「日本でビックリしたのはプロ野球のレベルの高さだよ」巨人をたった2年でクビになった助っ人ピッチャーの告白…“その後”「5年間もメジャーで活躍した」

Number Web10/2(木)17:03

「日本でビックリしたのはプロ野球のレベルの高さだよ」巨人をたった2年でクビになった助っ人ピッチャーの告白…“その後”「5年間もメジャーで活躍した」

「日本でビックリしたのはプロ野球のレベルの高さだよ」巨人をたった2年でクビになった助っ人ピッチャーの告白…“その後”「5年間もメジャーで活躍した」 photograph by Getty Images

「日本でビックリしたのは野球のレベルの高さだよ」巨人をわずか2年でクビになった助っ人外国人キース・カムストック。“魔球”スクリューボールを多投した左ピッチャー。なぜ、その後5シーズンもメジャーリーグで活躍できたのか? 【全3回の3回目/第1回、第2回も公開中】

◆◆◆

いきなり…《カムストックを解雇する方針》報道

 1985年の巨人の新外国人投手として8勝8敗の成績を残したキース・カムストックだが、彼の応援歌も作られた。

 カムストック カムストック

 スクリューボール見せろよ

 カムストック カムストック

 星の国のマジシャン 

 この応援歌だが、あいにく1986年のシーズンでは聴く機会がほとんどなかった。

 年が明けると、巨人球団はフィラデルフィア・フィリーズに所属するデーブ・スチュアート投手の獲得が内定したことを発表した。82年にはロサンゼルス・ドジャースで9勝をあげ、83年のシーズン途中にテキサス・レンジャーズに移籍し合計10勝8セーブ。84年には先発ローテーションに入り7勝をマークした、正真正銘の現役のメジャーリーガーである。

 しかし、これによってカムストックの存在は微妙なものとなる。今でこそ、日本プロ野球における外国人選手の一軍登録規定は、投手、野手合わせて5人までとなっているが、1986年当時は一軍登録は2人までと決まっていた。つまり、現役メジャーリーガーであるスチュアートの入団が決まったら、巨人の外国人選手はクロマティ、カムストック、スチュアートの3人となり、カムストックが二軍落ちする可能性が高まる。しかし、誇り高き外国人選手がそんな待遇を呑むとも思えず、事実『日刊スポーツ』(1986年2月6日付)は《カムストックを解雇する方針》と書いた。

異例の二軍スタート

 すると、思いもよらぬことが発覚した。入団がほぼ決まっていたスチュアートが、この前年、ロスのダウンタウンで女装した男性に車中で性的サービスを受けていたところを、警察官に見つかり逮捕。罰金150ドルと、禁固45日執行猶予1年の略式保護観察処分が言い渡されていたのである。「巨人軍は紳士たれ」をモットーにしている球団フロントは仰天したに違いなく、スチュアートの入団は即刻取り消された。

 これによりカムストックも首の皮一枚つながったが、それでも、巨人フロントは新外国人の獲得をあきらめず、2月17日、前年カリフォルニア・エンゼルスに在籍していたベネズエラ出身の現役メジャーリーガー、ルイス・サンチェスとの契約を発表する。背番号は20。登録名は「サンチェ」である。

 本来なら、このタイミングでカムストックは巨人を退団してもよさそうなものだったが、そうはしなかった。理由は主に次の4つである。

 (1)まず、前年の8勝が評価され年俸が3800万円(推定)に微増していたこと

 (2)帰国したら再びマイナー生活に逆戻りで、ここまでの報酬は手に出来ないこと

 (3)また、カムストック自身が好待遇が保証される日本でのプレーを望んでいたこと

 (4)巨人以外のチームからオファーがあれば受けるつもりだったが、皆無だったこと

 同時に、巨人にとってもカムストックを手放したくない事情があった。理由は主に次の3つである。

 (1)リリーフエースであるサンチェほどの活躍は期待出来ないが、前年8勝の実績は馬鹿に出来ないこと

 (2)クロマティとサンチェが負傷したり、不調になったとき、いつでも一軍に上げることが出来る。すなわちスペアとしての役割がはたせること

 (3)二軍にカムストックが常に待機しているとなると、クロマティもサンチェもウカウカしていられず、おそらく必死で頑張るはずであること

 かくして、カムストックの86年のシーズンは異例の二軍から始まった。

「ファームで投げるのは屈辱じゃないかって?」

 イースタン・リーグにおける初登板は、4月23日の後楽園球場のデーゲーム、日本ハム戦だった。前年と打って変わって閑散としたスタンドの中、2イニング1安打無失点の好投を見せると、その後もカムストックの快投は続き、6月末まで4勝0敗・防御率1.82、与四球もたったの6。それでも、本人のコメントは至って謙虚である。

「ファームで投げるのは屈辱じゃないかって? いや、もしもサンチェに不測の事態が起きて一軍から呼ばれたとき、準備ができていないなんて、プロとして最も恥ずかしいことだからね」(『週刊ベースボール』1986年5月12日号)

 また、それ以前にはこうも述べている。

「ボクが上に行くということはつまり、サンチェが通用しないか、あるいはケガ、またはクロマティに何かあったときじゃないか。今のチームのことを考えたら、ボクは一軍へ上がっちゃいけないんだ」(『週刊ベースボール』1986年3月24日号)

 事実、この時点で、サンチェはリリーフエースとして大車輪の活躍をしており、巨人にとってなくてはならない存在となっていた。その活躍が認められ、サンチェはオールスターゲームに監督推薦で出場が決まってもいた。セ・リーグを代表するストッパーとしてである。

巨人をクビに→阪神入団希望したが…

 しかし、そのオールスターゲームで事件が起こる。7月19日、後楽園球場で行われた第1戦、8回裏から登板したサンチェは2安打1死球の乱調、加えて5人目の石嶺和彦(阪急ブレーブス)に1球目を放った直後、マウンド上で右腕痛を訴え、突如降板してしまう。診察の結果「右上腕二頭筋疲労性筋炎」で全治2週間が言い渡され、登録抹消となったのだ。

 ここでようやく、カムストックの一軍復帰が決まったのである。

 復活登板は思いのほかすぐに来た。7月30日阪神戦(甲子園)。しかし“鬼門甲子園”のジンクスはやはり生きており、初回に阪神打線にいきなり捕まり、岡田の二塁打、佐野のタイムリーで3失点、4回でKOされてしまう。この6日後、8月5日の中日戦(後楽園)でも先発のマウンドに立つも、ここでも打ち込まれ、5回途中4失点で敗戦投手。16日の大洋戦(横浜)では、初めて中継ぎとして登板するが、ここでも打ち込まれ2失点KO。結果を出すことは出来ず、サンチェの復帰に合わせて二軍落ち、そのまま寂しくシーズンを終えた。

 86年シーズン終了後、巨人フロントから自由契約を通達されたカムストックは、日本球界でのプレーを強く望んだ。代理人のミヤサンドを通じて、本人は阪神への入団を希望する。阪神も関心を示したというが、まとまらず、結局、カムストックの日本生活は2年で終了。失意のうちに日本球界から去ることになった。余談になるが、このとき阪神が獲得した外国人投手が、その後、4年にわたって日本で活躍するマット・キーオである。

メジャーで5シーズン投げ続けた

 帰国直前のことである。同僚であるクロマティは、カムストックの労をねぎらおうと、食事をともにしている。ささやかなフェアウェルパーティのつもりだったのだろう。クロマティの自伝にはこうある。

《俺は彼を友達だと思っていた。だから帰国直前に、サヨナラの意味で『ニックの店』で一緒にチキンスパゲッティを食べた、それから握手して幸運を祈った》(『さらばサムライ野球』講談社文庫)

 このとき、クロマティがどの程度、真剣にカムストックの幸運を祈ったかわからないが、米球界復帰後のカムストックは、まず3Aフェニックスで4勝2敗2S、防御率2.77の成績をあげると、5月にはメジャーに昇格。サンフランシスコ・ジャイアンツと契約を結ぶ。

 5月29日のエクスポズ戦で初登板。そこから2勝1Sの成績を残すも、7月に3対4の交換トレードでサンディエゴ・パドレスに移籍する。ここでもメジャーリーグのマウンドで投げ続けた。

 89年途中にシアトル・マリナーズに移籍すると、かつてロッテ・オリオンズに在籍した経験のあるジム・ラフィーバー監督の信頼を勝ち取り、中継ぎの柱として活躍の場が与えられた。90年には7勝4敗2S、防御率2.89をマークするなど、中継ぎの柱として、1991年まで現役を続けたのである。

 米球界復帰後、カムストック自身は次のように述懐している。

「日本でビックリしたのは野球のレベルの高さだよ。来日前に予想していたものより、はるかに高かった。ボクが見た日本のプレーヤーで、メジャーで通用しそうなのをあげると、まずカケフ(掛布)だな。おそらくナンバーワンプレイヤーだろう。(中略)シノズカ(篠塚)、キヨシ(中畑)、カープのタカハシ(高橋)も大リーグでやれるんじゃないか」(『週刊ベースボール』1988年1月16日号)

 MLBにおいて、今や日本人メジャーリーガーの存在はなくてはならないものとなったが、カムストックの日本球界における苦労と、米球界復帰後の些かの活躍は、30年早く、そのことを立証していたのかもしれない。

<全3回/第1回、第2回から続く>

文=細田昌志

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