全米が大学バスケットボールに熱狂する“マーチマッドネス”、NCAAトーナメントの時期がやってきた。そして、今年はマーチマッドネスが近づくにつれ、ネブラスカ大で活躍中の富永啓生の名前を全米放送のテレビで聞くことが増えている。

 たとえばESPNで人気トーク番組を持つWWEレスラーで、元NFL選手のパット・マカフィーは、富永のプレーに魅了された一人だ。

「男子大学バスケのシーズンが終わりに近づくまで彼のことを知らなかったとは不覚だった。彼は知っておくべき選手だ」

 人気スポーツキャスターのダン・パトリックも、最近になって人に勧められて富永のハイライト動画を見たそうで、自身の番組でこんなことを言っていた。

「ケイセイ・トミナガのハイライトを見た。恐れることないスナイパーだった。ネブラスカ大がどれだけ勝ち進めるかわからないけれど、彼は見ていて楽しい。左利きで、シュートレンジが広い。リングのど真ん中を射抜くようなシューターだ」

 NCAAトーナメントの前週に行われたビッグテン・カンファレンスのトーナメント準決勝を全米放送したCBSの中継アナウンサー、アイアン・イーグルもこう言っていた。

「ケイセイ・トミナガ。彼の名前はマーチ(NCAAトーナメント)に向けて覚えておいたほうがいいかもしれない。アメリカ中の注目を集めるかもしれない選手だ」

最初のシーズンは苦戦していたが…

 富永が、短大から強豪ビッグテン・カンファレンスに所属するネブラスカ大に編入して今季で3年目、大学最後の集大成となるシーズンだ。

 最初のシーズンの富永はNCAAレベルで苦戦し、ネブラスカ大も成績が低迷していた。それが昨季のシーズン途中に故障者が出たことから、オフェンスを富永の3ポイント力を中心とするオシステムに切り替え、それ以降、成績が上昇。特に今季はビッグテン・カンファレンスの強豪チームとも対等に渡り合えるチームになり、全米で上位にランクインするチーム相手にも勝利をあげ、シーズン通算23勝10敗(3月21日時点)の好成績をあげた。その実績が認められ、NCAA選手なら誰でも出たいと夢見るNCAAトーナメントの出場枠を与えられた。

 NCAAディビジョンI自体が狭き門なのだが、NCAAトーナメントはその中でも362チーム中68チームしか出られない大舞台だ。富永はチームのオフェンス面でのエースで、チームに勢いをもたらすエンジン。だからこそ、常に相手チームから徹底マークされる存在でもある。

 それでも、知名度はまだ全国区とは言えない。スポーツニュースの枠には限りがあり、NBAなどプロスポーツや他のスポーツのニュースの合間で大学バスケが取り上げられる時間には限りがあるからだ。

 しかし、それが一変するのがマーチマッドネスの時期だ。アメリカ中のスポーツファンがNCAAトーナメントに釘付けになり、熱狂し、1試合勝ち上がりの緊迫した試合の中で新たなスター選手が頭角を現すのを楽しみにしている。そして、今年のトーナメントで全米を夢中にさせることができる選手として専門家たちが予想する1人が富永なのだ。

チームメイトが語る、富永は何がすごい?

 それにしても、富永のプレーはなぜそこまで見る人を引き付けるのだろうか。もちろん秀でたシュート力は一番の魅力だが、今の時代、シュート力がある選手は大勢いる。シューターたちの中でも、富永は別格の存在だと見られているのはなぜなのだろうか。

 富永のプレーを誰よりも近くで見てきたチームメイトたちに、その疑問をぶつけてみた。

 フォワードのリンク・マストは、さほど目立つわけではない風貌とコート上での自信満々のプレーのギャップをその理由にあげた。

「彼は身長が6フィート2インチ(188cm)で、運動能力も特別高いわけではなく、目立つほうではない。でも、コートに出ると他の人にはないようなスワッグ(自信に満ちた雰囲気)や態度でプレーするんだ」

 加えてどんな姿勢、どんなフォームからでも決められるシュート力も魅力だと言う。

「そんな選手、僕はケイセイ以外で見たことがない」

 富永とガードコンビを組むブライス・ウィリアムズは、シュートの難易度が他の選手とは違うと言う。

「彼が打つシュートにノーマークのシュートはない。たいていの場合、それはフェイドアウェイしながら超高速のリリースで打つんだ。その難しさと、その難しいシュートをどれだけ頻繁に決めるかが魅力なのだと思う」

 それに、今シーズンの富永は、単なる3ポイントシューターではない。相手の密着ディフェンスで3ポイントシュートを抑えられたら、その裏をついて中に入りこみ、ゴール近辺でも相手のタイミングを外してシュートを決める。フェイドアウェイ、フローター、スピンムーブからのシュート、フェイクからのステップインなど、その動きは多彩だ。

 NCAAのコート上では小柄な富永がそんなプレーで自分より大きな選手を翻弄する様子は、確かに見ていて爽快な気分にさせられる。

「夜眠れなくなる」「最も果敢で賢い」

 一方で、富永の人を引き付けるプレーは、対戦相手のコーチにしたら脅威でしかないようだ。ビッグテン・カンファレンスの強敵、イリノイ大のブラッド・アンダーウッドHCは、2月4日の対戦で富永に31得点を取られた後に、「たぶん名前の発音を間違えていると思うけれどトマナンガ? トミネンガ? ──わからないからケイシー(ケイセイ)でいこう。彼はコーチを不安にさせる選手だ。夜眠れなくなる」「あのシュートリリース、どこからでも打ってくるところ。大学バスケットボール界において、最も果敢で賢い選手だ。うちのエリートディフェンダーがマークしている中であれだけ取ってきたのだからね」と脱帽した。

 その後、3月16日にビッグテントーナメント準決勝でネブラスカ大と再戦し、富永を18点に抑えて勝利した後、富永に「もう君と対戦しなくていいと思うとほっとする」と耳打ちした。コーチから相手選手に贈る最大級の賛辞だ。

 “マーチマッドネス”、日本語にすると『3月の狂乱』。一発勝負のトーナメントだからこそ下位シードが上位を食う番狂わせが起きたり、それまで無名に近かった選手がスターとして全米の人気者になったりする。そんな、何が起きても不思議はない、魅惑的な大会が始まった。

文=宮地陽子

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