この春、プロレスラーTAJIRIの話を聞くために九州・福岡を訪れた。

 TAJIRIといえば、2001年から約5年間にわたって世界最大のプロレス団体であるアメリカのWWEで活躍した“元メジャーリーガー”。帰国後はハッスル、新日本プロレス、全日本プロレス、WRESTLE-1など、日本でメジャーにカテゴライズされる団体で活躍。さらにSMASH、WNCという団体を旗揚げしプロデュースも経験した。

 また近年は執筆活動にも力を入れており、プロレス論を記した著作だけでなく、世界中のプロレスを求めて旅したエッセイや小説も執筆。今年3月にはその集大成とも言える『真・プロレスラーは観客に何を見せているのか』(徳間文庫)を出版し「文豪レスラー」の異名を持っている。

 そんなTAJIRIは昨年、東京から福岡県に移住しローカル団体「九州プロレス」の所属レスラーとなった。日米のメジャー団体を渡り歩いたTAJIRIがなぜ地方に移り住み、ローカル団体に所属する道を選んだのか。それを知るべくTAJIRIの住む福岡の郊外の町を訪れ話を聞いた。

「世界一素晴らしいプロレス団体」

「地方に引っ越そうと思った最初の理由は、簡単に言えば『東京より地方のほうがいいな』って、前に所属していた全日本プロレスの巡業でいろんなところに行くたびに思っていたんですよ。まず、ストレスがないですよね。あとはすでに東京でほしいものはなくなってたんで、むしろ地方のほうがほしいものや環境が揃ってたんです。海、山、美味い食い物があって、人もギスギスしてない。これはどう考えても東京にいる理由はないなって思いましたね」

 もともと地方住まいに魅力を感じていたというTAJIRI。そこから九州移住を決意させたのは、九州プロレス代表の筑前りょう太との出会いだった。

「筑前さんと話をしてみて、すごく相性が良かったんですよ。これまでのプロレス界は、なんか僕の考えてることを理解しようとしたがらない人ばっかりでしたけど、筑前さんは誰のどんな意見にもしっかりと耳を傾けてくれます。しかも、筑前さんの考えてることと僕の考えは似通っている部分が多かったんですね」

 筑前りょう太は、’97年に24歳で単身メキシコに渡りプロレスラーとしてデビュー。2000年に帰国後はルチャ・リブレ系のインディー団体で活動した後、’02年からは星野勘太郎率いる魔界倶楽部に加入し、マスクマンの「魔界2号」として新日本プロレスにレギュラー参戦した経験もある。その後、’08年に九州プロレスを立ち上げ、今年で16周年を迎える。

 TAJIRIはこの九州プロレスを「僕にとって世界一素晴らしいプロレス団体」と評する。

「九州プロレスは、他の団体とはまったく構造が違うんです。まず営利企業ではなく『プロレスでまちおこしをする』ことを目的としたNPO法人。そしてレスラーに1試合ごとのギャラを払ったり、選手契約するのではなく正社員として雇用して、厚生年金もあれば退職金もある。こんな団体ほかにないですよ」

プロレス界の常識を覆す「協賛金が収入源」

 九州プロレスは年間約50大会を開催。その他、高齢者施設、障がい者施設、児童養護施設などへの慰問を積極的に行っているが、驚くべきことにすべての大会は原則入場料が無料。その時点で、完全にこれまでのプロレスの常識を覆している。

「九州プロレスが大会のほとんどを入場料無料にできているのは、支援してくださる企業の皆さんからいただく協賛金が収入源になっているからです。そういう形を筑前さんが構築したところがすごくないですか。協賛企業さんは通算で1000社を超えたらしいです。もうチケット券売頼りの団体運営って日本では限界なのではないかと。プロレスファンの数は限られているし、券売目当てだと収入だって安定しないし。協賛をいただいて、多くの人に観てもらう九州プロレスのシステムは素晴らしいと思います」

 それを可能にしているのは、レスラーも含む正社員たちの営業努力だ。

「九州プロレスの営業活動は、今まで見てきた団体と比べても『これだけやったらどこでも入るな』っていうぐらいやってると思います。営業社員は九州各地の企業さんを一日じゅう回って。レスラーが営業に同行することもあります。大会前にはその地区の小学校、保育園、幼稚園すべてにチラシも送るんです。しかも、どこどこ小学校は1年生が◯人、2年生が◯人いるなら、ちゃんとその数のチラシを選手が分けて全部送るんです。さらに地元の幼稚園や老人施設、障がい者施設などにも慰問に行って『プロレスっていうのが来るよ』って直接触れ合ったりもしています」

 テレビのゴールデンタイムでプロレスが放送されていた昭和の時代と違い、いまは知名度の点からプロレスの地方巡業は厳しくなっているが、九州プロレスでは、どこの町に行っても小さな会場以外では実数で500人以上動員しているというから立派だ。

「東京の団体の人たちは『タダだから来るんだろう』って思うかもしれないですけど、正直、他の団体は招待券配っても全然埋まらないじゃないですか。でも九州プロレスは去年、15周年記念大会を福岡国際センターでやって、本当に4800人来たんです。怪しい『主催者発表』ではなく実数ですよ(笑)。現時点でも観客動員数と収支的なことで言えば、日本のプロレス団体の中では(最大手の)新日本プロレスの次のグループにガッツリ入ると思いますよ」

「ファンだけ相手にする方法は通用しなくなってる」

 こうしてきわめて特異な形で成長してきた九州プロレスだが、TAJIRIは給与面や会社組織だけに魅力を感じて入団を決意したのではく、むしろ九州プロレスが目指しているプロレス自体に共鳴した部分が大きかったという。

「そもそも九州プロレスの目的って、『プロレスで地域を活性化させる』っていうことなんです。僕はそこに『プロレスの本来の目的はこうであるべきだよな』と共鳴したんです。本来のプロレスは、毎回観に来るマニアを相手にするのではなく、大衆に元気を与えるもの。

 今のプロレス団体はどこも常連客を相手にした商売になっていることが多いけれど、限られたファンだけを相手にする方法って、もうとっくに通用しなくなってると思うんですよ。毎回、同じお客さんを相手にしても広がりはないし。それより僕は本来そうであるような、大衆を相手にするプロレスをしたかった。それができるリングが、九州プロレスだったんです」

 九州プロレスに来る観客は、プロレスファンやマニアではなくあくまで一般の人たちが中心。そのため大会の第1試合前に、プロレスのルールをイチから説明するコーナーがある。

「興行の最初に子どもたちを対象にしたプロレス教室があるんですけど、あれがある意味メインイベントですよ。いちばん大事だと思いますね。いま、プロレスは地上波テレビのいい時間に放送しているわけじゃないから、プロレス業界の人たちが思っている以上に一般の人はプロレスがどういうものか知らない。

 たとえば『相手の両肩をマットにつけてレフェリーがマットを3回叩いたら勝ち』なんて知らないんです。でも、他のすべてのプロレス団体の興行は、完全に知ってる前提から始まるじゃないですか。『一般の人たちはプロレスのルールも何も知らない』っていう事実に誰も気づいてないのは、すごく問題だと思います。『反則は5カウント数えられるまではOK』とか、あらゆるプロレスの常識は、外の世界では常識じゃないんですよね。こんなことばかり言ってたらきりがないんですけど、少なくとも九州プロレスの客層はマニアではない一般層なので。そこまで提示してから魅せる必要が絶対にある世界なんです」

海外から練習生の問い合わせが殺到した理由

 こうして草の根的にプロレスのおもしろさを一般層に広めている九州プロレス。TAJIRIはここで所属選手としてリングに上がるだけではなく、選手育成にも努めている。その対象は日本人の若手レスラーだけではなく、広く海外から募っている。

「九州プロレス入団会見をやったとき、『外国人の練習生を募集します』ってSNSを使って英語で発信したんですよ。そしたら収拾がつかないくらい問い合わせが来て、それが未だに続いているくらいなんです」

 海外のプロレスラー志望者にとって、日本は「プロレス先進国」。その日本で、元WWEスーパースターTAJIRIの直接指導を受けられるということで、応募が殺到しているのだ。

「あと、海外の若いプロレスラーが日本に来たがるのは、安く来られるからです。インバウンドの旅行者が多いのと同じです。外国に行けばわかりますけど、いまの日本って諸外国と比べてすごく貧しいんですよ。だから海外の人からすると、ものすごく安く感じる。しかも日本のとくに地方だと、滞在費も食費も安いので、そういう意味でも東京ではなく九州でやるのはアドバンテージになっているんです。ここでプロレスを学んだ選手の中から、いつか世界的な大物になるヤツがいるかもしれない。そういうネットワークものちのちすごく大事になっていくと思いますね」

目標は、福岡PayPayドーム興行

 TAJIRIにとって九州プロレスは、52歳にして出会った理想のプロレス団体。ここで、これまで自分が培ってきた知識と経験を活かして、プロレス人生の最後を締めくくりたいと語る。

「とりあえず今の目標は、2028年に九州プロレスを福岡PayPayドームでやろうとしているんですよ。そのあたりが一つの目安になるのかなと思っています」

 福岡ドームはあまりにも大きなハコであるが、九州プロレスはそこに向けて着実に歩みを進めている。

「僕は50歳すぎてから九州プロレスに出会えてラッキーでしたよ。人間、長生きできてせいぜい80歳や90歳まで。時間はあるようでない。悔いなく生きるためにも、九州に来られて本当に良かった。だから若い人たちには、好きなように生きてほしいですね。今回出した『真・プロレスラーは観客に何を見せているのか』には、ここで語ったことのさらに深いことや、SNSとプロレスの歪んだ関係性、誰も言語化したことのないプロレスがうまくなるためのコツ、都市伝説的なプロレス噂話の真相など、さらには自分の経験を通した『どう生きるか』などについても書いているので、ぜひ、読んでみてほしいと思います」

文=堀江ガンツ

photograph by Gantz Horie