「うわ、凄え……」

 4月27日のスターダム横浜BUNTAI(旧横浜文化体育館)大会。記者席近くの客席から声が聞こえた。思わず、という感じで漏れた声だ。普段あまりスターダムを取材していない記者仲間も「こんなにいい選手になってたんですね」。

 そう言わせたのは羽南。彼女はこの日、安納サオリが持つ“白いベルト”ワンダー・オブ・スターダム王座に挑戦した。敗れはしたものの予想以上の大善戦。とりわけ勝負どころで見せたバックドロップ3連発は、迫力も弧を描くフォームの美しさも抜群だった。

 そこからブロックバスターホールド、最大の必殺技であるバックドロップホールドへ。文句なし、トップファイターの闘いぶりだった。

19歳でキャリア7年

 柔道を学んでいた小学生時代にスターダム入門。新人時代の安納とも練習したことがあるという。デビューは中学1年生の時、2017年だ。妹の吏南、妃南とともに3姉妹レスラーとして注目された。現在は19歳、この年齢で7年のキャリアがある。

 高校生までは地元の栃木から道場、試合会場に通った。プロレスを続けるかどうか、進学するかどうか迷った時期もあるという。

 転機の一つは高2の12月。新人王座フューチャー・オブ・スターダムを獲得した。ちょうど、3年のクラス分けのため志望する進路を決める時期だった。

「負けたら進学しようかなとか考えてたんですけど。勝ったので卒業後はプロレス一本でと決めました」

制服からのイメチェンにファンも大騒ぎ

 高3の夏までに防衛10回。フューチャー王座の防衛記録を更新した。昨年、高校を卒業すると4月の横浜アリーナ大会からはイメチェンを敢行している。

 それまでは黒髪で、コスチュームも学生らしい爽やかなイメージ。制服で記者会見に出席することもあった。そんな羽南が髪を染めて“大人のレスラー”に。その変貌ぶりにファンも大騒ぎ。イメチェンは「まだ若いから」、「学生だから」ではなくトップ戦線で闘っていくという意思表示だった。

「でも、イメチェンしてそこで一回、満足してしまった自分がいたんですよ。5★STAR GP(夏のリーグ戦)で“まだ全然だな”って感じたし、秋のタッグリーグ戦では岩谷(麻優)さんと組んで足りないものを感じました。結局、自分が変わらないと何も前に進まないんだって」

 イメージだけでなく中身、実質も変わらなければ。羽南は本格的な筋トレをするようになった。

「パワーをつける必要があるし、体も絞りたかったので」

 実際に体脂肪は減った。と同時に筋量も増えて、トータルで体重は増えたそうだ。筋トレの効果で「バックドロップホールドのブリッジが少しだけよくなりました」と羽南。

安納サオリが羨んだ「こんな魅力的な19歳、未来しかない」

 オカダ・カズチカの試合を見て研究したというアッパーカット式のエルボースマッシュも効果的だった。「自分には打撃技がない」と分析して身につけた技だ。

 ただガムシャラに闘っただけではなかった。パワーがついたというだけでもない。考えて試合を組み立てていることが伝わってきた。自分の“勝負どころ”を把握しているのだ。

 ただ、チャンピオンの安納は羽南の渾身の大技ラッシュにも耐えてみせた。最後は鮮やかな切り返しで3カウント。経験の差、引き出しの差を感じさせる勝利だった。

「凄すぎる。こんな魅力的な19歳、うらやましい。未来しかない」

 安納はそう言って挑戦者を称えた。そして自分について「こんな33歳も魅力的ちゃう?」。

 自分とは逆に20代でプロレスを始めた安納とのタイトルマッチを振り返って、羽南は「楽しかったです」と言う。同時に「楽しかったのが悔しい」とも。試合が楽しかったから力が出せた。けれどそれは安納に楽しまされ、力を引き出されたということなのだ。

「安納サオリは入場だけでも魅力的なのに、試合になったらもっと魅力的で。私はまだその域に達してない。安納サオリとの試合は本当に楽しくて。楽しいからまたやりたいんですけど、そう思ってしまうのが悔しいんです。“楽しかった”で終わっちゃダメですよね」

「1、2、3!」観客をのめり込ませた試合

 とにかく経験を積むしかない。羽南はそう考えている。

「キャリアが近い選手たちに比べて、自分は経験が少ないので」

 少し前まで、平日は授業優先で地方遠征ができなかった。その分、試合数が少なくなる。本格的な成長も、そのための悩みもこの1年のことだった。

「まだ後楽園ホール大会のメインに出たこともなくて。経験のないことがまだたくさんあります」

 白いベルトへの意欲が強まったのは、3月の「シンデレラ・トーナメント」がきっかけだった。2回戦で3連覇を狙うMIRAIに勝利。バックドロップホールドで試合を決め、客席からは「1、2、3!」とカウントする声も聞こえた。観客を巻き込み、のめり込ませる試合ができたのだ。

「今年どれだけ成長できるかですね」

 他の技、たとえばエルボースマッシュでも沸かせたいと羽南は言う。安納に敗れ、白いベルトへの思いもさらに強くなった。スターダムの看板タイトルの一つが、手を伸ばせば届くところにあると実感できた。

「手を伸ばしてダメならジャンプして掴みます。今年どれだけ成長できるかですね。8月で20歳になりますし」

 もう学生兼業、若手という枠ではない。飯田沙耶と保持するNew Bloodタッグ王座の防衛戦で、地方大会のメインを任されたこともある。羽南がスターダムのエース候補であることを疑う者はいないだろう。

「19歳のころなんて自分のよさが何も分からなくて、着飾ることしかできなかった。でも羽南は自分を持っている」

 安納も羽南との試合を楽しみ、驚いてもいた。20歳になった羽南は、我々をさらに驚かせてくれるはずだ。

文=橋本宗洋

photograph by Essei Hara