2023ー24年の期間内(対象:2023年12月〜2024年4月)まで、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。水原問題部門の第2位は、こちら!(初公開日 2024年4月3日/肩書などはすべて当時)。

 ドジャース・大谷翔平の元通訳、水原一平氏に突然浮上した違法賭博・不正送金問題による衝撃から、今なお世界の野球ファンは抜け出せずにいる。水原氏は現在、アメリカの複数の機関による捜査の対象となっていると伝えられているほか、ギャンブルによる未払いの借金が存在する可能性も指摘されるなど、疑惑が燻り続けている。

 そうした大騒動のなか、皮肉にも改めて注目が集まったのがふたりの関係の深さである。

 水原氏は、大谷の口座から複数回にわたり、合計6億円以上を無断で送金し、ブックメーカーへの負債の返済に充てていたとされている。手口の詳細こそ明らかにされていないが、水原氏が通訳という立場を超えて、大谷の資産管理まで任されていた可能性がある。

「話すことは仕事の10%程度です」

「妻と一緒にいるよりも長い時間、ほとんど毎日一緒にいるわけですから、個人的なレベルで仲が良くないと厳しい」

 水原氏自身、昨年夏の米雑誌『The Athletic』の取材にそう答えている。

「スポーツ界における通訳者の仕事ぶりは、記者会見やインタビューなどのマスコミ対応ばかりが注目されがちだが、それは仕事のごく一部。試合や練習の際には、監督やチームメイトとの円滑な意思疎通をはかるほか、契約交渉の場での通訳ももちろん、選手にチーズバーガーを買ってくるよう頼まれることもある」

アジア人選手と通訳の絆が強固になるワケは…?

 そう話すのは、長年プロスポーツを取材するフリーランスの米国人記者だ。しかし、なかでもMLBのアジア選手とその通訳は、特に強固な絆で結ばれる傾向にあるという。

「2016年以降、MLBの全球団はスペイン語の通訳を2名以上常勤させることが義務付けられている。背景には、MLBに中南米からの外国人選手が多いことがある。それに比べ、日本や韓国、台湾などからの外国人選手はまだまだ少数派であることから、それぞれの言語の通訳を常駐させる必要はなく、必要に応じて雇用される場合がほとんどだ」

 また、選手が専属通訳を連れて入団することも多いという。

「大谷がエンゼルス入団の際に、北海道日本ハムファイターズで英語選手の通訳を務めていた水原氏を指名したのもその一例であり、レッドソックスの吉田正尚やパドレスのキム・ハソン選手の通訳も同様です。一方、通訳の側としても、選手が球団を去るようなことになれば、自身も仕事を失うことになるので、通訳業務を超えて献身的に選手を支える。ある意味、両者は一心同体に近い」(前出・米国人記者)

 とはいえ、水原氏が得ていた報酬は破格だったようだ。

「米スポーツ局『ESPN』の報道によると、水原氏は年俸30万ドル〜50万ドル(約4500万円〜約7500万円)を受け取ることになっていたとされています。これは私が知る限り、プロスポーツ通訳者の報酬の最高額。担当する大谷の破格ぶりに応じた金額になっていたのかもしれません」(同前)

 もちろん、彼が過去6年以上にわたって大谷の信任を得てきた背景には、たぐい稀な通訳センスがあったことも事実だ。

 その一例として、ニューヨーク州公認不動産エージェントで通訳者としても活動する木城祐氏が挙げるのが、ドジャース入団直後に地元TV局『SportsNet LA』のリポーターのキルステン・ワトソン氏のインタビューに応じた際の一幕だ。

水原氏のたぐい稀な「通訳センス」

 ワトソン氏は大谷に「一度入団を断ったドジャースに今回入団した理由は?」と質問。これに大谷は日本語でこう答えた。

「何て言うんですかね。それがあっても今回まあ全力でこう来ていただきましたし、そういう、何て言うんですかね、球団の姿勢であったりだとか、共感する部分ってのが大きかったのかと思います」

 本心からの率直な言葉に違いないのだろうが、聞き手からしてみれば少し曖昧だ。しかしこれを水原氏はこう訳している。

「As you said I have turned it down in the past one time but even though that happened they still came back strong and believed in me had all the faith and, that kind of meant a lot to me. So that’s the part of the reasons.」

「おっしゃる通り私は一度断りましたが、それでも彼らは諦めずに私の能力を信じてくれて、全幅の信頼をもって再び声をかけてくれた。それが理由の一部です」

 木城氏はこの訳出について「大谷のパーソナリティをそのまま伝えつつ、より具体性を持たせた内容になっている点が素晴らしい」と絶賛する。

WBCでは「並の通訳ではなかなかできない芸当」も

 さらに木城氏は、「英語の質問を大谷選手に伝える際も、大谷選手の周波数で見事に言葉を選んでいる点は特筆すべき」とも指摘する。

 例えば、WBCで日本がアメリカを下して優勝した直後のインタビュー。元レッドソックスのデビッド・オルティーズが大谷に、アメリカチームのラストバッターで、当時はエンゼルスのチームメイトでもあったマイク・トラウトに対して投じたボールについて尋ねたときのことだ。

「Why you gotta get so nasty on him?」

「これは直訳すると、『なんでトラウトに対してそんなに意地悪だったの?』となります。しかし水原氏は大谷に対し、これを『なんでトラウトにそんなにエグい球を投げたのですか?』と訳しました。オルティーズが試合中のどのシーンを指して質問しているかを瞬時に判断し、最適な言葉を選んで訳出する。しかもWBCという大舞台です。これは並の通訳ではなかなかできない芸当です」

 一方、彼が解雇されたのちに臨時通訳を任せられたドジャース編成部選手育成・能力開発主任のウィル・アイアトン氏の通訳スタイルは、「憑依型」ともいえる水原氏と比べ対照的だという。

 翻訳会社ゆあねっと所属で、スポーツ界の通訳も手がける中川宣隆氏が話す。

「日本時間3月26日に行われた大谷選手の会見で、本人が『数日前まで彼がこういうことをしていたのも全く知りませんでした』と発言した部分をアイアトン氏は『Up until couple days ago I didn’t know this was happening』と翻訳しました。つまり、『こういうこと』という部分もほぼそのままに訳出しています。これは大谷選手をはじめ日本人が使いがちな婉曲表現ですが、英語に直訳すると曖昧さが拭えません。水原流の翻訳であれば、おそらく『スポーツ賭博をしていたのも全く知りませんでした』と補足すると思います」

 同会見では、アイアトン氏が大谷の発言を省略して通訳したという点が、ネットなどで話題となった。

「大谷選手が終盤で発言した『これが今お話しできる全てなので質疑応答はしませんが』という点をアイアトン氏は訳出しませんでした。ただ、あのような記者会見では、質疑応答がない場合はその旨を事前にメディアに説明しているはずなので、不要と言えば不要です。しかし、大谷選手の態度を正確に伝えるという意味においては、押さえておかなければといけないポイントだったと感じます」

 ただ、中川氏は「スポーツ通訳としての真価が問われるのはインタビューなどの質疑応答のシーン」とも付け加える。今後、大谷の通訳を誰が務めることになるのか現時点で不明だが、世界の大谷ファンは彼のパーソナリティをありのままに感じたいと願っているはずだ。

あと1、2年もすれば「通訳なし」でこなせる?

 そこで指摘されるのは大谷が「ひとり立ち」する可能性だ。前出の木城氏が話す。

「大谷選手は相当の時間を割いて英語を勉強されていると思います。メディアから英語で質問されても、通訳される前にすでに理解している様子もしばしば見受けられます。印象に残っているのが、2023年のアメリカン・リーグMVP受賞の際のスピーチです。

 あれだけの長さを非母国語でこなすだけでも大したものですし、終始落ちついた態度で話していて、語学のセンスも感じました。あと1、2年もすれば、選手としての活動を通訳なしでこなせるようになるのでは」

 これは大袈裟な話ではない。現在パドレスに所属するダルビッシュ有投手は、メジャー8年目のカブス在籍時、メディア対応や契約交渉にいたるまで、通訳なしでこなしていた。

 大谷が、投打に加え英語力の「3刀流」となる日も近い?

文=奥窪優木

photograph by JIJI PRESS