今年3月に投稿されたある青年の半生を収めた動画に反響があり、「こんな、ドン底からの起死回生が…」「短編映画をみたかのような感動」「泣ける…」など、衝撃の声が寄せられている。投稿したのは、厚い胸板と隆々とした上腕、バキバキに割れた腹筋を持つSINGOさんだ。筋肉美を競うボディ大会に出場し、パーソナルトレーナーとして働く彼は、かつて、大ケガを負ったこと、そして、体型に起因するいじめに苦しんでいたことを公表した。事故で生死をさまよい、貧弱だった少年は、いかにして激変人生を手に入れたのか。SINGOさんに話を聞いた。

■心身ともに崩壊した10代 劣等感で心が圧し潰されそうだった

――今の筋肉質な身体からは想像できませんが、投稿では、10代の頃、体型によるいじめがあったことを公表されました。

「もともと細身の体型がコンプレックスでした。小・中学生の頃って、悪意なく外見をいじったりしますよね。当時は“いじめ”ではなかったけれど、痩せていることを冷やかされることで、体型に劣等感を持っていました。そんな中、高1で大けがをして、それを機に一時期、病的なくらいガリガリになってしまって。身長170cmで体重は30kg台でした。その後、体重は45kgまで戻るんですが、大学入学後に、明らかな“いじめ”を受けるようになりました」

――まず、ケガについてお聞かせください。高校1年生のケガは、肝臓破裂で生死をさまようほどの重症だったとか…

「サッカー部の試合中にゴールキーパーと正面衝突し、キーパーの膝が腹部に強く食い込んで。息ができないほどの痛さを感じたあと、気がついたら病院のベッドの上でした。グラウンドで意識を失っていたそうです」

――試合中の事故とはいえ、壮絶です…

「当初は、『肋骨が折れた』という診断で、迎えに来た父と退院の手続きをしていると、再び息苦しさと腹部の痛みで立ち上がれず、また意識を失って。次に意識が戻ったときは、別の大きな総合病院のICU(集中治療室)で、すでに手術が終わっていました。あとで、『肝臓破裂、肝機能は1割しか残っていない。生きているのが奇跡』と聞かされました」

――そして、体重が30kg台に。

「入院中は食事も水分も摂れなくて点滴だけ。2週間寝たきりで筋肉もなくなり、まさにガリガリでした。その後、半年間のリハビリでケガは完治し、高校3年生のときにはサッカー部の選抜でAチームのメンバーに選ばれるまでになったんですが、体重は45kg以上増えませんでした」

――その後、大学入学とともに体型を原因とした“いじめ”が表面化するように。

「高校を卒業後、サッカーの強い大学に進学しました。全国から上手い選手が集まって来て、部員だけで約500人。選手層も厚く、レベル分けでは下のチームに振り分けられました。それでもサッカーが上手くなりたくて練習をしていると、体が細い分、頭が大きく見えるので『ボウリング玉、ウニ頭』などと、悪意のあるからかいを受けるようになりました。こっちが避けても同じサッカー部ですから、どうしても練習時間には顔を合わせることになるし、本当に毎日が地獄でした」

■隠れて通ったジム「ガリガリがトレーニングしている姿が惨めで恥ずかしい…」

――どんな気持ちで日々を耐えていたんでしょうか。

「いじられるのが耐えがたく、逃げ出したくなるほど部活に行くのが辛い時期がありましたが、辞めることはできませんでした。高い学費を払ってもらっていることもありましたが、大切な家族を悲しませたくなかった。実は、高校時代、ケガから復帰した直後に、母を失っていて。朝の3時頃、父親の叫び声で寝ていた僕と姉は目が覚めて、父のもとに駆け付けると、風呂場で母が倒れていました。くも膜下出血でした。当時、自分が助かった分、母が身代わりになってくれたのでは…と思い、自分を責めた時期がありました。ただ、その後は祖母が母の代わりに育ててくれ、周りの方にも支えられ、家族みんなで母の死は乗り越えることができました。今も、本当に幸せに育ててもらえたと感謝しています」

――そうだったんですね…。

「高校時代、ケガや母の死を乗り越えたものの、その一方で、大ケガ後も自分の細い体に対する劣等感は消えず、常に自信がなく『自分はしたかない』とあきらめていました。そんなコンプレックスだった体型に対して、悪意のある“いじり”が始まったことで、どんどんネガティブになり、メンタルはボロボロでした」

――体型のコンプレックスやからかい、“いじめ”を周囲に相談することは…

「ありませんでした。それまで、からかいも“いじめ”もすべて、苦笑いしたり『なんだよ〜』なんて返して、仲良しがじゃれ合っている感じに見せていました。周りの誰かが見て『いじめられている』と受け取られることは、“いじめ”と同じくらい耐えがたかったので、誰にも言えませんでした。そうしないと、自分がどんどん追い込まれると思っていました」

――そのような状況からどのように脱していくのでしょうか。

「大学3年生になった頃、サッカー部内で筋トレメニューが組まれました。ガリガリの僕は周りに全くついていけず、恥ずかしくて逃げ出したくて仕方なかった。ただ、それをきっかけに、ちょっと勇気を出して筋トレをやってみようと思いました」

――それまでは筋トレで鍛えることを考えなかった?

「ガリガリの僕が筋トレを始めたら、それこそ“いじめ”の対象になると思っていたし、そもそも力がないので筋トレが大嫌いでした。どんだけ食べても体重は増えにくく『自分は体質上筋肉がつかないし太れないから仕方ないんだ』と、何もせずに諦めていました。でも、この頃は、本当に何もかもが辛く、わずかな可能性でも変われるチャンスがあるなら、と。でも、最初はガリガリがトレーニングしている姿が惨めで恥ずかしくて、ジムで人がいない時間を見つけて行っていました。知り合いが来たら、すぐにジムから出て。そんなことを繰り返していました」

――そこから逆転劇が始まるんですね。

「そんなに甘くありません(笑)。筋トレを始めてから、余計にいじられることも増え、馬鹿にされ、心身共に限界で何度も挫折しました。今思い返すと、そうした連中は、僕と同じレベルの部員たちで、トップレベルの部員はいませんでした。彼らも僕同様に、高校までは『サッカーの上手やつ』だったのが、『下手なやつ』になり、劣等感やストレスを抱えていたのかもしれません」

■筋トレ後に変化した周囲の評価と内面「体を変える過程が自分自身を強くした」

――“いじめ”がエスカレートする中、トレーニングを重ねた?

「自分を変えたい、その強い気持ちが僕を動かし続けました。どれだけ恥ずかしくても辛くても継続することだけはやめませんでした。継続していたら、どんどん体の変化が出てきて、いつの間にかサッカーそっちのけで筋トレにのめり込んでいました」

――筋トレを続けたことで、周囲とご自身にはどのような変化がありましたか?

「体が変わり始めて周りからはいじられることが減り、褒めてもらうことが増えるようになっていきました。ずっといじられてきた体型が褒められる。それがとても嬉しく、もっと変わりたい、もっと周りの人から褒められたいと思うようになり、筋トレがどんどん楽しくて仕方なくなっていきました。そして5年経って今では自分に自信を持てるようになり、自分を好きになることができました。まだまだ体に悩みはあるし、理想には程遠い。周りと比べればまだまだ細い方ですしいまだに細いって言われることもあります。それでも一度死にかけて30kg台まで痩せた僕が、今の体まで変われたのはすごい自信に繋がったし、ここまでの過程が自分自身を強くしたんだと思います」

――近年は「ルッキズム」など、外見に対する偏見や差別に厳しい目が向けられています。体型への「いじり」について、どのような想いがありますか?

「仲間うちの愛情があるいじりは、まだ受け容れられる範囲だとは思います。ですが、それでも外見のことを言われた相手が傷つくこと、劣等感を持つことを知って欲しいですね。軽い“いじり”でも、蓄積することによって、大きなダメージになることもあります。僕も心身ともに崩壊しかけた時期は、ただ人と話すだけで恐怖を感じる日々でした。人生なんてもうどうでもいいほどに追い詰められていました」

――そんなSINGOさんが、今では、筋肉のエキスパート、パーソナルトレーナーとして働いています。今後の展望をお聞かせください。

「僕は筋トレをして、ガリガリだった体を5年で大きく変えることができました。大学在学中に、食事やトレーニングについて勉強したことで、それを仕事にすることもできました。1人で悩みやコンプレックスを抱え、今の自分を1ミリでも変えたいと思っている人がいたら、トレーニングを通じてサポートできるようになりたいと思っています。心身ともに崩壊しても人生はいつからでも変えられる、と僕は信じています。今後も、パーソナルトレーナーとしての指導のほか、SNSを通じて筋トレ方法などの情報を発信していきたいと思っています」

(取材・文/福崎剛)