いまや、多くの人が耳にし、幅広い意味で使われるようになった “推し活”という言葉。“推し”である好きなコンテンツのイベントに参加したり、グッズを集めたり、ファン同士で交流したりとさまざまな活動を行うことで、その経済効果は約7000億円とも言われている。こうしたことからも、推しを提供する企業側にとっても推し活を捗らせる手段を持つことは、ファンとのつながりを強めるために必須と言えるだろう。

そんな“推し活”を盛り上げてくれるのが2023年4月にサントリー食品インターナショナル株式会社がローンチした「TAG LIVE LABEL(タグライブラベル)」。企業が簡単にオリジナルラベルをつけた缶飲料を作れるというもので、その利便性から既に60社以上の団体に導入されている。どういったきっかけでこのサービスが生まれたのか?サントリー食品インターナショナル株式会社 ジャパン事業本部 イノベーション開発事業部の高橋大樹さんに話を聞いた。

■想定ターゲットと違う層にヒットした「TAG LIVE LABEL」の前身事業
高橋さんが所属している「イノベーション開発事業部」では、飲料をメインテーマとした新規事業の開発を行っている。

「2018年9月に立ち上がった部署なんですが、既存商品の新商品開発とは別に、自分たちが得意とする飲料を念頭にしつつも、これまでとは違う新しいことをやっていきましょうという部署です。たとえば、2023年2月にスタートしたプロジェクトに『minel(ミネル)』というものがあります。“水道水を天然水のようにおいしい水に変えよう”というコンセプトで開発したペットボトルキャップで、これを取り付けることで、ペットボトル内に入れた水道水の塩素臭さを取り除いて、まろやかな味わいにしてくれるというものなんです。飲用水としてミネラルウォーターを購入されている方は多いと思いますが、ペットボトルって取り扱いに不便なこともありますよね。特に2リットルのものだと買いに行くのも大変ですし、ストックするのも捨てるのも場所をとる。でも、minelではインフラできている水を使って、キャップをひねるだけでおいしい水にできます。おいしさと利便性を兼ね備えた商品として開発しました」

斬新なアイテムだが、どこから着想を得たのだろうか?

「2020年ころに企画を立て始めました。ちょうどプラスチック問題が取り沙汰されるようになったころでした。プラスチックやペットボトルがお客様から選択されない未来がきたときに、僕らのビジネスは大きな打撃を受けることになります。そうしたときに変わるような商品を作れないかということで考えたのが最初のきっかけです。飲料もいろいろありますが、まずは僕らの一番身近にある“水”にフォーカスをしていこうということで考えていきました。もちろん、最初からminelの形に行き着いたわけではなく、さまざまな検討を重ねていってこの形になりました」

高橋さんはイノベーション開発事業部のスタート時から配属されており、多くの新規事業に関わっている。同時に複数のプロジェクトを抱えることも珍しくないそうで、どうやってアイデアを出しているのだろうか?

「いろいろな方法がありますが、minelのように問題に対しての解決策を考えていくというやり方もありますね。お客様の満足していない部分をどうやって解決していくのか。嗜好品であればもっとより特別感をどうやって持たせるのかというような発想になるんでしょうが、飲料は日常に近いものなので、ネガティブな要素をいかに取り除けるのかというところに、イノベーティブな種があると思っています。TAG LIVE LABELには前身となる『TOUCH-AND-GO COFFEE(タッチアンドゴーコーヒー)』があるんですが、これも同じような手法で立ち上げた事業です」

TOUCH-AND-GO COFFEEは2019年6月に東京・日本橋に開店したコーヒーショップ(2021年8月に閉店)。ボトルのラベルや味わいを自分好みにカスタマイズしたコーヒーをLINEから注文・決済する。予約時間になったら店内に設置されたコーヒー用のロッカーから注文したコーヒーを取り出せるという、全く新しいビジネスモデルでスタートした店だ。

「これは“朝のコーヒーショップにできる行列”を解消する方法を考えたところから始まったんです。忙しいのだけどコーヒーを楽しみたい。そんな人たちに向けて、自分好みのコーヒーを選べるのにすぐに受け取れるという、二律背反することを成立させるサービスということでスタートしました」

目論見どおり、オープン当初は日本橋周辺のオフィスワーカーたちが来店。来店して10秒でコーヒーを手に帰っていくという様子が見られたという。

「狙った感じに行った!と思っていました。ところが、開店1週間すると店内の様子が一変していたんです。客層がまるっきり変わっていました。若い女性客が圧倒的に増えて、コーヒーを受け取ったあと、写真を撮っている様子が多く見られました。誰もタッチアンドゴーしていなくって、店舗にとどまっている。当初思い描いていた店舗周辺のオフィスワーカーとは全く違う層の方たちにウケるようになっていたんですね。お客様たちはいわゆる“推し活”の一環としてコーヒーを楽しまれていました。ラベルに名前や日にちを入れられるようにしていたんですが、そこに自分たちの“推し”の名前や誕生日などを入れたりして楽しまれていたんですね。TOUCH-AND-GO COFFEEでは毎朝5時にその日の注文予約をスタートしていたんですが、すごいときには10分で枠が全部埋まるくらいでした」

予想外のターゲット層にヒット。今後TOUCH-AND-GO COFFEEをどうしていくか、高橋さんたちはかなり悩んだそう。

「コロナ禍もあってお店を閉める期間もあったりして、どうしたらオフィスワーカーを取り戻せるのかと随分検討しました。“推し活”ブームが一過性のものにすぎないのでは?という懸念もありました。ただ、オフィスワーカーの方たちにTOUCH-AND-GO COFFEEのコーヒーについてヒアリングしていくと『1週間頑張ったご褒美に買っている』という声があったんです。味わいもラベルも全部カスタマイズできて、ボトル自体も分厚くてリッチな感じなので、日常的なものというよりも特別なものとして捉えられていたんですね。そこで、大きくコンセプトを変えていこうということになりました」

そうして生まれたのが「TAG COFFEE STAN(D)(タグコーヒースタンド)」。推し活によりぴったりなものにするため、ラベルカスタマイズのバナー部分を4000種類用意したという。

「“推し”のオフィシャル画像があればそれでいいわけですが、そうでない場合はお客様の想像で“推し”のためのコーヒーとして成立させているんですよね。推しメンのカラーだったり、モチーフだったり。お客様の妄想がはかどるようにバナーを多く用意して、テキストも配置できるようにしていきました。その結果、Instagramを中心としたSNS上でも楽しく使っていただいています。現在全国で8店舗展開していて、今年(2024年)も店舗を増やしていく予定です」

TAG COFFEE STAN(D)を立ち上げるにあたって、難しかったことはあるのだろうか?

「TOUCH-AND-GO COFFEEはモバイルオーダーで、非接触型受け渡しでと、当時最先端のことをやっていたので、ビジネスモデルの開発には随分と苦労しました。しかし、TAG COFFEE STAN(D)はTOUCH-AND-GO COFFEEでやっていたことをスリム化していく形で作っていったんで技術的な苦労はなかったですね。TAG COFFEE STAN(D)はサントリー直営ではなく、外部の運営会社に委ねるために、TOUCH-AND-GO COFFEEでやっていたモバイル決済はやめて、店舗で決済してもらうようにしています。オンライン上でラベルカスタムをするとQRコードが発行されるので、それを持って店舗で注文と決済をしてもらうという形です」

では、TAG COFFEE STAN(D)からTAG LIVE LABELに、どうつながるのだろうか?

「前置きが長くなりましたが(笑)、TOUCH-AND-GO COFFEE、TAG COFFEE STAN(D)とカスタムの主体はエンドユーザーになるお客様です。カスタムを事業者側が主体となることができれば、もっと喜んでくださる方が増えると考えました」

■大事なのは「拡張性を持たせる」「変化をいとわない」「あきらめない」こと
「TOUCH-AND-GO COFFEEからスタートした事業で一貫して僕たちが考えていることとしては『画一的な清涼飲料水をカスタマイズすることでお客様に楽しんでいただこう』ということです。ひとつのマスブランドでは捉えられないお客様のニーズもあると思います。エンドユーザーではない、コンテンツを持っている企業の方にラベルカスタマイズができるサービスを提供したらもっとおもしろいことが起きるのでは、という考えがTAG LIVE LABELにつながりました」と語る高橋さん。TAG LIVE LABELのシステム作りもTOUCH-AND-GO COFFEE やTAG COFFEE STAN(D)での学びが活かせたため、苦労が少なかったという。

「TAG LIVE LABELの構成要素は3つです。まずはお客様が簡単にラベルのデザインをできるシステム、それからラベルプリンター。そして専用のラベルレス商品、となるわけですが、デザインシステムとプリンターはTAG COFFEE STAN(D)のものを流用できています。ドリンクは缶飲料なので、これを作るのは簡単なことです。難しいことをしていくというよりは、よりサービスとして広げるために拡張性を持たせてスリム化していったという形ですね」

TAG COFFEE STAN(D)では、ラベルシールははがさないことを想定していたが、TAG LIVE LABELでははがせるステッカー仕様にし、よりラベルに価値があるものにしている。

「どんなものをラベルに印刷するかはお客様の自由です。さまざまな団体に導入していただいていますが、たとえば北海道の円山動物園ではアジアゾウの赤ちゃんが生まれたときにTAG LIVE LABELで生まれた子ゾウの写真と誕生日をラベルにしたものを出されていました。動物園にあるグッズって同じものになりがちで、飼育されているそれぞれの個体に対してのグッズはなかなかありません。それに生まれてグッズにしようとしても作るのに時間がかかってしまいますよね。それが、TAG LIVE LABELならその個体に対してのグッズがすぐに作れます。スポーツチームでは、その日の得点シーンを印刷して試合終了後に販売したり、誕生日の選手がいたらその選手のラベルで販売したりと、ファンとのコミュニケーションにうまく活用していただいていますね」

缶飲料のデザインがアニメ作品とコラボしているものというのは過去に例がある。しかし、缶に直接印刷されたものだと大量ロットでの製造になるため、普通はさばけないそう。「既存のビジネスではネックだった部分を解消できたのも評価されている理由ですね」と高橋さん。

普通はどんどんサービスを増やす方向に展開していきそうだが、最初に作られたTOUCH-AND-GO COFFEEからどんどん機能を削ぎ落とす形でビジネスを展開しているTAG COFFEE STAN(D)、そしてTAG LIVE LABEL。この展開はサントリー内でも珍しい。変わることをいとわない姿勢が、事業が発展していったキーなんだそう。

「ローンチするときは『これだ!』と思ってスタートするものです。最初に出したものが一番いい、それが素晴らしいとい思いがちですが、それは違います。サービスは変わっていくもの。変化をいとわない。その共通認識で新規事業を展開していっています」

もともとTOUCH-AND-GO COFFEEは実験店舗としてスタートしていたという。想定ターゲットがついてこなかったことから単純に事業をたたむこともあり得たはず。しかし、「必ず道は開ける」という粘り強い精神がTAG COFFEE STAN(D)とTAG LIVE LABELにつながっていった。

「アイデア段階でボツになることはたくさんあります。しかし、イノベーション開発事業部でたたんだプロジェクトってないんです。一度ローンチしたものについては、想定どおりにいかなくても、そこから得られる学びをどう活かしていくか粘り強く考えて、簡単にあきらめないというのがあります。TAG LIVE LABELもさらに展開していけたらと思っています。もっとライブ感やモーメントという価値をみんなで共有できるお手伝いをしていきたいですね。今年は導入例300件を目指しています!」

ラベルの使い方は導入会社側に委ねられている。もしかすると、さらなる“予想外”が発生するかもしれない。推し活をしながらどんなアイデアが飛び出すのか楽しみにしたい。

この記事のひときわ#やくにたつ
・問題解決のための発想がアイデアの入り口になる
・導入のしやすさと機能性のバランスが大事
・一度始めたら簡単にあきらめない

取材・文=西連寺くらら