「中谷潤人がニヤッと笑った」“エグいアッパー”を連打して…カメラマンが戦慄した“好青年・中谷の豹変”「西田凌佑のカウンターも入っていたが…」
Number Web6/14(土)11:30

「中谷潤人がニヤッと笑った」“エグいアッパー”を連打して…カメラマンが戦慄した“好青年・中谷の豹変”「西田凌佑のカウンターも入っていたが…」 photograph by Naoki Fukuda
6月8日に行われた中谷潤人と西田凌佑によるWBC・IBF世界バンタム級王者統一戦。試合開始から結末まで予想外の展開が続いた激闘を、リングサイドで撮影した“パンチを予見するカメラマン”はどう見たのか。全米ボクシング記者協会の最優秀写真賞を4度受賞した福田直樹氏に、実際に撮影した写真を交えて「異例の統一戦」を振り返ってもらった。
世界的カメラマンも「驚きました」中谷潤人の奇襲
今回の統一戦は「ちょっと普通の試合にはならないかもな」という予感がありました。2日前の会見で西田選手はまったく笑っていなかった。中谷選手のほうも、明らかにいつもより硬い表情でした。前日計量で向き合ったときも、軽く頷き合うだけで握手をしない。両者これは普通のテンションじゃないな、と。撮っていて、すさまじい気合を感じました。
西田選手からすれば「ベルトを返上してでも」という強い思いで実現させた試合ですからね。「負けたら引退」とも常に言っていましたし、絶対に勝ってやろうという気持ちでいたはずです。対する中谷選手も、自分の力を見せつけてやろうと。下馬評では「中谷有利」とされていましたが、おそらく簡単な試合にはならない。それが試合前に考えていたことでした。
ですが、いざ試合が始まってみると、こちらの想像をはるかに超えてきた。まさか1ラウンドから中谷選手があんなに出ていくとは……。出ていくとすればむしろ西田選手のほうかなと考えていました。近畿大学でのアマチュア時代も撮っているんですが、当時はライト級で戦っていたくらいフレームが大きくて体力のあるボクサーで、アウトボクシングだけでなく体の強さを生かした接近戦も得意。精神的にも迎え撃つ立場なのは中谷選手だろうと思っていたので、本当に驚きました。
本来はテクニックのレベルが高く、繊細な組み立てを得意とする選手同士。序盤はお互い丁寧に距離を測って、しっかりと自分のボクシングを表現するんだろうな、と。それがいきなり駆け引きなしのぶつかり合いになった。まるでマービン・ハグラーとトーマス・ハーンズの激闘(1985年4月15日/WBA・WBC・IBF世界ミドル級タイトルマッチ)のような……。もちろんテクニックは使いながらも、それ以上に“素の部分”の強さが問われる戦い。パワー、タフネス、タイミングといった基礎体力の勝負です。
もし中谷選手がこういう試合をするなら、それは井上尚弥選手との一戦になるんじゃないかと個人的に思っていました。でも、ここでそういった一面を出してきた。もしかすると、リングサイドの井上選手を意識していたのかもしれない。とにかく圧倒して勝つ。その思いを感じました。
アッパーを連打、連打…「スタミナは大丈夫か?」
とはいえ、西田選手は簡単に“ゴリ押し”できるような相手ではない。実際、ガードもしっかりしていましたし、打たれても顔色はそんなに変わっていなかった。負けじと前に出ながらしっかりと打ち返すシーンもあって、準備してきたものが出ているな、と。左ボディも定期的にいい感じで入っていました。
2ラウンドも中谷選手が攻勢に出ていましたが、西田選手に崩れそうな気配がないので、「本当にこの戦法でいいのか? スタミナは大丈夫なのか?」と思っていたことも事実です。さらに3、4ラウンドは西田選手の戦い方が噛み合いだして、中谷選手の切れ味、硬質な強さみたいなものが少しだけ落ちたかな、という印象もありました。実際、ポイント上でもほぼイーブンになっていた。
でも、後になってわかるのですが、実際には使ったスタミナぶんのダメージを負わせていた。あれだけのハードパンチャーが左フックを強引に叩きつけて、右アッパーも5連打、6連打。ダブルやトリプルで収まらない。相当スタミナは使っていたでしょうし、ちょっと無駄なところを打っているな、という気もしたんですが、西田選手の体には確実にダメージが蓄積されていた。終わってみれば「つぶしにいく」という戦略通りだったのかもしれません。
「試合になると容赦がない」好青年・中谷潤人の豹変
あらためて写真を見返すと、意外と相打ちのシーンが多かったんですよ。ただ、中谷選手のパンチのほうが一瞬早く、深く当たっている。一方、西田選手は後手に回りながら打っているパンチが多い。写真的にはそういった印象を受けました。
西田選手にしてみれば、3ラウンドの偶然のバッティングは不運でした。あの瞬間は、リングサイドでもわかるくらい痛そうにしていました。そして右肩の脱臼。どのタイミングで肩を痛めたのかはわかりませんが、一夜明けで「肩を見られていた」と話していましたよね。中谷選手からすれば「わかってるぞ」ということなんでしょう。つくづく、すごい世界だなと。普段の中谷選手はとてもにこやかな好青年なんですけど、試合になると容赦がない。リングの上なら、躊躇なく刺せる。体のさまざまな部位を痛めつけて……。ボクシングのスタイルだけでなく、メンタル的にもいい意味での特異性を感じます。
腕や肩を殴る有効性については断言できないのですが、サウル・“カネロ”・アルバレスは二の腕のあたりを狙って腕を壊しにいくことがありますよね。果たして軽量級でも有効なのか……。ただ、中谷選手はパンチのスイートスポット、ダメージを与えられる“芯”の部分が、普通のボクサーよりも広い。感覚的には拳ふたつ分くらいある。あくまで素人考えですけど、中谷選手のパワー、あのパンチのアングルだったら、急所ではなく腕や肩を叩くことにも効果がありそうな気もします。ルディ(・エルナンデス)トレーナーならそういう戦術を仕込んでいてもおかしくない。腕のどこを狙ったら効くのか、考えている人がいるのかもしれません。
一瞬、視線が交わり「本当に余裕があるんだな…」
具体的に西田選手の異変を感じたのは5ラウンドでした。その時点で肩を脱臼しているとはわかりませんでしたが、微妙に構えが変わっていた。ガードの仕方も少し変わって、前のラウンドより若干頼りなく見えました。そのガードの隙間から中谷選手のいいワンツーが入るシーンもあり、いろんなダメージが積み重なっているのを感じました。
中谷選手が5ラウンドの最後に大きな空振りをして、ニヤッと笑いましたよね。ちょうどカメラから顔を離したタイミングで、彼がこちらを向いたので視線が交わったんですよ。試合後には照れ笑いだと言っていましたけど、あそこで「ああ、本当に余裕があるんだな」と感じました。あれだけ打ってもまだまだ燃料が残っている。とんでもないスタミナです。「この戦い方で大丈夫か」というのは、外野の杞憂でしかなかったんでしょうね。
右目と右肩の問題もあり6ラウンドで優劣がはっきりして、西田選手は陣営の判断で棄権するわけですが、ボクサーとして株を上げたのは間違いないでしょう。中谷選手がダビド・クエジャル戦のように畳み掛けるシーンも二度、三度とあったのに、すべて耐えて地道に左ボディを打ち返して……。左のカウンターもきれいに何発か入っていた。コンパクトでシャープなパンチと、体と気持ちの頑強さ。多くの人の前で「西田も相当強い」と証明された。まだ本人の意志やケガの具合はわかりませんが、アマ時代はライト級で戦っていた選手ですからね。スーパーバンタム級に上げて減量苦から解放されたら、より強さを発揮する可能性もあるのではと思っています。
あの“暴風雨”は井上尚弥へのメッセージだったのか
勝利した中谷選手は今回、暴風雨みたいに攻めていった。あるいは井上選手へのメッセージだったのか……。雑というよりも、荒々しいボクシング。被弾もありましたが、それも織り込み済みだったんでしょう。もちろんスーパーバンタム級に上げてもまったく問題ないと思います。西田選手もバンタム級のなかではかなり大柄ですから、見方によっては上の階級に向けてのテストマッチでもあった。井上選手との戦いに向けて、さらに期待感が高まる内容でしたね。
もちろんボクシングですから、青写真通りにことが運ぶかどうかはわかりません。でも、1年前からこうしてドキドキして、「どうなるんだろう?」と議論ができるのは本当に楽しいですよね。こんな幸せな時代を過ごしてしまったら、次の刺激がなくなっちゃうんじゃないかなと不安になるくらいです(笑)。
今年だけでも堤聖也vs.比嘉大吾、寺地拳四朗vs.ユーリ阿久井政悟と名勝負がいくつも生まれています。今回の西田選手もそうですが、「負けたらおしまい」ではなくて、敗れた側も輝きを見せれば得るものがあり、次のチャンスがある。ファンの目も肥えてきて、日本のボクシングがエンターテインメントとして成熟してきているのを感じました。
世界的に見ても、ボクシングの熱を伝える選手が日本から出てきている。危険を冒さず判定狙いをするのではなく、かといって無謀に打ち合うのでもなく、高度な技術戦のなかで倒しにいく。それがいま、日本のボクシングが世界でも受け入れられている理由だと思います。
(構成/曹宇鉉)
文=福田直樹
photograph by Naoki Fukuda












