2024年のプロ野球、ファームのウエスタン・リーグとイースタン・リーグにそれぞれ「くふうハヤテベンチャーズ静岡」「オイシックス新潟アルビレックスBC」という新球団が誕生した。既存プロ12球団と戦う現場はどのようなものか。(全2回の第1回/続きを読む)

「うちは毎日ジャイアントキリングですよ」

 ちゅ〜るスタジアム清水の前で、今季からウエスタン・リーグに参加したファーム新球団「くふうハヤテベンチャーズ静岡」の池田省吾社長は、こう言った。

「開幕戦、オリックスの先発投手は宮城大弥投手ですよ、すごいのなんのって。まだ一軍の公式戦が始まってないから調整で投げたんですが、一軍クラスの選手がどんどん出てくるんですから。一軍半みたいなものです。でも、そういう時にこそ勝っておきたいんですけどね」

道楽や売名行為ではなくスポーツで元気を

 昨年11月に新規参入が正式に決まってから、池田社長はわずか数カ月ほどの間に、シーズン開幕へ向けて獅子奮迅の働きをしてきた。

 何せ「プロ野球チーム」を作るのである。経験のある人などいるはずがない。その点、池田社長は適任中の適任と言ってよかった。

「2006年に創設2年目の独立リーグ、四国アイランドリーグの運営に携わり、高知ファイティングドッグスや香川オリーブガイナーズの球団マネージャーなどを経て、2015年に香川オリーブガイナーズ球団代表となり、リーグ運営会社IBLJの事務局次長を兼務しました」

 独立リーグという厳しい経営環境で永年マネジメントに携わってきた。プロ野球と比べておよそ100分の1という小さな予算規模で、球団をやりくりする。試合運営から選手のマネジメント、さらにスポンサー集めまで、一通りの経験をしてきた。2017年以降は、スポーツメーカーのマーケティング担当だったが、転機は2022年夏のことだった。

「プロ野球のファームリーグ参加の話があって、ハヤテグループの杉原行洋代表にお目にかかりました。杉原代表はもともとスポーツ好きだったのと、コロナ禍で日本全体が元気がない中で、スポーツで日本、静岡を元気にしたいという考えをもっていたんですね」

 池田氏は、ハヤテグループスポーツ事業部アドバイザーを経て、球団社長に就任する。そして2023年4月にNPBは正式に「ファーム参加球団」を公募。ハヤテグループは手を挙げた。そのほかに参入を検討した球団は新潟アルビレックスBC、茨城アストロプラネッツ、栃木ゴールデンブレーブス、火の国サラマンダーズとすべて「独立リーグ球団」。ハヤテだけは、イチから球団を設立することになった。杉原代表は、このように当時の思いを語る。

「本当に『思い』だけで手を挙げてしまいました。でも、道楽や売名行為ではなく、ただただスポーツでみんなを元気にしたい思いだけでした。手を挙げてからいろいろなことを考え始めた感じでした」

地元・静岡出身の赤堀監督の招聘を決めた理由

 そして昨年11月、ハヤテグループは、新潟アルビレックスBCと共にファームリーグ参加球団として認定された。

 監督には近鉄バファローズで救援投手として活躍した赤堀元之氏を招へいした。池田社長は、狙いをこのように語る。

「もちろん地元を意識しました。静岡県出身の方を起用するという前提で、県の野球協議会にも相談をさせていただきました。赤堀さんは、地元の名門静岡高校の出身で、しかもタイトルホルダーでもあります。知名度は抜群でしたから。

 私が重視したのは『独立リーグの経験があるかどうか』ということでした。独立リーグはプロ野球とは違った苦労があります。今回のチームはNPBのファームのリーグに参加しますが、運営体制は独立リーグに近いですから。

 赤堀さんは2015年から新潟アルビレックスBCの監督をしていましたし、昨年は淡路島ウォリアーズの采配を執っていた。その上NPB球団でのコーチの経験も豊富でしたから」

山下大輔GMと、藤岡や福田の存在

 さらに代表付きGM(ゼネラルマネージャー)には、山下大輔氏が就任した。

「静岡県出身で監督経験があるのは山下大輔さんと大石大二郎さんのおふたりしかいない。大石さんにも話をしたのですが、フルで関係するのは無理だということでした。

 山下さんも大リーグの解説もされていますから常時チームを見ることはできない。それはよく理解しています。年齢的に監督というより、チームを大きな視野で見ていただきたいのと、名士ですから地元の営業活動に貢献いただきたいというところです」

 コーチ陣就任の記者会見で、山下GMは「まさか私がノックバットをノックバットを振るわけにもいきませんので、コーチを選任しました」と言って、報道陣を笑わせた。

 そこはかとないユーモアを漂わせた柔らかい人柄の山下GMと生真面目な赤堀監督とはいいコンビではないかと思った。

 11月のトライアウトでは、NPB経験のある選手、独立リーグやアマチュア野球の選手が集まったが、中でも目を引いたのが藤岡好明だった。

 ソフトバンク、日本ハム、DeNAで15年間プレーし、57ホールドを記録した救援投手だったが、昨年時点では火の国サラマンダーズの投手兼任コーチだった。池田氏はこう続ける。

「彼の野球に対する姿勢は、手本になるので、まず投手の核となる存在として取ろうと思いました。

 そして元ソフトバンク、ロッテの福田秀平ですね。彼は、うちのトライアウトの後に行われたNPBのトライアウトも受けていた。そのあとに、正式にオファーさせていただいた。オンラインで面談をして、まわりの選手を盛り上げることもできる選手なので来てほしいと言いました。コーチ、選手も含めていろいろなオファーがあったようですが、立ち上げから参加できるところに興味があると、うちを選んでくれました」

NPB移籍になれば“苦しいけど嬉しいです”

 では、選手を獲得するうえで、どんなことを重視していたのだろうか。

「独立リーグもNPBのファームと対戦しますが、ほとんどが三軍クラスです。二軍と戦うことを考えれば、元NPBの選手は10人ぐらいはいないといけないと思っていました。一方で選手の育成もチームの使命です。将来性と戦力均衡のバランスを取りながらも、ドラフトですぐにでもNPBに行くような選手も育てたいし、年齢的にドラフトは厳しいかもしれないけど、ファームリーグで戦う上では必要な戦力としてみなされる選手も欲しい。もちろん地元の選手を取ることも意識しました」

 今回獲得した選手のうち、元NPBの選手は、NPB球団の目に留まり、7月31日のトレード期限までにオファーがあれば移籍する可能性がある。

「それはもちろん承知の上です。“苦しいですけど嬉しいです”という感じですね。NPB球団から来た選手は、もう1回リベンジしたいという気持ちで来ているんですから、球団としては全力で後押ししたいですね」

元DeNAの田中、倉本が貢献していた

 株式会社くふうカンパニーが冠スポンサーについて、チーム名は「くふうハヤテベンチャーズ静岡」となった。1月に本拠地球場のちゅ〜るスタジアム清水(清水庵原球場)でキャンプをスタートさせた。

 筆者はNPBの春季キャンプの取材の後、清水に行った。率直に言って、施設的にも運営体制でもかなり見劣りした。そんな中で選手は懸命に体を動かしていた。

 見慣れた顔が何人もいる。田中健二朗は、地元常葉菊川高校出身、DeNAではセットアッパーとして通算64ホールドを挙げた左腕だ。

 倉本寿彦もDeNAでは背番号「5」をつけ、内野守備のかなめ、つなぐ野球でチームに貢献した。

 前述の福田秀平は、くふうハヤテのトライアウトだけでなくNPBの合同トライアウトでも話を聞いたが、物静かな口調の中にも「このままでは終われない」という気持ちを感じた。

医学部出身、北広島市の職員だった投手も

 独立リーグなどの出身者も多いが、投手の竹内奎人は、国立の群馬大学の準硬式野球部出身、学部は医学部。整形外科を志し、この春、医師の国家試験に合格。「プロ野球選手と医師」と言えば、オールドファンはゲイル・ホプキンスを思い出す。広島、南海で活躍したホプキンスは野球の傍ら広島大学医学部などで研究を続け、退団後アメリカの医師免許を取得している。竹内はホプキンス以来となる経歴なのではないか。

 同じく投手の早川太貴も、異色の経歴を持っている。

 国立の小樽商科大を経て、エスコンフィールドHOKKAIDOのある北広島市の職員となり、自治労北広島で軟式野球をしていた。さらに社会人野球ウイン北広島でプレーし、軟式から硬式とボールを持ち替える。ドラフト指名の可能性もあったが、NPBからの指名はなく、くふうハヤテに入団した。

 増田将馬は、昨年は徳島インディゴソックスにいた。兄は巨人の増田大輝。兄と同様、独立リーグからプロ入りを目指し、昨年のドラフト当日は、球団会見場で指名を待った。9人の候補者の内6人が呼ばれる中、増田の名前はなかった。彼は「今年呼ばれなければ来年はない」と言っていたが、再度、挑戦することにしたのだ。

 開幕直前の2月末に追加のトライアウトを実施、2人の投手を獲得した。このうち平間凜太郎は、四国アイランドリーグplusの高知ファイティングドッグスで投げていた。

「通用する投手」か否かが分かれた印象が

 そして開幕。

 週末のちゅ〜るスタジアム清水には、週末には1000人近い観客が集まる。球場もフェンスを整備し、駐車場を完備したほか、JR清水駅からのシャトルバスも走らせた。

 筆者は数試合を見たが、打者では倉本がさすがの活躍。ファームの投手を易々と攻略していた。また大分の明豊高校出身で、ソフトバンク育成選手だった居谷匠真の溌溂としたプレーも目立った。

 ただ、投手は「通用する投手」か否かがはっきり分かれた印象がある。

 竹内は先発で試合を作ることができており、早川もチームの9勝のうち3勝を挙げるなど活躍しているが、継投の後に大崩れする試合が多い。そんな中で田中健二朗は、4月23日時点で、10試合に投げてまだ自責点0とプロ野球の世界で培った実績を見せている。

 筆者は毎年ファームの試合もたくさん見ているが、くふうハヤテベンチャーズが参加して、ウエスタン・リーグが活気づいたと感じている。

 ファーム(農場)という牧歌的な名前のリーグで「毎日ジャイキリ」と張り切るチームがいるのだから当然だ。ぜひちゅ〜るスタジアム清水で、彼らの奮闘を見てほしい。

 一方、イースタン・リーグでは「オイシックス新潟アルビレックスBC」が奮闘している。こちらは独立リーグからのファーム参戦となっているが、どのようなチーム構成となっているのだろうか。

<つづきは第2回へ>

文=広尾晃

photograph by JIJI PRESS