カナダGPが行われていたモントリオールの現地時間、6月8日(土)の午後3時半、RBから一枚のリリースが送られてきた。RB(正確には親会社のレッドブル)が角田裕毅との契約を延長し、角田が2025年シーズンもRBにとどまり、F1で5年目のシーズンを戦うという内容だった。

 その発表には「契約を1年延長した」という以上の大きな意味が込められている。

 まず、そのタイミングだ。角田の契約延長発表は過去3回あるが、いずれも秋だった。それが今回は6月上旬。これは角田にとって最も早いタイミングであるだけでなく、今シーズン末に契約が切れるドライバーの中でも、かなり早いほうだった。

 今年はいつになく、来季に向けたシート争いが早めに動いている。その理由は、24年末で契約が切れるドライバーが、年初の時点でじつに14人もいたからだ。

 その中で最初に動いたのがシャルル・ルクレール(フェラーリ)で、シーズンが開幕する前の1月に契約を更新。契約期間は5年と見られる。2月にはルイス・ハミルトン(メルセデス)がフェラーリへの移籍を決めて世界を驚かせた。その後、4月にはフェルナンド・アロンソ(アストンマーティン)が残留を発表。この世界に古くからある慣例のとおり、上位チームから順に実力のあるドライバーがシートを埋めていった。

 その後、ニコ・ヒュルケンベルグ(ハース)がザウバーへの移籍、セルジオ・ペレスがレッドブルとの契約延長を決め、それに続いて6番目に発表されたのが角田のRB残留だった。

他に取られる前に契約

 RBの発表には、こう書かれている。

「RBはオプションを行使して、角田裕毅を確保しました」

 オプションとは契約を延長できる権利のことで、RBが保持していた。つまり今回の契約では、RBがほかのチームに取られる前にオプションを行使して角田を残留させたわけだ。

 ただし、オプションには期限が設けられており、通常は8月末か9月末に設定されている。したがって、チーム側は期限ギリギリまで待ってオプション行使の有無を決めることが多く、角田の過去の発表が秋となっていたのはそのためだった。

 だが今年は期限まで数カ月を残して、RBがオプションを行使した。それが過去の例とは異なる興味深いポイントだ。

 RBはなぜ6月上旬という極めて早い時期に、オプションを行使したのか。そこには、あるチームの存在が見え隠れする。それは、26年から既存チームのザウバーと手を組んでF1に参入するドイツのアウディだ。

 アウディが26年に向けて積極的に人材を獲得していることは、傘下のザウバーでヒュルケンベルグを獲得したことでもわかる。アウディが今年末に契約が切れるドライバーにコンタクトしていることは公然の秘密で、その中のひとりに角田もいたと思われる。

 アウディが本社を置くドイツの自動車誌『アウト・モトーア・ウント・シュポルト』の編集者によれば、アウディはRBが角田に設定していたオプション解約金の500万ドル(約7億8650万円)を支払う覚悟で獲得に乗り出していたという。

 これが事実だとすれば、ホンダとレッドブルによって育てられてF1へステップアップした角田は、いまでは両社のプログラムの枠を超え、F1界が注目するドライバーのひとりになったということだ。

ポジティブな選択

 今回、角田とRBとの契約が25年末までの単年ということを危惧する声も聞かれるが、ホンダとレッドブルのパートナーシップもまた25年末で切れる。26年からフリーエージェントとなる角田はレッドブル系のチームに残ることもできれば、ホンダが26年から新しくパートナーを組むアストンマーティンに移籍する選択肢もあり得る。さらに、ホンダとレッドブルという育ての親から独立して新しい道を開拓することも可能であり、この単年契約はむしろポジティブだととらえたい。

 角田は次のようにコメントしている。

「レッドブルとホンダは常に僕のキャリアの一部だった。ホンダがレッドブルとパートナーを組む最後の年に、彼らと一緒に戦えることは僕の中でとても大きかったので、それが実現できて良かった。このビッグプロジェクトでチームをサポートできることをとてもうれしく思います」

 今回の契約は、日本のモータースポーツ界にとっても大きな意味を持つ。

 カナダGP終了時点で、角田のF1参戦数は75となった。これは片山右京の97戦、佐藤琢磨の92戦、鈴木亜久里の88戦、中嶋悟の80戦、小林可夢偉の76戦に次いで、日本人F1ドライバーでは6番目に多い数字となる。今年、最終戦まで参戦すれば、その数は90戦で3番目となる。さらに来季の24戦を戦い抜けば114戦となり、ついに日本人最多となる。

 21年に日本人F1ドライバーの最年少デビュー記録を塗り替え、20歳10カ月でF1にデビューした角田。5年目のシーズンとなる25年は、日本人ドライバーが誰も到達していない地平が広がっている。

文=尾張正博

photograph by Getty Images / Red Bull Content Pool