フィリップ・トルシエに連絡を取ったのは、U-23日本対U-23中国戦の試合当日の朝だった。3月のW杯2次予選でインドネシアに敗れ、ベトナム代表監督(U-23代表監督も兼任)を解任されたトルシエは、ハノイを離れモロッコの首都ラバトにある自宅に戻っていた。

 本来であればカタールのU-23アジアカップで再会し、日本とアジアの分析を聞けるのを楽しみにしていたが、来ないのであれば仕方がないと半ば諦めていた。ところがメールを送ると、試合を見られるようならば見るという返事が返ってきた。そして試合後に電話をすると、受話器の向こうから聞こえたのはいつもと変わらない快活なトルシエの声だった。

 本コラムでは、U-23アジアカップの日本戦に関して、トルシエのインタビューを連載する予定である。ベトナム代表監督の任を解かれたとはいえ、日本とアジアのサッカーを良く知るトルシエは、パリ五輪出場権を懸けた若き日本代表の戦いを語る最適任者のひとりであるといえる。

 第1回はU-23中国戦である。DF西尾隆矢がVARによるレッドカードで退場処分を受け、前半の早い時間帯から10人対11人の戦いとなった試合を、トルシエはどう見たのか。

10人になってからの日本はヨーロッパ流の…

――試合は見ましたか?

トルシエ:ああ、全部ではないが見た。10人になってからの日本は、ヨーロッパ流の計算ずくの戦い方をした。数的不利の状況で70分以上戦わねばならなかったのだから、ある意味当然ともいえた。パニックに陥ることなく、規律を保ちながら組織だった守備を実践した。大岩(剛監督)の守備的な戦略は成功したといえる。中国は得点機会を作り出したが、日本のゴールを割るまでには至らなかった。守備ブロックのバランスを崩せなかった。

――その通りですが……。

トルシエ:私が見る限り、このU-23代表は才能に溢れたチームではない。高い規律を保ったどちらかと言えばヨーロッパ的なチームだ。低い位置に強固なブロックを形成し、決してリスクは冒さない守備的なスタイルで10人になってからの時間を守り切った。

 しかしそのやり方は、破綻していてもおかしくはなかった。というのも日本ならば、たとえ10人になってもボールを保持し続けることができたからだ。攻撃的なスタイルを取れたにもかかわらずそれをしなかったのは、対価を支払うことになってもおかしくはなかった。ボールの保持という点では、日本はまったく不十分だった。

 日本はヨーロッパ流の守備的スタイルで計算ずくでプレーし、フィジカルの戦いに持ち込んだ。フィジカルなデュエルを仕掛け、GKは幾つか決定的なセーブでピンチをしのいだ。幸運にも恵まれた。失点を喫していてもおかしくはなかったが、結果的に勝ち点3を獲得した。大会のスタートとしては決して悪くはない。私はもっと素晴らしい日本を期待していたが、ここで何か結論めいたことを言うのは早すぎる。総括的な分析は、グループステージを終えたところでおこないたい。

現状では久保、堂安、三笘のようなタイプはいない

――たしかにまだ初戦で、しかも特殊な状況での戦いでした。

トルシエ:最初の試合で退場者が出た。また、日中戦は、東アジアのダービーともいえる。客観的な分析よりも、今は勝ち点3を得たことを評価したい。

――質問がふたつあります。ひとつは終盤を別にして、カウンターアタックを仕掛けられなかったことです。攻撃のトランジションは不十分でした。

トルシエ:その通りだが、それは選手の選考にも関係していると思う。大岩が選んだのは身体が強くフィジカル能力の高い選手たちだ。コレクティブな選手たちだが、久保建英や堂安律、三笘薫のようなタイプはいない(※久保は年齢的にパリ世代にあたるが、今大会は未招集)。これは監督の選考によるところが大きいのだろう。個の能力よりもコレクティブなディシプリンを優先した。とりわけ攻撃陣がそうだ。いずれにせよこの試合では、久保や堂安、三笘、伊東純也、南野拓実らに匹敵する選手は見ることができなかった。ピッチに立ったのは、個の才能は欠くがフィジカルの強い規律溢れる選手たちだった。

――選考自体が簡単ではありませんでした。ヨーロッパのクラブは選手の参加に難色を示し、Jのクラブもリーグ戦が続く中で、FC東京を除きひとつのクラブから2人までという制限を課しました。

トルシエ:そこは考慮すべきで、その意味では今日の勝利はとてもポジティブだった。クラブの制限のもと出場可能な選手たちのみで構成されたチームだ。選考に限りがあったのは仕方のないことだ。

日本は戦術的な知性を欠いたが、屈強でしっかりと…

――もうひとつの質問は空中戦に関してです。中国は長身選手たち――身長2mのGKにまでフィールドプレーヤーのジャージを着せて前線に投入し空中戦を仕掛けてきましたが、日本はその戦いで負けませんでした。

トルシエ:負けなかったが、例えば日本は自分たちのCKの際にショートコーナーを一度も試さなかった。繰り返すが選手たちはテクニカルではなく、スペイン人を彷彿させるような高度のテクニックを持つ選手は誰もいなかった。テクニックを駆使して、相手を走らせることがなかった。

 だからこそグループステージ残り2試合に注目したい。今日の日本はあまりにヨーロッパ的で戦術的な知性を欠き、ボールを保持してプレーを構築する日本らしさがまったくなかった。

 見られたのは屈強な日本で、守備において戦いに屈しないフィジカルの強さだった。空中戦でも強さを発揮した。その点は悪くない。というのも今日のサッカーでは、セットプレーでも存在感を示さねばならない。その点で日本はしっかりと戦っていたからだ。

 いずれにせよ分析するには早すぎる。ちゃんとした分析はもっと後にしよう。次の試合はいつだ?

レフリーの判定が…大会通じて厳しすぎないか?

――金曜です。詳細は後でメールします。

トルシエ:それでカタールはどうだ。暑くはないのか?

――それが全然暑くはなく、けっこう涼しくて驚いています。

トルシエ:ベトナムの試合を見に行く予定はあるのか?

――明日のクウェート戦は行くと思います。昨日はカタール対インドネシア戦に行きましたが、レフリーの判定が……。試合は見ましたか?

トルシエ:最初のレッドカードは見ていないが、普通では考えられない。厳しすぎる。

――先制点となったPKの判定も含め、適切ではなかったと思います。

トルシエ:その通りだ。また電話で話そう。

――メルシー、フィリップ。<つづく>

文=田村修一

photograph by NurPhoto/Getty Images