大谷翔平と山本由伸が所属するドジャースに注目が集まりがちだが、今季は日本人メジャーリーガーが各チームで素晴らしい序盤戦を過ごしている。その筆頭格である今永昇太(30)と、鈴木誠也(29)の進境が著しい理由を探ってみた。(全2回の第1回/第2回も読む)

 5月13日の時点で、シカゴ・カブスの今永昇太は、MLB全体の防御率トップ。7試合に登板して5勝0敗、防御率は1.08。今春鳴り物入りで入団したドジャースの山本由伸は2.79で19位、その上にブルージェイズの菊池雄星が2.64で16位につけているが、ここまでの今永の大活躍を想像した人は多くはないだろう。

 昨年オフのMLBのストーブリーグでは、日本人投手のトップは3年連続沢村賞のオリックス25歳の山本由伸。5歳年長のDeNA今永昇太は「左腕」という特色はあるが、2番手の印象だった。

 事実、契約でも山本がドジャースと12年総額3億2500万ドル(約465億円)という空前の契約を勝ち取る中、今永は4年総額5300万ドル(約77億円)。これでも大型契約ではあるが、大差がついてしまった。昨年のWBCで今永は左のエースとして決勝のアメリカ戦で先発。山本とそん色ない活躍をしただけに、ここまでの差がつくとは、と思ったものだ。

 しかしフタを開けてみると、今永はメジャーデビューから危なげなく勝ち星を積み重ね、初戦の韓国でのパドレス戦で1回5失点で降板した山本とは明暗が分かれてしまった。山本由伸は、それ以降盛り返しているが、現時点での成績では今永が明らかに上に立っている。

今永と由伸の投球内容をデータ分析してみると

 この両者の投球内容について、データで分析してみよう。Sはストライク。カッコ内の%はストライク率。

・山本由伸
投球数669、S457(68.3%)
42回 奪三振47 与四球8 被安打34 被打率.215 防御率2.79

・今永昇太
投球数594、S402(67.8%)
41.2回 奪三振43 与四球5 被安打29 被打率.187 防御率1.08

 先発投手のストライク率は6割をクリアすれば合格とされる。2人とも7割近い数字で、制球力は抜群であることがわかる。2人ともに投球回数を上回る奪三振で、与四球はひとケタ。被打率はリーグ平均の.240を大きく下回っている。優秀だと言える。

 山本は3月21日、韓国でのパドレス戦の1回自責点5を抜きにすれば、防御率は1.76まで上がる。両者は実質的にそん色ない成績を挙げていると言えよう。

今永のフォーシームは由伸より5キロ以上遅いが

 では、両者の投球の「成分」について見ていく。km/hは平均球速、SWは空振り数。ファウルチップを含む。カッコ内の%はそれぞれの比率。

山本 全投球数=669(100%)
143.0km/h S457(68.3%)SW95(14.2%)
フォーシーム 260(38.9%)
153.4km/h S185(71.2%)SW26(10.0%)
スプリッター 187(28.0%)
143.7km/h S110(58.8%)SW37(19.8%)
カーブ 171(25.6%)
125.8km/h S130(76.0%) SW26 (15.2%)
カットボール 46(6.9%)
146.5km/h S29(63.0%)SW5(10.9%)
スライダー 5(0.7%)
136.9km/h S3(60.0%)SW1(20.0%)

 山本のフォーシームの平均球速は153.4km/h、これはMLBの先発投手の平均を上回る。しかもストライク率は71.2%。質の高いフォーシームが山本の投球の基本なのは間違いがない。

 2戦目以降、カットボールではなくカーブを多投するようになったが、フォーシームとの球速差は約27.6km/h。これが「緩急」を付ける効果となって、ここから立ち直ったと言える。カーブのストライク率は76%と極めて高い。大きな弧を描きつつもストライクゾーンに収まる精度の高さが身上だ。これに、小さな変化のスプリッターで全投球の92%を占める。最近はスライダーも投げ始めたが、フォーシーム、カーブ、スプリッターの3つの球種で組み立てる配球だ。

今永 全投球数=594(100%)
141.6km/h S402(67.8%)SW98(16.5%)
フォーシーム 344(58.0%)
148.1km/h S248(72.1%)SW41(11.9%)
スプリッター 179(30.2%)
134.1km/h S113(63.1%)SW50(27.9%)
スイーパー 45(7.6%)
132.5km/h S29(64.4%)SW7(15.6%)
カーブ 21(3.5%)
117.7km/h S11(52.4%) SW0 (0.0%)
シンカー 1(0.2%)
141.0km/h S0(0.0%)SW0(0.0%)
チェンジアップ 1(0.2%)
141.0km/h S0(0.0%)SW0(0.0%)

 今永のフォーシームは平均で148.1km/h、山本よりも5km/h以上遅い。NPBでも、もっと速い投手はたくさんいる。今永はこのフォーシームを6割近くも投げている。ストライク率は72.1%、この数字だけを見れば、今永は「速球で押す本格派」みたいになっている。

なぜ今永のフォーシームは「とんでもない」のか

 しかし、今永のフォーシームを子細に見ると、この球がとんでもないものであることがわかる。

 普通の投手は、同じ球種の場合、それほど球速にばらつきがないのが一般的だ。

 山本由伸のフォーシームの最速は、5月1日のダイヤモンドバックス戦1回のクリスチャン・ウォーカーに投げた156.4km/hだが、260球のうち169球が153km/hから155km/hの間に収まっている。

 大谷翔平は2018年6月のロイヤルズ戦で先発して、いつもは160km/h近く出るフォーシームが150km/hそこそこしか出ず途中降板。秋にはトミー・ジョン手術となったが、フォーシームの球速が極端に変わるときは、肩肘に異常をきたしていることも多いのだ。

 しかし今永の速球は4月13日のマリナーズ戦の4回、ディラン・ムーアに投げた152.1km/hを最速として、最も遅い球は142km/h台と10km/h近い幅があるのだ。同じフォーシームなのに「緩急」がついていると言うか――。

 各打者との対戦を見ると、意図的にフォーシームの球速を変化させているのではないか、と思えるケースが散見される。

 例えば4月20日のマーリンズ戦の6回、ブライアン・デラクルーズとの対戦である。

 初球は143.4km/hのフォーシームだったが、ここから145.8km/h、146.0km/h、146.9km/h、149.0km/hと徐々に球速を上げて、最後は134.7km/hのスプリッターで三振に切って取っている。こうした例が、いくつか見られる。

分かっていても打てない「最強の変化球」か

 NPB時代の今永はフォーシームのほかに、チェンジアップやツーシームを投げるとされてきた。MLBの球種は「ホークアイ」のトラッキングシステムを基幹とする「スタットキャスト」が自動的に判断している。あるいは今永自身は「別の球種」だと思って投げている球が「フォーシーム」となっているケースもあるのではないか。

 ある意味で今永のフォーシームはわかっていても打てない「最強の変化球」なのかもしれない。

 NPB時代、今永は低めに制球力のある球を投げ込んで勝ってきた投手だが、MLBでは意識的に「高めのフォーシーム」を投げているようだ。

 日本の打者は、強振するだけでなく、走者を進めるために当てにいったり、球に逆らわず流したり、ゴロを転がしたり、様々な打撃を見せるが、MLBの打者は基本的に「振り回す」ことが多い。「フライボール革命」以後、その傾向が特に顕著だ。打ち上げようとする打者に有効とされる「高めのフォーシーム」を投げることで、有利なマウンドを築き上げているように思う。

 今永がDeNAに所属した時期に、アナリストから「今永はクローザーが試合を決める“ここぞ”というときに投げるような、厳しい球を投げることができる。先発投手としては珍しい」との話を聞いたことがあるが、そうしたメリハリのついた投球が有効に作用しているのではないか。

2人の捕手との相性も偏りがない

 では捕手との相性はどうか?

 山本由伸は直近の5月7日のマーリンズ戦では、1番手捕手のウィル・スミスと組んで8回自責点2で4勝目を挙げた。

 これまでは、控え捕手のオースティン・バーンズと組んだ時しか勝てていなかったから、これはチームにとっても大きな収穫だろう。

 山本由伸の捕手別の投手成績はこのようになる。

・スミス
5試1勝1敗25回22安5本27振3球 率4.68
・バーンズ
3試3勝0敗17回12安0本20振5球 率0.00

 スミスで勝てたのは大きいが、スミスと組んだ場合の山本は5被本塁打。強気で性急な配球が、一発を呼んでいる可能性がある。「安全運転」のバーンズの方が依然、数字はずば抜けてよい。

 実は今永昇太も36歳のベテランのヤン・ゴームズと2年目の25歳、ミゲル・アマヤという2人が受けている。

・アマヤ
5試3勝0敗29回22安2本29振5球 率0.93
・ゴームズ
2試2勝0敗12回7安1本14振0球 率1.50

 大きな差はついていないが、ここ3試合はアマヤが受けている。

 アマヤもゴームズも打者としては、ウィル・スミスのように中軸打者ではなく、ともに下位を打つ選手なので、起用の融通が利きやすいのだろう。

2人とも今後重要になるのは「被本塁打」か

 山本由伸、今永昇太ともに、今後重要になって来るのは「被本塁打」か。

 きっちりと相手を抑えていても、一発によって一瞬で戦況が変わることがある。山本、今永ともに100マイル(約161km/h)の剛速球はない。被弾によって防御率を悪化させるのは、ある程度仕方がないところではあるが、これをどこまで減らすことができるかがカギとなりそうだ。

 長いMLBのペナントレースを無事戦い抜くことができれば、両投手とも好成績を上げていることだろう。故障なく乗り切ってほしい。

 そして打者の方を見ると、大谷翔平の打棒が新天地でも猛威を振るっているが――DLで一時戦線離脱したとはいえ、鈴木誠也の「打球速度」も明らかに進化を果たしているのだ。

<つづきは第2回>

文=広尾晃

photograph by Michael Reaves/Getty Images,Nanae Suzuki