史上3人目となる日米通算200勝を達成したダルビッシュ有(37/サンディエゴ・パドレス)。20年にわたる紆余曲折のキャリアと数々の記録、本人の「データ活用、取り組み方の変化」を追って、野球人としての成長ぶりをあらためて見つめ直す。<全2回の第2回/第1回も配信中>

 ダルビッシュは2015年に行ったトミー・ジョン手術のリハビリ期間中に、市井のピッチングデザイナー、お股ニキ氏とSNSを通じて知り合う。「一時期は恋人同士じゃないかと言うくらいやりとりをした」という中で、ピッチングトンネル理論(※複数の球種を同じ軌道でトンネルを通過させるようにして、打者が球種の判別をできないようにする)などを取り入れていく。

ドジャースを経てカブス移籍…実を結んだ2020年

 ダルビッシュ有は、学閥や人脈などにとらわれず、良いと思う考え、技術はどんどん取り入れる柔軟さがあったが、この時期からダルビッシュは「学ぶ姿勢」をさらに加速させ「投球技術」を進化させた。

 2017年にはトレード期限のタイミングでドジャースに移籍する。さらに2018年にはシカゴ・カブスに移籍するが、この年は右ひじの故障で8試合の登板にとどまった。2019年は味方の援護がなく6勝に終わった。

 しかし2020年、ダルビッシュの取り組みが数字となって実を結んだ。

 新型コロナ禍で60試合のショートシーズンになった年に、8勝で最多勝。日本人でこのタイトルを取ったのは史上初である。サイ・ヤング賞争いでは、レッズのトレバー・バウアー(のちDeNA)との競り合いになったが、惜しくも2位に終わった。

 その後は移籍したパドレスの先発の柱として活躍。2023年2月には36歳にして6年総額1億800万ドル(当時のレートで約141億5000万円)の大型契約を結ぶ。チームが投手陣の柱、そして選手のリーダー格として、ダルビッシュ有の価値、存在感を高く評価した結果だった。

WBCのデータ分析で「マジすか、超助かります」

 この3月のWBCでは、本人のコンディションが十分でないにもかかわらず宮崎の侍ジャパンのキャンプに参加、NPBの選手たちと交流を深めた。

 このキャンプに参加した弾道計測器「トラックマン」の野球部門の責任者、星川太輔氏が「トラックマン持ってきているんですが、データ取りますか?」と聞くと「マジすか、超助かります。お願いします」とダルビッシュが言ったことは、このコラムで以前記した。ダルビッシュは「トラックマン」のデータを1球ごとにチェックし、自身の感覚とデータのすり合わせをした。

 この姿勢が、NPBの若手投手たちのデータ活用へ向けた意識改革を促したのだ。

“日米200勝の99球”を分析すると異能さが浮き彫りに

 2023年は8勝に終わり、防御率も4.56と良くなかったが、2024年は開幕から好調を維持している。

 日米通算200勝を達成した5月19日のブレーブス戦では7回99球を投げ、無失点、被安打2、9奪三振1与四球、文句のつけようのない成績だった。この日の登板で投じた99球の球種を分析すると、ダルビッシュ有という投手の「異能ぶり」が浮き彫りになる。km/hは平均球速、S率はストライク率。

 スライダー32球 136.3km/h
 S率71.9% 空振2 安打1
 フォーシーム20球 150.6km/h
 S率55.0% 空振2 安打0
 シンカー 13球 149.7km/h
 S率76.9% 空振0 安打1
 ナックルカーブ 12球 126.5km
 S率83.3% 空振4安打0
 スイーパー 8球 130.5km/h
 S率87.5% 空振2 安打0
 カーブ 6球 118.1km/h
 S率83.3% 空振4 安打0
 スプリッター 5球 139.4km/h
 S率60.0% 空振0 安打0
 カッター 3球 143.2km/h
 S率66.7% 空振0 安打0

 投げた球種はなんと8種類、フォーシームとスプリッター、カーブ、カットボールで組み立てる山本由伸、フォーシームとスプリッターで押す今永昇太などに比べて球種の多彩さは驚くばかりだ。フォーシームの平均は150km/h超と、カブスで抜群の成績を残している今永よりも速い。

 全ての球でストライクが取れる。

 なかでもメジャーリーグの名リリーフ、クレイグ・キンブレルから習ったというナックルカーブは空振り率も高く、各打者の脅威になっている。さらには昨年のWBCキャンプでロッテの佐々木朗希に伝授したスイーパーも高いストライク率を誇っている。

雄星107勝、大谷80勝、由伸75勝を踏まえれば…

 見事な投球は、起伏の多い野球人生20年で磨き上げたものだろう。若い投手が一朝一夕で真似ることはできないだろうが、大きな目標になるはずだ。それは日米通算の勝利数を見ても、よくわかる。

〈NPB、MLB通算勝利数10傑〉M=MLB 、N=NPB、※は現役
 黒田博樹 203勝(M79/N124)
 野茂英雄 201勝(M123/N78)
 ダルビッシュ有 200勝(M107/N93)※
 田中将大 197勝(M78/N119)※
 石井一久 182勝(M39/N143)
 桑田真澄 173勝(M0/N173)
 岩隈久志 170勝(M63/N107)
 松坂大輔 170勝(M56/N114)
 和田毅 165勝(M5/N160)※
 前田健太 163勝(M66/N97)※

 順調にいけば、今季中にダルビッシュは日米通算勝利数で1位に躍り出ることになる。ダルビッシュと日米でライバル関係だった田中将大は今季まだ一軍のマウンドに立っていないが、田中もまずは「あと3勝」を目指してほしいところ。

 ちなみに菊池雄星は日米通算で107勝(M34/N73)、千賀滉大は99勝(M12/N87)、大谷翔平は80勝(M38/N42)、山本は75勝(M5/N70)、今永は69勝(M5/N64)。第1回でも触れた通り、日本のプロ野球、MLB両方で偉大な実績を残した投手ダルビッシュ有は彼らにとって未だに「見上げる存在」と表現しても言い過ぎではないだろう。

「ダルビッシュさんがいる」という支え

 NPBから海を渡ってMLBに挑戦する投手にとっても「ダルビッシュさんがいる」というのは、本当に心強いはずだ。今季からチームメイトになった松井裕樹だけでなく、チームが違っても、ダルビッシュは心の支えになっている。

 また日本の少年野球や野球指導についても、鋭いコメントを発している。ダルビッシュは「野球の未来」も見つめているのだ。

 パドレスとの契約は2028年までとなっている。42歳で迎える契約満了を目標に、ダルビッシュ有は今後もマウンドに上がってほしい。<第1回からつづく>

文=広尾晃

photograph by Sean M.Haffey/Getty Images