アメリカの大学トップアスリートたちが競うNCAA(National Collegiate Athletic Association/全米大学体育協会)でヘッドコーチを務めている日本人コーチがいる。

 森田麻文(あさみ)。ユタ州ソルトレイクシティにあるNCAA2部のウェストミンスター大の女子バスケットボール・チームのヘッドコーチだ。

 1年前にウェストミンスター大のヘッドコーチに就任する前にはNCAA1部(以下、D1)の大学で9年間、アシスタントコーチを務め、練習や試合中におけるヘッドコーチのサポートはもちろんのこと、選手のリクルートや対戦相手のスカウティングなど、アメリカの大学で必要とされるコーチの仕事をすべてやってきたベテランコーチだ。カンファレンス優勝やNCAAトーナメント出場の経験もある。

 NCAAにおいて日本人コーチは稀な存在で、同大の調査によると、日本出身のコーチがNCAA男子または女子バスケットボール・チームのヘッドコーチに就任するのは、NCAA史上初めてのことなのだという。

NCAAのコーチが選手に求める資質

 一方、最近では、NCAA留学する日本人アスリートが増えてきた。高校野球から米スタンフォード大に進学した佐々木麟太郎が話題を集めたが、バスケットボール選手だけ見ても、2023-24シーズンにNCAA D1のチームに登録していた日本人選手は、男子が7人(うち4人が日本の高校卒業)、女子が4人(うち1人が日本の高校卒業)いた。卒業した富永啓生(ネブラスカ大)のようにトップレベルで活躍して注目された選手もいて、今後、その人数は増えていくことが予想される。

 しかし、それだけ増えても、まだNCAAのコーチたちが選手にどんなことを求め、何を見ているのかはあまり知られていない。森田は、それを採用する側として知っている数少ない日本人のひとりだ。

 日本の大学スポーツとアメリカの大学スポーツは色々な面で違いが多い。基本的なところでは、登録人数に制限があり、誰でも入れるというわけではない。また、NCAAで公式スポーツとして行われている種目は限られており、たとえば柔道や卓球はNCAAでは大学の公式チームとしては存在せず、あったとしても、どの大学でも同好会扱いだ。

 違いは、そういった、調べればわかるような組織的なことばかりではない。たとえば、と森田があげたのが、アメリカでトップレベルのアスリートに求められる「アスレティック」という概念だ。森田によると、これは日本で言う「運動神経がいい」とは少し違うのだという。

「以前、知り合いの日系人のサッカー・コーチに、日本人をもっとリクルートする気がないのか聞いたことがあるんですけれど、『日本人は頑張るし、うまい子もいるんだけど、アスレティックじゃない』って言うんですよね。確かにアメリカだと、日本で言う、いわゆる『運動神経がいい』とはレベルの違う、『アスレティックだ』という価値観がある」と森田は言う。

 その違いとは何なのだろうか?

「そのサッカーのコーチが言うには、ズドンと、ズンと行く力強さと速さが兼ね備わったらアスレティックなんだそうです。日本人は接触に対して弱いから、まっすぐ行けないっていう話をしていました」

「日本にいたら経験できない」

 確かに、どれだけ敏捷な選手でも、サッカーやバスケットボールのように敵味方が混じる競技の場合、パワーや体幹も兼ね備えていないと、アメリカでは敏捷性を発揮することすらできない。そんな状態では、どれだけ敏捷でも『アスレティック』と評価することはできないというのだ。たとえ足が速くなくても、体幹が強く、フィジカルコンタクトがある中で様々なことができる選手のほうが評価は高くなる。

「そこはたぶん、日本にいたら一番経験できないことですよね」と森田。

 日本の女子バスケットボールの試合を見ていても、その違いが目に付くという。

「WJBLのハイライト動画を見たときに、ハイライトだったから、上手なプレーがたくさんあって。でも見たら、全部ランニングプレーなんですよね。ボールスクリーンからロールして、ポストをヒットしてポストが決めてくるとか、シュートが入るまでの過程にフィジカルなコンタクトがひとつもないというのが印象的でした。アメリカだとそういうことはまずないんで。ハイライトを見ていると上手に見えるけど、海外に行ったらできないというのはそういうことなのかな。あと、速さっていうのはスペースがあって成り立つものなので。スペースを取られたときにどうするのかというカウンター(の動き)ができなかったりということもありますね」

「ハイライト動画をどんどん送って」

 NCAAでプレーしたい選手が、売り込みのためのハイライト動画を作るときも、そういったことを意識する必要がある。

 森田によると、日本の高校生がNCAAを目指す場合には、受け身で待つのではなく、自分からNCAAのコーチ宛にどんどんメールを送り、ハイライト動画を送ることが大事だと言う。

「一般的にハイライトは見てもらえるんです」と森田。ただし、作り方のコツをわかっていないと、冒頭の数秒しか見てもらえないこともある。

「日本人選手は、ハイライトの作り方がわかってない人が多い」と森田は言う。さらに、「日本人は自分が何を得意としているのかわかっていない」とも言う。どちらも、コーチの目から見た選手評価の視点を理解できていないからだ。だから、「コーチがどういうところを見るのかをわかっている人にハイライトを作ってもらうことがお勧め」とアドバイスする。

 具体的には、どんなハイライト動画が、コーチに見てもらえる動画なのだろうか。森田によると、結果ではなく過程を見ることができるのがいいハイライトだという。

「例えば、ディフェンスを頑張って、パッシングレーンでスティールしてオープンレイアップに行くのが得意ということであれば、そのパッシングレーンをディナイして、スティール取ってレイアップに行くまでの過程を見せてほしい。(スティールした後の)トランジションのオープンレイアップばかり15分見せられても、『何を見ているんだ』って思うわけですよ。そんなものを見たいわけじゃない。それより、どうやってレイアップに持って行っているのかを見たい」

 外からのシュートが得意な選手の場合も同様だ。

「スリーポイントが入るんだったら、打っているところじゃなくて、打つまでの過程を見たい。スクリーンをちゃんと使ってポップアップしてスリーを打っているとか、トランジションで走って打っているとか、スリーポイントを打つまでの過程のバリエーションは見たい。別にシュートが入るところだけを見たいわけじゃない」

 動画の長さも注意だ。長ければ見てもらえるわけではない。むしろ、長さを敬遠して、見てもらえないことも多い。だから、短い中にどれだけ詰まっているかが大事になる。

「できれば1分半ぐらいで何ができるかをまとめてほしい。見る側としては、1分半だったら見てみようと思うけど、5分間同じプレーを見続けるということはないわけで。ハイライトは大体30秒ぐらいで見るか見ないかが決まりますね。30秒見ていいなと思って、1分半見て、これならフルゲーム見ようかなと思う子と、いやもう絶対無理だって思う子とに分かれます」

渡邊、八村、富永…簡単な世界ではない

 もうひとつの注意点は、ハイライト場面の集め方。いいプレーをできるだけ多く見せようと、シーズン通して多くの試合から寄せ集めるよりも、1〜2試合から作られたハイライトのほうが見ていて説得力を感じるという。

「シーズン通して違う試合から集めてきたら、どんなに悪い選手でも、そこそこ、いいハイライトができるんですよ。同じ試合からいいハイライトが作れるかどうか。1つの試合から作られたハイライトなら、同じ試合でこれだけできるなら説得力があって興味をそそられるけれど、シーズン通していろんな試合から集めたハイライトを見ても信用度が低いんです」

 まずは自分を知ること。そして、自分のどんな部分を、どうやって見せたら説得力があるのかを相手の立場にたって考えること。これは、NCAAでプレーしたい高校生選手に限らず、新しい世界に飛び込もうとする様々な人たちにとっても参考になるアドバイスではないだろうか。

 NCAAは決して簡単な世界ではない。それでもプロと比べて選択肢の幅が広い一方で、高いレベルの中で揉まれることができるのがいいところだ。渡邊雄太や八村塁、富永啓生のように世界を目指す選手たちには、自分に合うチーム、環境を見つけ、うまく売り込むことで成長のきっかけをつかんでほしい。

文=宮地陽子

photograph by L:Getty Images /R:Asami Morita