから、試合のない日に訪れてもスタジアムの中を覗ける仕組み。その隣にはサンフレッチェ広島の各種グッズが揃うメガストアが併設されていて、このあたりの設計はヨーロッパのスタジアムを思わせる。

 ヨーロッパのスタジアムを訪れた際、吸い寄せられるようにメガストアに立ち寄って、気づけば、マフラーやペナント、ジャージなどのグッズを大量購入しているのは“欧州サッカー観戦あるある”だろう。日本ではパナソニックスタジアム吹田にあるガンバ大阪の「ブルスパジオ」が個人的にはお気に入りだが、この「ピースウイングオフィシャルストア」も負けず劣らずの品揃えだ。

 おすすめのミュージアムは1階にある。入口にはサンフレッチェのレジェンドたちの巨大壁画。先に進むと、大型スクリーンに広島サッカーの歴史を振り返る映像が流されている。原爆によって廃墟となった街が復興し、まさにその場所に、平和の象徴であるこのスタジアムが建てられたことがわかる。

 さらに、名シーンの写真とともにクラブ史を振り返るコーナーや歴代ユニフォームの展示コーナーに加え、シュート、ドリブル、パスの3種類のプレーにチャレンジできる体験コーナーもある。映像のGK相手にPK勝負をしてみたり、人工芝の上でコーンドリブルをしてみたり、指示に従ってパス&コントロールをしてみたり、これが意外と難しい。

入場前から、あまりの素晴らしさに目が潤んだ

 喜ばしいことに、近年は日本にも球技専用スタジアムが増えてきた。そのどれもが素晴らしいものばかり。パナソニックスタジアム吹田で初めて取材したときは、このレベルのスタジアムが日本にできたことに感激したし、ミクニワールドスタジアム北九州を初めて訪れたときは、思わず「おおっ」と唸っていた。サンガスタジアム by KYOCERAの記者席に初めて座ったときは、「最高じゃん!」と心の中で叫んだものだった。

 エディオンピースウイング広島は、スタジアムの中に入る前の段階で、感動して気持ちがたかぶってしまった。建設までの紆余曲折の道のりも聞いていただけに、あまりの素晴らしさに目が潤んだ(こうやって書くと、なんでもかんでも感動しているようだが、国立競技場にはまったく感動しなかった)。

観客、メディア…利用者全員の目線に立っている

 翌日2月23日は待望の開幕戦。スタジアム周辺は紫と赤のファン・サポーターで溢れていた。

 メディア入口の場所も分かりやすかったが、それ以上に嬉しい驚きは動線の良さだ。報道受付の目の前に記者控室があり、その隣が会見場、さらに隣にミックスゾーンが設けられていて、とんでもなく移動がしやすい。

 実は、記者控室、会見場、ミックスゾーンがあちこちに散らばっているスタジアムは少なくない(もちろん、建物の構造上、仕方のない面もある)。異なるフロアにあったり、反対サイドにあったりするから、行き来するのに時間を要し、監督会見を終えてからミックスゾーンに向かっても選手取材に間に合わないことだってある。

 会見室が横に広い構造となっているのもヨーロッパ風。日本のスタジアムの会見場は縦長のことが多く、後方に座ると、監督の表情の変化がまるで見えなかったりする。

 観客目線だけでなく、メディアを含めた利用者すべての目線に立ってディテールにこだわっていることが感じられ、これは本当にプロフェッショナルの仕事だと感嘆せずにはいられなかった。

 エレベーターで記者席のある6階に上がると、壮大な光景が広がっていた。収容人数は約2万8500人と決して大きくないが7階建てで、スタンドの傾斜がしっかり取られているから、ピッチを上から見下ろすかのようだ。正面の緩やかなアーチを描いた屋根のフォルムも美しい。

 サンフレッチェのファン・サポーターが陣取るゴール裏(南サイドスタンド)はアウェイゴール裏の2倍以上の客席が設けられ、ホームの利を得やすい構造になっている。コンコースを通ってスタジアム内を1周できるのも、ファン・サポーターにとって魅力だろう。

カープ本拠地とともに“日本一のスポーツ観戦環境”

 リーグ戦での席種はなんと42もあり、カウンターシート、スイートテラス、テーブルテラス、パーティテラス、センサリールーム、ビジネスラウンジ、プレミアムスカイボックスなど、家族連れから団体、ビジネスと、用途に合わせて選べるようになっている。この辺りは広島カープの本拠地、MAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島を参考にしているのかもしれない。広島のスポーツ観戦の環境は、間違いなく日本一と言える。

 ピッチとスタンドの距離は最短で8mだから、臨場感や迫力は申し分ない。それはファン・サポーターだけでなく、実際にプレーする選手たちも感じたところだ。アウェイの浦和レッズの選手たちも感激しきりだった。

 試合後、ペア・マティアス・ヘグモ監督が会見の最後に「サンフレッチェ広島には勝利おめでとうございますと言いたい。広島市、サンフレッチェ広島には、この素晴らしいスタジアムを称えたいと思います」と賛辞を送ると、スウェーデン代表MFサミュエル・グスタフソンも開口一番、「素晴らしいスタジアムでしたし、雰囲気も素晴らしかった」と口にした。

 現在は工事中だが、スタジアムの隣には広大な芝生広場が誕生するようだ。そこには飲食店からキッズプレイパーク、フィットネス・サウナ、BBQ施設ができる予定で、スタジアムと公園が一体化した市民の新たな憩いの場となることだろう。

 試合後、スタジアムを後にして公園を横切って街中に出ると、この日の来場者に配られた紫の「オリジナルフリースポンチョ」を抱えた親子を、カップルを、友だち同士のグループをたくさん見かけた。観戦を終えたその足で繁華街に繰り出していく光景を見て、あらためてこのスタジアムの魅力が感じられた。広島の街の中心の、最高の立地に造ることができたんだな、と。

 今回の訪問は前泊だったが、次の機会は絶対に後泊して、試合後そのまま広島の街に繰り出そう――そう誓って、バスセンターから広島空港に向かった。

文=飯尾篤史

photograph by Atsushi Iio