王座初防衛に成功した鈴木千裕が勝利者賞として贈られたシャンパンをリング上でまき散らし、無数の泡が放物線を描いては消えた。『RIZIN.46』(4月29日・有明アリーナ)のメインイベント、王者・鈴木にベテランの金原正徳が挑戦したRIZINフェザー級タイトルマッチ。その刹那的な光景を目の当たりにするや、筆者の脳裏にはここ十数年の格闘技界の時の流れが走馬灯のように浮かび上がった。

冬の時代を知る男・金原正徳の若き日

 鈴木24歳、金原41歳。先輩・後輩というよりも親と子に近い年齢差のある対決を、若い鈴木がワンサイドで制した意味は大きい。この勝利によって、昨年7月にBellator世界フェザー級王者のパトリシオ・ピットブルにKO勝ちしたことや、同11月にアゼルバイジャンでヴガール・ケラモフから秒殺KO勝利でベルトを奪ったことが、いずれもフロックでないと証明した。

 もうピットブル戦の1カ月前にクレベル・コイケに一本を極められた(コイケの体重超過のため、公式記録は無効試合)鈴木千裕と同じではないことはハッキリした。人は短期間に急成長することができる。“世界”を口にしてもそれが夢物語に終わらないだけの試合内容を、ピットブル戦以降の鈴木は魅せているではないか。

 一方、敗者の方も気になった。初めて金原を意識して見るようになったのはいつだったか。おそらく旧リングスのスタッフが設立した団体『ZST』で連勝をマークしていた2006年ごろだったはずだ。本来ならば、そのままスターダムに駆け上がってもおかしくなかった。

 しかしながら、翌2007年に格闘技ブームを牽引したPRIDEが活動を休止したことが、その流れを狂わせた。PRIDEの消滅によって、日本の格闘技界は一気に冬の時代へと突入していったからだ。

 その結果、金原は“流浪の民”のようにさまざまな団体を渡り歩くようになる。ドン・キホーテをメインスポンサーに格闘技界の救世主のように現れた『戦極』(のちのSRC)ではフェザー級グランプリで優勝。2009年12月31日に行われた『Dynamite!!』では山本“KID”徳郁を破るという殊勲の星をあげたが、地盤沈下を続ける格闘技界は「KIDにMMAで勝った唯一の日本人選手」をスターダムに上げるだけの体力を残していなかった。

 金原vs.KIDが組まれた『Dynamite!!』のメインイベントでは、魔裟斗が引退試合を行った。図らずも時代の区切りを示していたようにも思う。

“失われた10年”を取り戻すために

 その頃、金原のセコンドを務めていたパラエストラ八王子の塩田“GOZO”歩代表が、今回鈴木陣営のチーフセコンドとして指示を出していたことにも時代の流れを感じた。

 当然、塩田代表が相手側のセコンドにいたことについての質問も飛んだが、金原は淡々と答えていた。

「だからといってやりにくいということは一切なかった。逆に俺のことをよく知るからこそ、うまく付け入るスキもあるのではないかと思いました」

 続けて、金原はこんなことも言った。

「人はそんなに変わらない。(塩田がセコンドに就いていた)15年前だろうが、自分が思っていることは変わらない」

 MMAは日進月歩で進化し続けている格闘技だ。金原自身、年代ごとにファイトスタイルが変化していることを自覚しているが、その一方で格闘技に対する思いは不変だった。

「自分はずっと光を浴びてきた選手ではないけど、メジャー団体がなくなっても(格闘技を続け)、こうやってRIZINでメインを張らせてもらえることは光栄だと思う」

 金原にとって、戦極(SRC)が2010年12月30日の大会を最後に消滅してから2020年2月22日にRIZINに上がるまでの年月は“失われた10年”だったのか。もちろんその間に世界最高峰の舞台であるUFCにも上がっているので、モチベーションが下がっていたわけではないだろう。ただ、国内に目を向けてみると、事情は大きく違ってくる。

 突破口となったのはRIZINだった。RIZIN2戦目からフェザー級に転向すると4連勝をマークし、今回のタイトル挑戦につなげた。中でも2023年9月の『RIZIN.44』でクレベル・コイケからフルマークの判定勝ちを収めたあたりから、金原に対する評価はさらに高まった。その3カ月前、クレベルが鈴木から一本を奪っていることも再評価に拍車をかけた。

 今回も「金原有利」を予想する識者は多かった。筆者の目には、勝ち上がるたびに、金原が“失われた10年”のピースをひとつずつ埋めているようにも見えた。あとひとつ残るピースを埋めRIZINのチャンピオンベルトを腰に巻けば、かつて手にするはずだった栄光を取り戻せるのではないか――そんな気もしたが、勝負の世界は甘くなかった。勝利の女神は最後の最後で金原に背を向けた。

「勝ちたかったなぁ」試合後に漏れ出した本音

 いったい何が原因だったのか。金原はガードの上からパンチを効かされたことを理由のひとつにあげた。ブロックしても脳を揺らされるという経験は、MMAのキャリア50戦を誇る金原にとっても初めての経験だった。

「練習でもガードの上から効かされたことはない。一発もらったら終わりだと思ってガードは高めに構えていたけど、その上から効かされてしまった」

 金原にとっては想定外の展開だったが、鈴木はその直前に左ボディブローを効かせたことがキーポイントだったと振り返る。

「その瞬間、左ボディが効いて動きが止まって目つきが変わったので、仕留めにいきました」

 真剣勝負の世界では何が起こるかわからない。だからこそ予期せぬダイナミズムが生まれ、それが醍醐味になる。この日の鈴木からは、多少強引ながらも、一気に試合の流れをたぐり寄せるだけの勢いと自信が感じられた。その若々しいエネルギーは試合後のマイクアピールにもつながっていた。

「これからも絶対王者であり続けます。信じてついてきてください。日本のRIZINを俺が世界のRIZINに変えます」

 試合後、配信のゲスト解説席に座っていた朝倉未来が「試合内容は100点、マイクは30点」と言及したことについて訊かれると、鈴木は思い切り噛みついた。

「いいじゃないですか、勝ったんだから。あんたに出来んのかよ、これが。俺にしか出来ないんだよ」

 そんな鈴木とは対照的に、金原は勝負師としての本音を呟いた。

「勝ちたかったなぁ」

 進退についての直接の言及は避けたが、これが最後のタイトル挑戦のつもりだったことは確かだろう。ほぼ完成にまでたどり着きながら、最後の1ピースが足りなかったMMAという名のパズル。

 勝負とは、かくも残酷で美しい。

文=布施鋼治

photograph by RIZIN FF Susumu Nagao