「ソト先生」

 今年からマリーンズに加わったネフタリ・ソト内野手のことを、チームメートは敬意と親しみを込めそう呼ぶ。ベイスターズ時代には本塁打王を2度獲得した強打者。チームに与えている影響は非常に大きい。

実はファッションリーダー

「めちゃくちゃいい人。優しい。日本語もうまい。通訳さんがいなくても普通に会話が出来ますから」と話すのはプロ3年目の期待株・池田来翔内野手だ。

 二人を結びつけたキッカケになったのは、ファッションだった。シーズンに入って、同じブランドのアパレルが好きであることがわかり、意気投合。それ以降、色々と話をするようになったという。池田は言う。

「ソトさんはおしゃれ。ボクがよく着ているブランドがあって、それをソトさんも着ていて、そこから話が弾むようになったんです。打撃も教えてもらうし、服とか靴とかも教えてもらう。この着こなしはこうだぞとか。この服にあう靴はこれだぞとか」

「ナイスボイス」と褒められて

 球場のロッカールームに入ると、「これ、どう?」とソトから私服の感想を求められることもある。そうやって少しずつ打ち解けていき、今ではすっかり心酔。もちろん打撃に関する教えも聞く。

「ソトさんは右打者として“右の軸”を大切にしている。ボクも右投げ右打ちで、少し前に突っ込んだりする癖があって、パワーがボールに伝わらなかったりする。そうならないようにどういった練習を試合前にするのか。そういうドリルを教えてもらいました」と池田は話す。

 チーム内でソトと一番仲がいいのは、マリーンズの元気印・大下誠一郎内野手だろう。大下がバファローズに在籍していた頃から面識があったのだという。

「オレ、ベンチから、めっちゃ声を出すから、(ベイスターズの)大和さんとかが、『オマエ、いい声出すなあ。こっちのベンチにも聞こえてるぞ』って。その流れでソトさんも『ナイスボイス』と話しかけてくれたのがキッカケです。マリーンズに来てからはもっと仲良くなりましたね」

「日本語もうますぎる!」

 ロッカーは隣同士。グラウンドだけではなくプライベートでも交流を深め、よく焼肉を食べに行くという。

「“先生”の野球理論は本当にヤバいです。聞いたらなんでも答えてくれるし、必ず答えを持っているんです。オレがよく言われるのは、打つ時にあまり前に流れすぎないように、腰が残るようにしろ、ということ。『ステイバック!』というワードを使って教えてくれて、それが出来ていなかったら、ソトさんから『ステイバックだよ』と声をかけられる。凄い人だし、人間性も尊敬しています。日本語もうますぎる!」

 大下もすっかり心酔している様子だ。

「普通にオフの日もLINEで連絡を取り合います。今度、どこにご飯に行こうかとか。多分、ソトさんと通訳の人よりも連絡を取り合っているかもしれないですね」

 基本的には簡単な英語でのやりとりだが、分からない時は通訳アプリを使って、うまくコミュニケーションを続けている。ソトと大下。ともに今シーズンのチームを盛り上げる存在だ。

38歳荻野も“先生”の門下生

 チーム最年長、38歳の荻野貴司外野手も“ソト先生”からアドバイスをもらっている選手の一人だ。

「バットの出し方を聞いたのがキッカケですかね。ボクから『先生はどうやってバットを出すイメージですか?』と聞きました。ジェスチャーを交えながら、色々と教えてもらいました。基本的には自分の考え方、イメージと似ていたので考え方の再確認になりました。ボールの内を叩く。全部、その意識が見えるんですよ。打撃の基本というか、お手本のような存在です」

 毎試合、なにか迷いがあるとソトと打撃理論を話し合い、修正を行う。プロ15年目のベテランにとっても大きな存在だ。

開幕投手・小島には打者心理を

 その打撃理論は、打者だけでなく投手陣からも頼りにされている。特に2年連続で開幕投手を務めた小島和哉投手は困った時は“ソト先生”にアドバイスを求める。特に参考にしているのは打者心理だという。どんな配球が嫌なのか、どんな状況でのどういうボールが打ちづらいのか。日本球界を代表するソトは的確かつ分かりやすく解説してくれる。

 小島が開幕投手を務めた3月29日のファイターズ戦の登板は5回3失点で負け投手になった。試合後には、ソトから打者からの見え方のアドバイスをもらい次回登板に生かした。1週間後の4月5日のバファローズ戦では被安打4の1対0の完封勝利。「“ソト先生”のアドバイスのおかげですよ」と喜んでいた。

マウンドの輪の中で…

 交流戦ではこんなこともあった。雨が降りしきる神宮球場で行われた5月28日のスワローズ戦。3点リードの3回1死二塁の場面で打席に主砲の村上宗隆内野手を迎えた。ゲームの流れを左右する正念場。内野手がマウンドに集まった輪の中で、小島は一塁を守っていたソトに尋ねた。

「この場面、どうすればいいと思いますか?」

 ソトは素直だった。

「ウ〜ン。メッチャ、ムズカシイ。ワカラナイ」

 予想外の回答に小島は笑いそうになってしまったという。しかし、これで力みが抜けた。「まあ、それはそうだよな。自分でなんとかしないといけないなあと思いました」

「先生と呼ばせてもらっています」

 強気の投球を取り戻し、村上を見逃し三振に仕留めると後続も抑え、無失点で切り抜けた。結果的に今季4勝目を挙げ、頼りになる存在に感謝の言葉を口にした。

「本当に“ソト先生”の存在は大きいです。いつも敬意を込めて先生と呼ばせてもらっています。色々な事に気づかせてもらったりアドバイスをもらったりしています」

 新天地でチームメートに頼られているソトだが、そんな“先生”にも日本での師匠がいる。来日した際にベイスターズの監督を務めていたアレックス・ラミレス氏だ。

 アメリカでのマイナー時代、ソトは試合出場の機会を求めて色々なポジションに挑戦していた。スタートはショートだったが、外野にも挑戦し、試合に出ることができるならと捕手を務めたこともある。そんな時にエージェントを通じて「日本野球にチャレンジしないか」との提案があり、来日を決めた。

師匠・ラミレス前監督への思い

 ベイスターズの指揮官が現役時代に通算2000安打を達成したラミレス氏だったことはソトにとって幸運だったといえる。日本の野球について色々なアドバイスを受けた。異国の地での成功を支えた恩師である。だから今でも親しみを込めてソトはラミレス氏を「ラミちゃん」と呼ぶ。

「ラミちゃんはデータが凄かった。よく言われたのはタイミングが大事だということ。アメリカと日本の投手のタイミングの違いを毎日のように教えてもらいました」とソトは懐かしそうに振り返る。現在、ホームランを打った後に行う「ゲッツ」のポーズはラミレス氏が現役時代にダンディ坂野の持ちネタを元に行っていたことにちなんでいる。今では仲のいい大下とベンチに戻ってから「ゲッツ」のポーズを決めるのが定番だ。

 6月5日のジャイアンツ戦は偶然にもそのラミレス氏とダンディ坂野が試合前の始球式などのゲストとして訪れていた。恩師の前でソトは高めのストレートを振り抜き、ライトスタンドに消えていく6号先制3ランを放った。

古巣との初対戦を前に

「ラミちゃんと本物のゲッツをされる方(ダンディ坂野)が一緒にいて、その前で自分がホームランを打って、ベンチで(ポーズを)やることができた。本当に面白い出来事でした。ラミちゃんは来日したばかりの自分が毎日試合に出られるようにポジションを探してくれて、チャンスを与えてくれた。打撃のタイミングについても大切なアドバイスをくれました。目の前でホームランを打つことが出来て本当に嬉しかったです」

 ソトは心の底から喜んでいた。

 マリーンズは5月から6月にかけて11連勝。その中心にはソトがいた。自分のバッティングだけでなく、チームメートに様々なアドバイスをおくり、いいムードを作り出すことでチームを良い方向へ導いた。

 6月11日からは本拠地のZOZOマリンスタジアムにベイスターズを迎え3連戦を行う。オープン戦で対戦した時はまだ二軍調整中だったため、ソトは古巣と初対戦となる。

「皆さんと会えるのはとても楽しみ。お互いが全力を出し合っていい試合になると思います」

 新天地で頼もしい存在感を築き上げる“ソト先生”は、その対戦に胸ときめかせている。

文=梶原紀章(千葉ロッテ広報)

photograph by Chiba Lotte Marines