イチローは現役時代、毎年200安打という目標を自らに課して10年連続で達成し、引退した今でも球児たちの目標であり続けるために邁進している。「目標」を持って日々を過ごすことの大切さ、そして達成するために大切なことはーー。イチロー自らが「目標設定の極意」を語る。<全2回の後編/前編も公開中>
(初出:発売中のNumber1092号[スペシャルインタビュー]イチロー「自分の限界を超えるために」より)

50歳で“135kmの壁”をクリア

――最近のイチローさんでいえば、目に見えて目標をクリアしたのは昨年の11月、ピッチャーとして高校野球女子選抜との試合でクリアした135kmの壁でした。それまでの最速は134kmでしたが、昨年は138kmを計測しました。

「2年間、そこに明らかな壁がありました。でも目標は140kmです。135kmの壁を超えたとは言えても、目標を達成したとは言えない。試合中、肉離れの悔しさもありましたし、何とか140km投げられるようになりたい」

――昨年の10月、50歳になったというのに、まだ野球における目標があること自体が驚きです。

「スピードアップしたのは、身体の使い方を変えたからなのかもしれませんが、それでも4kmアップする理由をこれだと説明することは今もできません。新しいトレーニングにも取り組んで、しばらくは続けましたが、肩、ヒジのケガの可能性が高いと判断してやめましたし、他に特別なことをしたわけでもない。唯一違うのは、キャッチボールのときに、肩甲骨がうまく使えるようになっていて、腕が走るようになっている点。以前より軽く投げているのに、球の勢いが落ちない感触が増えたのは、腕を振るのではなく、結果的に腕が勝手に走っているからだと感じています」

――40代後半から50代にかけてフィジカル面は落ちていくのが普通だと思うのですが、そういうことがうまくできるようになるというのはイチローさんの身体に何が起こっていると考えればいいのでしょう。

「そういう固定観念がいろいろ邪魔をするんですよ。目に見える形で現れているんですから、不思議なことではありません。最近は、高校生だけでなく社会人やプロの選手ともキャッチボールをする機会があるんですが、近い距離では強い球が投げられるのに、遠投で落ちてこない球を投げられる選手はほとんどいない。それは肩甲骨を含めた、身体のメカニズムを理解できていないからだと思います。現役中は自分の動きに集中していたので、他の選手の動きをそれほど観察していませんでした。でも、今のように人の動きを見てから自分も動くと、ああ、こういう感じなのかと思うことがあります。

 以前は無意識の中の意識だったのが、今は人の動きをたくさん見ることによって動きの違いがはっきりと入ってきて、強烈な意識に変わってきているんです」

「こいつまだ現役でいけるんじゃないか?」

――それはつまり、引退してからさらに野球選手としての伸びしろが出てきたということですか。

「年齢にかかわらず、アスリートとして変化しながら進化する余地はあると感じていました。そうでなければ、数年前よりも打球の飛距離が伸びたり、球速が上がっていることの説明がつきません」

――でも野球というスポーツは、バットを振る、ボールを投げるというだけでは完結しません。相手がいて、結果があって、ゲームの中でこそ成果が見える競技です。今のイチローさんは年に高校女子との1試合だけでしか結果がわからない中で野球を続けています。そういうとき、日々の過ごし方で意識していることは何ですか。

「周りが僕の動作を見て、『こいつまだ現役でいけるんじゃないのか?』と思わせる状態を目指しています。確かにゲームでしか表現できないことはありますが、練習の中で精度を高めることはできる。そしてその日の限界を迎えるために、これ以上は無理というところまで練習する。それってわかりやすいんですよ。家やホテルに戻ったとき、疲れてグッタリしている状態を心がける。今日一日やり残したことがある感触が気持ち悪いんです。だから何もしなくていい日でも無理矢理、外へ走りに行って疲れにいきます。夕食を食べて、お酒も呑んだあとでも走りたくなることだってありますよ」

<前編も公開中>

文=石田雄太

photograph by Naoya Sanuki