プール型の大きな水槽の中を自由に泳いだり、岩場でたたずんだり。東京都墨田区のすみだ水族館には現在、56羽のマゼランペンギンがいる。ペンギンは人間のように社会性を持つといい、個性も豊か。水槽横にはペンギンの関係性や特徴を伝える「すみだペンギン相関図」が展示されている。いくつもの矢印がいろいろな方向に伸びる“ややこしくてかわいい”相関図が誕生した背景や水族館の企画・運営について、同館企画広報チームの大橋諒さんに話を聞いた。

■ペンギンの「個」に注目
――初めに、「すみだペンギン相関図」が誕生したきっかけを教えてください。
【大橋諒】2018年にペンギンたちのInstagramを開設したり、人気投票をしたりする「LOVE推しペン超選挙」を行いました。「マゼランペンギンを見に行こう」ではなく、「このコが気になる」というのを入り口に、結果的にマゼランペンギンを見に来てもらえたら、というアプローチで進めた施策です。そのなかで公開した、ペンギンの相関図が人気だったので、翌年は相関図を制作することになりました。毎年アップデートを繰り返し、「すみだペンギン相関図 2024」で6回目です。

――いろいろな生き物がいるなかで、ペンギンだった理由は?
【大橋諒】すみだ水族館には約260種の生き物がいますが、群れではなく一頭一頭、一羽一羽に名前を付けて個体管理をしているのはオットセイやペンギンなど一部です。以前から飼育スタッフがペンギン1羽1羽の健康管理に向き合うために行動記録や特徴、関係性などのそれぞれの個性をまとめた「履歴書」のようなものをつくっていて、それをお客様にもわかりやすい形で紹介したらおもしろいのではないかと考えました。

【大橋諒】また、相関図は関係性がたくさんないと成り立ちづらいと思います。ペンギンは仲良しコンビみたいな、人間の友達に近い関係性もおそらくあって、ずっと1羽で泳いでいたペンギンにやっと気をゆるせる相手ができたり、若いペンギンが年長のペンギンのマネをしたり。繁殖関係だけではない多様な関係性があるんです。

――日々、どのような観察や記録を行っているのでしょうか。
【大橋諒】たとえば、すみだ水族館では、ペンギンのゴハンの時間を営業時間中に行っています。そのときに飼育スタッフがペンギンの名前を呼ぶんですね。それは「おいで」という意味ではなく、どの個体がゴハンを食べたのかをほかの飼育スタッフに伝えるために行っています。そうやって日々管理してまとめた情報は、新しいスタッフが来たときの引き継ぎなどにも使っています。

【大橋諒】すみだ水族館には「わたしたちのやくそく」という行動指針があって、そのうちのひとつに「わたしたちは、いきものの一生を見守ります」というものがあります。飼育スタッフは生き物の体調の変化や、ペンギンなら恋愛や繁殖などの機微にいたるまで、すごく細かく観察をしていて、相関図に出しているのは、そのごく一部です。

■“ややこしくてかわいい”相関図の工夫
――複雑な夫婦関係などもキャッチーに描かれています。何か意識していることはありますか?
【大橋諒】ペンギンはペアになると一生添い遂げるといわれることもありますが、やはり生き物なのでいろいろなことがあります。それを人間の目線でおもしろおかしく伝えるのではなく、興味を持ってもらうにはどうすればいいのか、というのは意識しています。

【大橋諒】たとえば最新の相関図で、ペンギンのバジルとピーチは「ついに関係解消」に。これまで何があったのかも「あらすじ」として伝えています。人間で「離婚」というとネガティブに感じる方もいらっしゃると思いますが、生き物として「関係解消」は前向きなことかもしれません。離婚ではなく関係解消とするなど、言葉遣いにも気を使っています。

――事実と異なる言葉は使わないようにしている?
【大橋諒】それもありますし、本来伝えたいことがねじ曲がって伝わらないよう、過度に人っぽく扱うことは避けています。たとえば生き物は喋らないので、イラストの場合を除いて、吹き出しを使って生き物が喋っているようなエフェクトも使いません。わかりやすい表現かどうか、生き物の情報を正確に伝えられているかどうか、真面目すぎないかなど、いろいろな視点から表現を考えています。生き物に関心をもっていただくために共感を得るため、本質や大切にしている想いを伝えたいと思っています。

――ちなみに、ペンギンの夫婦関係は自然と生まれるものなのでしょうか。
【大橋諒】お見合いのように同じスペースで2羽で過ごしてもらったり、すでに盛り上がっているカップルの近くに初めましてのペンギンに棲んでもらったりと、飼育スタッフは試行錯誤してきました。ペンギンからアプローチして結ばれるパターンもあれば、飼育スタッフが引き合わせた結果、うまくいったというパターンも。それも人間味があっておもしろいですよね。すみだ水族館では11年連続でペンギンの赤ちゃんが生まれていて、今年(2024年)もまた幸せなニュースをお届けができるといいなと思っています。

――相関図では飼育スタッフとの関係性も描かれています。人間も相関図にいると親近感が増しますね。
【大橋諒】当館では「近づくと、もっと好きになる。」というコミュニケーションコンセプトを掲げています。館内のアクリルガラスを極力少なくするなど、物理的に近いだけではなく、飼育スタッフとお客様など心理的な距離も近づくといいなと思っています。そういう思いを体現化するためにも、相関図には飼育スタッフにも入ってもらっています。

【大橋諒】ペンギンたちの暮らしを伝えるうえで飼育スタッフは不可欠な存在です。飼育スタッフとの関係性も合わせて伝えることで、よりペンギン相関図の世界観に浸っていただけるのではないでしょうか。この相関図を見ることで、お客様同士の距離も近づくとうれしいですね。

■ペンギンのファンは「確実に増えていると実感」
――Webコンテンツ「ぺんたごん」と「推しペン診断」について、各サービスの概要と開発した理由を教えてください。
【大橋諒】ペンギン相関図を見ていて気になるコがいたら、カラーバンドの色で見分けることができます。一方、水槽で気になるコを見つけても、相関図上で探すのは大変です。そこで気になったペンギンがどのコかわかるようにと作ったのが、バンドの色で個体識別ができる「ぺんたごん」です。カラーバンドの色をタップすると、ペンギンの名前や特徴を知ることができます。

【大橋諒】「推しペン診断」は質問に答えることで、自分に近い、つまり「推しペン」を見つけられるコンテンツです。ペンギンたちに個性があるというところから、自分と重ね合わせることで親近感を持ってもらえるのではないかと考え、診断コンテンツなどを手がける会社に相談して作りました。以前すみだ水族館では、面談のときに「推しペン診断」の結果を見ながら「あなたはこのペンギンなんですね」と話していた時期もあります。

――相関図ができたことで、来館者の楽しみ方に変化はありましたか?
【大橋諒】「ペンギンの◯◯というコが気になる」とおっしゃっていただくお客様は増えていて、そこから派生して、会員制ファンクラブ「すみだペンギンファンクラブ」をアプリ上で開設(現在はサービス終了)しました。さらに派生して、会員制サービスを飛び出してオープンなコミュニティをめざし、すみだ水族館のペンギンのファンの方に「羽毛さん」というファンネームをつけて、「#羽毛さん日誌」というハッシュタグでSNSへの投稿をお願いしています。

――「羽毛さん」の由来は?
【大橋諒】いくつか候補があるなかから、ファンの方と一緒に決めました。ペンギンがまだ赤ちゃんのころは、フワフワの羽毛で体を覆われています。「ペンギンたちを守る存在」というところから「羽毛さん」になりました。

【大橋諒】「#羽毛さん日誌」で検索してみると、スタッフもびっくりするようなペンギンたちの一瞬を捉えた写真がたくさんあります。水族館でイベントを開くと遠方から新幹線でいらっしゃるお客様もいて、すみだ水族館のペンギンたちを愛していただく方は確実に増えていると日々実感しています。

――今までに印象に残っているエピソードを教えてください。
【大橋諒】すみだ水族館のペンギンが好き、という共通項から親密になった方がいらっしゃるそうです。好きなものを通じて本当に距離が縮まったということで、水族館としてはとてもうれしい出来事だと思いました。

■ネガティブな要素を強みに変える
――一般的なイベント企画と水族館のイベント企画。違う点や特徴はありますか?
【大橋諒】水族館は生き物について伝えるという役割があります。それと同時に、お客様に楽しんでいただく場所でもあるので、そのバランスは意識しています。展示品を見せる展示会との違いは、やはり生き物なので、常にドラマが起きているということです。また、すみだ水族館は展示空間がつながっていることもあり、撮影や夜間作業も生き物に配慮して行う必要があります。

――“うまくいく水族館運営のコツ”を教えてください。
【大橋諒】そんなものがもしあれば……(笑)。当館の運営についてお話しすると、すみだ水族館は延床面積7140平方メートルと、それほど広くはなく、生き物の種類も多いほうとはいえません。ただお客様にいかに感動や楽しみを届けるのかということは試行錯誤しています。バックヤード機能を表に出すことで、クラゲの繁殖やペンギンのゴハンを準備する様子を見せるなど、工夫をしています。「狭い」という一見ネガティブな要素を、「まとまり」や「一体感」という強みにいかに変換するのかを常に考えています。

――「近づくと、もっと好きになる。」というコンセプトも、そういう工夫から生まれたものでしょうか。
【大橋諒】開館以来ずっとコミュニケーションに重点を置いてきました。お客様に何かしらの好きという気持ちをもたらしたい。しかし好きになってもらうことはなかなか難しい。そこで好きになってもらうためのアプローチのひとつとして、「距離が近づくことは、好きに近づくのではないか」という仮説を立てて、「近づくと、もっと好きになる。」というコミュニケーションコンセプトが生まれました。

――「近づく」ために、ほかにはどのような工夫を行っていますか?
【大橋諒】館内は自由導線で、小さなお子様が下からも鑑賞できるよう、水槽はなるべく360度から見えるようなハードづくりを心がけています。ソフトの面では、たとえばコロナ禍で休業をしていた時期には、「緊急開催!チンアナゴ顔見せ祭り!」というオンラインイベントを行いました。チンアナゴは警戒心が強い生き物で、館内にお客様がいないという慣れない状況になり、巣穴から出てこなくなったんです。そこでチンアナゴを見てもらうためではなく、人の顔をチンアナゴに見せるために行いました。世界中から延べ100万件以上の着信があり、時代にあったアプローチができたからこそ共感いただけたのではないかと思います。

【大橋諒】すみだ水族館は「公園のような水族館」を目指していて、散歩コースのひとつとしてただ歩いて帰るお客様や、飲み物を飲みに来ましたというお客様もいらっしゃいます。毎日のようにいらっしゃるお客様もいて、そんなふうに自由な使い方をしていただけるとうれしいです。

この記事のひときわ#やくにたつ
・ネガティブな要素を強みに変える企画を立てる
・特性を捉えた上で、伝え方を考える