2018年7月の西日本豪雨で大きな被害を受けた倉敷市真備町。発生から丸4年経った2022年、復興は大きな節目を迎えました。被災者のために建設された県内8カ所の仮設団地から全員が引っ越し、すべて撤去されたのです。

とはいえ、被災者の暮らしが以前のように戻ったわけではありません。今も最前線で被災者を支援する「倉敷市真備支え合いセンター」で、被災者の“心のケア”について聞きました。

■今も感じる孤立感

倉敷市真備支所の中にある「真備支え合いセンター」は、西日本豪雨から約3か月後の2018年10月に設置されました。市から委託された社会福祉協議会が運営しています。

“見守り連絡員“が被災世帯を訪問し、”炊き出しの情報“や”家の再建に向けた制度の紹介“など、被災者の生活全般の相談に応じてきました。不安を抱える被災者の話し相手になる事も仕事の一つ。多い時には被災した約5800の世帯を、有期雇用も含めた約50人の連絡員で訪問しました。

4年経った現在も、支え合いセンターのスタッフ5人が、約40世帯を継続的に訪問しています。

(真備支え合いセンター・山下雅光さん)
「今も訪問しているのは、“孤立のリスクの高い人”です。町外に移ったものの、その地域になじめない、孤立しているという人がいます」

建設型の仮設団地は全て撤去されましたが、民間の賃貸住宅を借り上げた、いわゆる「みなし仮設」で暮らす人は、2022年10月末現在、7世帯17人います。場所は真備町だけでなく、倉敷市内各地に分散しています。また、住んでいた場所に家を再建しても生活に不安を抱えている人がいて、山下さんたちはそうした世帯を今も訪問しています。

■絶たれたつながり

のどかな田園風景が広がる倉敷市真備町。

(真備支え合いセンター・山下雅光さん)
「全国のボランティア団体の方と話をすると、『真備は(被災後に)戻ってくるのが早いね』と言われます。地元への愛着が強い人が多いのでしょう。元々近所付き合いが多い地域だっただけに、被災後、人のつながりが減って、寂しい思いをしている人がいるようです」

町を離れ、新しい環境で暮らす人には、地域の民生委員を紹介するなど、支え合いセンターのスタッフが橋渡しをしています。一方で、「災害の体験を共有できない」事がストレスになるのでは、とも感じています。

(真備支え合いセンター・佐藤大那さん)
「今でも災害の時の話をする人はいますが、話す相手がいないと、抱え込んでしまうのではないでしょうか」

水が迫ってくる中、屋根の上で何時間も救助を待った真備町の人たち。辛かった思いを人に話せば、心が軽くなります。センターのスタッフは、時に1時間、2時間と被災者の話を聞きます。

■住み慣れた町も変化

真備町では、今も幹線道路が通行止めされ、あちこちで復興工事が進みます。町が「きれいになった」という人もいれば、「景色が変わってしまった」という人もいます。家を再建し、住み慣れた場所に戻れたとしても、以前と同じ暮らしが待っているとは限りません。

(真備支え合いセンター・山下雅光さん)
「例えば、30世帯あった地域が3〜4世帯になって、仲のいい人がいなくなり、寂しいという人もいます」

世帯が減ったため、ゴミステーションの管理が決まっていないなど、町内のルールが整備されておらず、コミュニティが維持できない問題も抱えています。一度、無くなってしまったコミュニティを元に戻すことは困難です。

■少しでも心の支えに

被災者それぞれが今も抱えている不安な思い。真備支え合いセンターでは、少しでも心の癒しになればと、これまで支援した約5800世帯すべてに、季節ごとに絵手紙を送っています。手紙には「困りごとがあればセンターへ」と書き加えています。

(真備支え合いセンター・山下雅光さん)
「白黒ではない絵手紙にホッとするそうです。中には額を作って絵手紙を飾ってくれる人もいます」

心の復興には時間がかかる、まだまだ先は長いと話す山下さん。

(真備支え合いセンター・山下雅光さん)
「被災者の生活の再建までは、しっかりとお手伝いさせていただきます」