「次戦は9月頃、隣にいるグッドマンと防衛戦の交渉をしていきたいと思います」
5月6日、東京ドームで行われた世界スーパーバンタム級4団体統一戦でルイス・ネリ(メキシコ)をKOした直後、井上尚弥(大橋)がそう宣言したことでサム・グッドマン(オーストラリア)の名前がクローズアップされることになった。
IBF、WBOで同級1位にランクされるグッドマンは18戦全勝(8KO)。ニューサウスウェールズ州出身の25歳の名前は世界レベルの知名度とはいえないが、昨年3月には元IBF王者のTJ・ドヘニーとの新旧豪州対決に判定勝ち。同年6月、無敗のスピードスターとして売り出されていたライース・アリーム(米国)にも2-1ながら明白な判定勝ちを飾り、複数の世界王座認定団体から高評価を受けるに至った。
パワーはそれほどでもないものの、スピード、スキルに恵まれた端正なボクサータイプ。今回、初来日を果たして井上対ネリ戦をリングサイドから観戦したグッドマンに試合前後、じっくりと話を聞いた。
「イノウエのダウンにショックを受けた」
――オーストラリアから来日し、東京ドームを訪れた理由は?
サム・グッドマン(以下、SG) 私はIBF、WBOのランキングで1位にランクされ、ボクシングを始めた頃からの夢である世界王者にあと一歩まで迫っている。現在、井上がこの階級のすべてのベルトを持っている。世界挑戦を受け入れてもらうために、現場に来て存在感を示しておきたかった。
――いつ来日し、どのくらい日本に滞在するのでしょう?
SG 試合の2日前に到着した。目的は井上対ネリの試合を観ることだけだから、滞在は全部で5日間のみだ。
――リングサイドで観た井上対ネリ戦をどう思いましたか?
SG 激しい戦いだった。井上も人間であり、ミスを犯せばダメージを受けることがあるとわかった。井上戦は私にとって勝機のある試合だと感じたよ。
――第1ラウンド、井上が喫したダウンにはやはり驚かされたのでしょうか?
SG もちろんショックを受けた。ネリにはパンチ力があることはわかっていたけれど、あれほど早い段階で井上がダウンするとは思わなかった。井上はミスを犯し、パンチをもらった。つまり井上にも弱点があると示されたということだ。
――2回以降、井上の適応についてはどう思いましたか?
SG 間違いなくすぐに適応し、自身のボクシングを見つけ出したのは印象的だった。ボクシングではああいったことが起こるもので、すべてがパーフェクトに進むわけではない。とにかく多くのものが見られたし、今日得たものを対戦する際の助けにしていきたいと思う。もっとも、結局のところ、どれだけ自分の長所を生かせるかの方が重要になってくるのだろうけれど。
――改めて、世界的に高評価を受ける井上の印象は?
SG すごい選手だと思う。とてつもないボクサーだが、彼に勝つ方法は必ず存在する。私はそのための武器を幾つか持っていて、それらを生かして戦うつもりだ。巨大なチャレンジを楽しみにしている。彼に勝つためには最高の試合をしなければいけないのはわかっているが、偉大な選手として認められるための機会が手に入るというのは素晴らしいことだ。
――井上の長所と、可能であればどこに付け入る隙を感じるのか話して頂けますか?
SG 彼がとてつもなくパワフルであることは周知の事実であり、秘密ですらない。それと同時に聡明でもあり、多くのことを上手にこなすボクサー。ただ、私も自身のスキルには自信を持っている。井上に勝とうと思えば多くのものが必要だ。優れたフットワーク、ディフェンス、ヘッドムーブメント……それらのすべてを上質な形でやらなければいけない。1つの場所に止まっていたら、パワーとうまさを兼備した井上の餌食になってしまうからね。
「挑戦権を得てから1年以上も待ってきた」
――試合後、リング上で井上本人から直々に9月に予定している次の試合の対戦相手候補として指名を受けました。
SG 試合を実現させられるはずだ。私は指名挑戦権を得てからもう1年近く待ってきた。これから彼の陣営が私のチームと話し、交渉を進めていくことになる。
――あなた自身もスピード、テクニック、優れたディフェンスなどを備えた多才な選手ですが、一番自信を持っているのはどの部分でしょう?
SG 私は賢明なボクサーであり、考えて戦う選手だという自負がある。莫大な才能に恵まれていたというわけではなく、この位置に辿り着くまでにハードワークを継続せねばならなかった。粘り強く取り組み、少年時代から努力してきた。その努力のおかげで夢を叶えるまであと一歩のところに来たんだ。もう誰も私を止めることはできないよ。これまでの試合で私の持てる力のすべてが発揮されたわけではない。井上のような選手との戦いでこそ、ベストのサム・グッドマンが引き出されると思う。
井上は年内、スーパーバンタム級に止まり、あと2戦を行いたいと主張してきた。その2試合はグッドマン、WBA指名挑戦者であるムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)との対戦が有力なのだろう。ネリ戦から一夜明けた会見でも井上陣営は次戦がグッドマン戦と繰り返しており、その方向に進む可能性が高そうに思える。
もっとも、井上対ネリの試合前、グッドマンは「6、7月に次の試合を計画している。12月に井上に挑戦できるなら、それまでに1試合挟むはずだ」と述べていた。試合後の井上のマイクパフォーマンスの後でも、グッドマンのマネージャー、ピート・ミトレブスキー氏は「7月の試合はもう契約書にサインしてある。我々としては12月がベストだ」と述べ続けていた。もちろん世界戦が早期成立するに越したことはないはずだが、陣営の言葉は本気なのか、それとも好条件を引き出すためのブラフか。いずれにせよグッドマンが年内に井上挑戦を実現させる可能性は高いとしても、今後の交渉が気になるところではある。
「東京ドームは別次元」「参加したい思いが強くなった」
――何歳でボクシングを始めたんですか?
SG 9歳のときだ。初めてのアマチュアの試合を経験したのは10歳だった。以降、もう15年も戦い続け、やっとここまで辿り着いた。
――成長過程で好きだったボクサーは?
SG 2011年以降、ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)が私のフェイバリットボクサーになった。ロンドン五輪の前に彼のボクシングを見て、すぐに好きになったんだ。以降、ずっとロマチェンコが私のお気に入りだよ。
――ロマチェンコのスタイルを参考にもしているのでしょうか?
SG 幾つか取り入れようとした部分がある。本当にとてもいいボクサーで、私にとってのインスピレーション。だから彼のトリックを参考にしたし、真似ようとしたところもある。ただ、彼には彼のスタイルがあるし、私も自身のボクシングを構築してきた。最高の自分自身になれるように日々、努力しているよ。
――今回、4万人以上を動員した井上の日本での人気、そしてこの東京ドームというステージをどう感じますか?
SG 素晴らしいとしか言いようがない。これだけ多くの人が井上をサポートするというのはすごいことだし、日本に来て驚かされたのはファンがボクシングを心から愛していることだ。ホテルに足を踏み入れた際、たくさんのファンからサインや写真撮影を求められた。私はこの興行で戦うわけですらないのに、とほとんどショックを受けた。これほどのイベントを開催できることを日本のファン、関係者は誇りに思うべきだし、私もいつか参加したいという思いが強くなった。
――2022年10月、同じオーストラリア人のジョージ・カンボソスJr.がデビン・ヘイニー(アメリカ)との試合をメルボルンのスタジアムで開催しましたが、その興行と比べていかがでしょう?
SG そのイベントも会場に行ったが、正直、今回の興行は別次元だと思う。本当にすごいよ。雰囲気、セットアップなど、見事としか言いようがない。おかげでこのスタジアムを訪れたすべての人々にとって特別な夜になったはずだ。
――いずれ井上戦が実現するとして、開催地は日本以外にもオーストラリア、サウジアラビア、アメリカも候補になると思います。どこで戦いたいという希望はありますか?
SG その点についてはまだほとんど考えていなくて、はっきりした希望があるわけではない。大事なのは挑戦できること。井上は日本を本拠地にしているわけだから、ここで戦うのも構わない。最近ではサウジアラビアも巨大なイベントを多く開催しているし、井上がオーストラリアで戦いたいというならもちろん大歓迎だ。いくつかのオプションが存在するのはいいことだと思う。
――ボクサーとしての最終目標は?
SG 何より、どうしても世界王者になりたい。“モンスター”に勝ってその目標を果たせたら、また次の目標が見えてくるのだろう。あまり先走りたくない。今はとにかく世界チャンピオンになることだけを考えたい。
――最後になりますが、日本滞在中、井上対ネリ戦を観る以外にもやってみたかったことはあったんでしょうか?
SG 試合を観るのが楽しみだったから、他のことはあまり考えていなかった。滞在中に少しトレーニングもして、次戦に備えるつもりだ。ただ、本当にビューティフルな国だし、私は日本食も大好き。特に和牛ステーキがお気に入りだから、それは食べて帰るつもりだ(笑)。
文=杉浦大介
photograph by L)JIJI PRESS R)Daisuke Sugiura