ドジャース大谷翔平が日本時間4月13日のパドレス戦で今季4号ソロを放ち、メジャー通算175号に到達。ヤンキースなどで活躍した松井秀喜氏が持つメジャー日本選手最多記録175本に並んだ。大谷の好調のシグナル、そしてドジャースの強さの秘密とは。ディープな野球談義をお送りするNumberPREMIERの動画番組「Set Up Baseball」のホスト役も務める五十嵐亮太氏が語った。

大谷翔平、好調時のサイン

 大谷は開幕直後こそ長打が出ませんでしたが、打球スピードなどから体の状態自体は決して悪くないと見ていました。日本時間4月4日のジャイアンツ戦でホームランが1本出てからはいい意味で力が抜けて、しなやかにバットが振れるようになってきた。微妙な感覚の部分も修正されて、いよいよ好調のサイクルに入ってきたという感じがしています。

 ツインズ戦では、3号ホームランを放つ直前の6回の第3打席でレフトへ強烈な二塁打を打っていました。逆方向への強い当たりが出たことで感覚を掴んだ部分があるのでしょう。過去を振り返っても、引っ張りが強すぎるというのはあまりいい状態ではなくて、センターから左方向への当たりは大谷の好調時のサインなんです。

 投手視点でも、引っ張りに意識が向いてくれた方が崩しやすい。逆に反対方向に強い当たりが出始めてインコースをさばかれたりすると、ちょっと苦しいな、体が開いてくれないかな、という感じを受けますから。10日時点で二塁打を8本打つなど目立って長打も増えてきました。ホームランにしても、最初の2本は引っ張りだったけれど、3本目でついにレフト方向へ一発が出た。こういう当たりが出始めると、大谷のいいところがこれからもどんどん見られるだろうなと期待してしまいます。

 新天地であるドジャースに目を移すと、やはり打線の好調が際立ちます。韓国で行われたパドレスとの開幕戦から球団新記録となる10試合連続で5得点以上をマーク。投手目線で試合を見ていると本当に恐ろしい打線だと感じます。絶好調の1番、ムーキー・ベッツを筆頭に、大谷、フレディ・フリーマンと次から次にいいバッターが出てくる。上位打線の前にランナーを溜めてはいけないと考えると下位打線に対しても気を抜けなくなるので、相手投手の負担は物凄く大きい。たとえ1試合は抑えられても、この打線相手にシーズン通して戦っていくことは難しいと思います。

ドジャースの一番の強みとは?

 シーズン前の評価では、唯一の弱点として先発ピッチャーが足りないのでは、と言われていましたがここまでの戦いを見る限り全く問題ないと思います。先発ローテーションの軸になっているタイラー・グラスノーはもちろんのこと、メジャー初勝利を挙げた山本由伸も調子が上がってきていますし、25歳のボビー・ミラーは好不調の波はあるものの今季初戦だった3月30日のカージナルス戦での投球は本当に素晴らしかったです。

 バッテリーという意味で、正捕手ウィル・スミスの安定感も見逃せません。ドラフト1巡目で入団して、マイナーでも経験を積んだ彼は、今季から10年契約をしています。キャッチャーで10年契約ということだけで評価の高さが分かりますが、やはり技術がしっかりしているし、山本とのバッテリーを見てもピッチャーとコミュニケーションがしっかり取れていることが伝わってきます。

 ドジャースの一番の強みは何か。それは1年間を通して戦略的に戦えるということです。分かりやすくエンゼルスと比較すると、1試合にかかる負担、1選手にかかる負担というものが大きく違う。両チームとも1試合1試合を大事にしているのは同じです。でも、この試合を何とか、という戦いを続けているエンゼルスのようなチームは夏場以降もたなくなってしまう。ドジャースはその辺のやりくりが上手なので、開幕時点からある程度選手を休ませながら戦えている。そうすることで選手が故障せずに安定した成績を残せるので、中盤以降の戦いで差が出てくるんです。ベッツとフリーマンが中心打者の自覚を持って戦っていることで負担も減っていますし、大谷はエンゼルス時代よりも格段に安定したシーズンを送れると思います。

 この戦い方ができるのも選手層の厚さがあってこそですが、今年のスプリングトレーニングを取材した際、その理由の一端を知ることができました。今シーズンからブルージェイズに移籍して今は4番を務めているジャスティン・ターナーに久しぶりに会ったんです。僕がメッツのマイナーにいた2010年に一緒にプレーしていて、明るい性格の彼とはよく話していました。当時は正直言ってそんなに目立つような選手じゃなかった。12年に自由契約になり、13年にドジャースとマイナー契約を結んだ。ここから大化けしたんです。

 14年シーズンからメジャーに定着して、15年以降は主軸としてブレーク。ホームランも量産してドジャースのスター選手として大活躍しました。彼に会った時思わず聞いたんですよ。「メッツからドジャースに移籍して何があったんだ?」って。彼は、「打撃フォームもそうだけれど、何よりバッティングに対する考え方が変わった」と言うんです。ドジャースのコーチに出会って、今までセンター中心に打っていたのに、打球を引っ張っていいという話し合いをした。そこで打球速度をつけたり長打を増やす練習をしていったことが潜在能力を引き出したのだといいます。

データ分析でもドジャースは最先端

 ドジャースは育成システムやコーチングなどがすごくきめ細かい。アナリストにも優秀な人材が揃っていて、データ解析なども含めて選手の能力を引き出すためにどうすればいいか、というサポートがしっかりできていると感じます。大型補強というイメージのあるチームですが、実は選手を育成する能力もずば抜けて高い。ドジャースに移籍したピッチャーが前のチームでは投げていなかった球種を投げたり、投球スタイルを変えて活躍するということもよく目にしてきました。

 先ほど挙げた生え抜き捕手のウィル・スミスに、どうしてそういうことができるのか直接聞いたら、「データを出してくれる人がすごく優秀なんだ」と言っていました。自軍のピッチャーの特色や、もっとこういうボールを投げられればピッチングに生きてくる、という情報、さらに対戦相手のデータというところも含めて凄く細かく分析できている。

「Set Up Baseball」の第1回で内川(聖一)との対談の中でもお話ししたんですが、今のメジャーリーグのデータ分析は物凄いスピードで進化しています。僕がアメリカにいた時代はたった10年前くらいですが、データの量なんて大したことはなかった。もらっていたデータといえば紙1枚に文章で「このバッターはこういう傾向だから、こういう風に抑えましょう」みたいなことが書いてあるだけでしたから。

 ところが今は、相手バッターの傾向一つとっても細かいコースごと、カウント別の数字や、芯に捉えた打球の割合など本当に様々なデータが揃っている。投手自身のデータにしても、回転率やボールをリリースしているポイント、変化球のホップ率がどれくらいあるとか、詳細が瞬時に出てくるわけです。でも、データって数字そのものが重要なのではなくて、読み解く人間が鍵を握るんですよ。アナリストが優秀かどうか、コーチがそのデータをどう活かせるか、選手自身もそれをどう落とし込んでいけるかというところで差が出てくる。ドジャースはその部分でも最先端を行っていて、いい人材が揃っているなという印象を受けます。

「なおド」の心配は無用?

 1年間の戦いの中では、こういう部分は大いに重要になってくる。今は対戦カードも一巡目ですが、これが二回り目以降になれば分析と対策の差が出てきますから。さらにドジャースはどこか戦力に綻びが出てきたとしても移籍期限ぎりぎりまで補強も積極的に行うでしょう。長期の戦いという目で見ると尚更分厚い戦力が際立ってくる。昨年まで大谷が所属していたエンゼルスでは日本で「なおエ」なんて言われていましたけど、大谷一人が孤軍奮闘するようなことはなくなる。「なおド」の心配は無用だと思いますよ。

(構成=佐藤春佳)

文=五十嵐亮太

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