現役時代はオリンピックに4度出場。そのうち2度も主将を務め、メダルも獲得している。そんな、いわば“レジェンド”の荒木絵里香でも「未だに緊張感をリアルに思い出す」と振り返るのが、五輪出場権を懸けた戦いだった。

「この試合で2セットを取ったら決まる、勝てば決まる……という大一番とも言うべき試合はもちろんですが、世界ランキングや過去の対戦成績、冷静に考えれば勝てると思える相手との対戦でも怖かった。オリンピックが懸かる大会は、どの試合とも違う緊張感がありました」

 パリ五輪出場を目指す女子バレー日本代表にとって、まさにその“特別”な大会が幕を開けた。

 5月14日に開幕したネーションズリーグ(以下、VNL)。日本は現地時間15日に超アウェイの中で世界ランク1位のトルコと対戦。2セットを先取した後、フルセットまで持ち込まれるも、キャプテンの古賀紗理那や石川真佑の活躍で大事な初戦で勝利を収めた。続くブルガリア戦も3対0で勝利した日本は、17日にドイツと、一日空いて19日にはポーランドと対戦。その後、戦いの場所をトルコから移し、同28日から6月1日までマカオラウンドで4試合を戦い、6月12日からは日本・福岡ラウンドで同じく4試合を戦う。

 2連勝したことで、このまま一気に波に乗って五輪出場へ——と期待も高まる。だが、その道のりは決して平坦なものではない。荒木が語る「パリ五輪出場への道」は以下の通りだ。

◆ ◆ ◆

 昨秋の五輪最終予選(以下、OQT)で出場権を獲得したのはトルコ、アメリカ、ブラジル、セルビア、ドミニカ共和国、ポーランドの6カ国。そこに開催国のフランスを加えた計7カ国が確定しており、残る枠は5つ。アフリカ、アジアの世界ランク最上位国が優先されるため、中国にリードされる日本は実質3枠に入れるかが焦点となります。

 出場権はVNL予選ラウンド最終戦翌日の6月17日に発表される世界ランキングによって決まります。毎試合ポイントが増減されるため、まさに1試合、1セット、気の抜けない戦いが続きます。

 まだ出場権を獲得していない国の中では、イタリアと中国が頭一つ抜けた存在。中国はアジア代表として出場する可能性が高く、もちろん日本が上回る可能性ももありますが、(中国が)ベストメンバーで臨んでくることを踏まえると厳しい戦いになるでしょう。

 では、現実的に日本のライバルとなりそうな国はどこか。私はオランダ、カナダ、ドイツの3カ国だと考えています。

 それぞれ欧州リーグでプレーする選手が多く、かつては「強豪」と言われてもイメージがわきにくかったかもしれませんが、五輪予選でも非常に素晴らしいパフォーマンスを発揮していました。現状、世界ランキングでは日本が上回っていますが、楽観視することはできません。

五輪本番にも影響? “12名”争いも熾烈

 加えて、VNLは五輪本番を見据えた戦いになります。五輪の組み合わせは、世界ランキングによって振り分けられるため、メダルを狙う強豪国も1つでもランクを上げて、準々決勝や準決勝を突破する可能性が高いグループに入りたい。つまり、すでに出場権を獲得している国にとっても緊張感ある戦いが続きます。

 日本としても、本来ならば五輪前の最後の国際大会であるVNLでより多くのメンバーを起用し、どの形が最もふさわしいのかを考えて試したいところでしたが、まずは出場権を取らなければならないし、世界ランキングも維持しなければなりません。

 さらに、VNLの登録選手が14名であるのに対して、五輪本番は12名(プラス補欠1名)と、選手間ではメンバー争いも繰り広げながら戦わなければならない。これは選手の立場から見れば、非常にストレスがかかる状況です。

 私にも経験がありますが、ボーダーライン上の選手にとっては毎試合スタメンを発表される瞬間は、何より緊張するし、外れればショックを受ける。出場機会が巡ってきたら、何としてもチャンスをつかみ取りたい。さまざまな思惑が交錯する中で勝利が求められます。タフでなければ乗り切れません。

◆ ◆ ◆

 昨秋のOQTを思い起こせばネガティブな要素ばかりではない。世界ランク1位のトルコ、同4位のブラジルに敗れたが、格上に対していずれも惜敗。結果的に五輪出場を決めることこそできなかったが、「あと一歩」と期待を抱かせる戦いぶりであり、今回のVNL初戦でもトルコ相手に勝利を収める力があることを証明した。

 ただ、荒木が言う通り、世界各国の実力が拮抗し、これ以上ないほどに厳しい戦いが待ち受けている。では、日本代表はどんな戦いをすれば勝機があるのか。中心となり得る選手、注目すべき選手は誰か。荒木は続ける。

◆ ◆ ◆

キャプテン古賀紗理那の凄さ

 OQTでは、選手それぞれが高いパフォーマンスを発揮して、ミスも少なかった。相手のブロックをうまく利用した攻撃やハードプッシュ、速さを活かした攻撃でストレスをかけたことも、強敵と十分渡り合えた要因でした。もちろん、対戦国も日本の戦い方に警戒を強めてくると思いますが、まずはサーブで主導権をつかめば、日本の勝機は十分にあります。

 最終的なメンバーはまだ決まっていませんが、やはりチームの中心は古賀紗理那選手でしょう。キャプテンを務め、プレーで見せるだけでなく、彼女の言動や行動には迷いがない。人を動かす力がある選手です。私も東京五輪では一緒にプレーしましたが、その時もタイムアウトやセット間の短い時間に「ここまでは行けるから大丈夫」とブロックの範囲を明確にしてくれたり、ブロックとディフェンスの関係性に対しても、たとえ決められても「今のはグッド」と基準も的確に示してくれる存在でした。

 身体のコンディションも完璧に仕上がっていて、スパイク時も空中で「どの攻撃を出すのが効果的か」を考えて決めている余裕がある。感情に流されることなく、勝利のために何が必要で、各々がどうするべきかを示して動き、動かすことができる。古賀選手は日本にとって大きな柱と言うべき存在です。

 加えて、石川真佑選手もイタリア・セリエAで経験を重ねただけでなく、出場機会を多く得たことで、プレーや振る舞い、表情に余裕がある。一皮むけて一つ先のステージに立っている印象を受けています。職人肌とも言うべき、攻守で安定したプレーとうまさを見せる林琴奈選手とともに、アウトサイドヒッターを引っ張ってほしいと期待しています。

 そして、個人的に注目しているのはやはりミドルブロッカーです。(現役時代の荒木と)同じポジションの選手たちには大いに期待したいし、応援しています。

 OQTでも活躍した山田二千華選手や宮部愛梨選手、渡邊彩選手は攻撃に加えて割り切ったブロックでも結果を残しました。そこにOQTはケガで選出されなかった荒木彩花選手が加わって、それぞれの個性を活かし、バリエーションも増えているのは間違いない。サイドに攻撃力のある選手がいても、ミドルがどれだけ決められるか、存在感を発揮できるかは勝敗に関わる大きな要素です。

 OQTでメインセッターを務めた関菜々巳選手を始め、セッター陣はミドルを使える選手が揃っているので、前半からどれだけミドルを使い、相手に印象付けられるかも1つのポイントではないでしょうか。

トルコ戦の活躍も光ったセッター岩崎こよみ

 そして、OQTに選出されなかったセッターの岩崎こよみ選手、リベロの小島満菜美選手、山岸あかね選手にも期待したいです(山岸はトルコラウンドはメンバー外)。

 3人とも経験豊富で、リベロの2選手はコート内でリーダーシップを発揮する献身的な選手で、キャプテンの古賀選手をサポートする役割も担える存在でもあります。

 トルコ戦でスタメン出場した岩崎選手とは埼玉上尾メディックスで一緒にプレーした経験がありますし、彼女も小さな息子さんと離れて家族全員が1つの“チーム”として戦っている選手。応援したくなる背景だけではなく、2023/24のVリーグでもセッターとして一番高いパフォーマンスを発揮し続けたのが岩崎選手だったので、日本代表でどれだけフィットするか楽しみです。

 同じセッターの松井珠己選手も単身ブラジルへ渡り、経験を重ねてきて、関選手と同様にミドルを使えるセッターでもある。選ばれるのは12名ですが、皆が皆、真面目にバレーボールに取り組んできた姿を知っていて、心から応援したい選手ばかり。だからこそ、何としてもオリンピックの出場権を獲得してほしいし、叶うなら日本でオリンピック出場を決める姿が見たい。

 これまでは出場する立場だったオリンピックを外野から見るのは2004年アテネ大会以来、20年ぶり。選手たちの頑張る姿や頑張って来た姿、正しい情報、正しい魅力をちゃんと伝えたいと思っています。すべてを出し切って、オリンピック出場をつかみ取れるように。観ている方々と同じように、私も楽しみに、誰よりも応援します。

※VNLは「U-NEXT Paraviコーナー」で全試合放送、「TVer」(無料)でも生配信中。17日ドイツ戦はBS-TBSでも生中継予定

荒木絵里香(あらき・えりか)

1984年8月3日生まれ、岡山県出身。2009年から全日本のキャプテンを務め、長年に渡って女子バレーボール界を牽引したミドルブロッカー。ロンドン五輪では28年ぶりとなるメダル獲得に貢献。結婚・出産を経ても第一線で輝き続け、2019年にはVリーグ通算ブロック決定本数1044本に到達し、日本新記録を更新した。2021年には東京オリンピックにキャプテンとして出場、2022年に現役引退。同年、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科に入学し、翌年に卒業した

文=田中夕子

photograph by Volleyball World