あけましておめでとうございます。
昨日からの地続きの今日なのに、「暦」というもののおかげで昨日は去年と言う名の過去になり、まっさらな新しい年の今日が始まる。

「暦」は、人間にとって精神、いえ生命維持装置の役割もあるんじゃないかしら。人類の叡智はなんて素晴らしいのだろう。

その叡智を集結させて戦争をなくすことはできないのだろうか。新年を迎え、ますますキナ臭くなるこの世界に絶望しかける時、私は一粒の希望の種をくれたある街に思いを馳せる。スイスの首都、ベルン。

相棒君がピアノ弾きで、彼のコンサートのために初めて滞在したのが、クリスマスから新年を迎える時期だった。
有名なベルンのクリスマスマーケットに行きたくて、到着するとすぐに夜の街に繰り出した。

霧が立ち込めたベルンの古い町並みは、静かで驚くほど暗かった。光に溢れた日本からやってきた私には、まるで中世の世界にワープしたよう。ほの暗い街灯を頼りに旧市街を歩いていると、広場の中に裸電球で控えめにライトアップされた市場を見つけた。

モミの木の枝で作られたアーチをくぐると、スパイスが効いたホットワインのワゴンの周りに人が輪を作っていた。
夜空の下で、大人も子供も思い思いにおしゃべりしたり、大きな声で歌ったり、とても楽しそう。

ソーセージの屋台や量り売りのハーブティー、蜜蝋のキャンドルを作るワークショップや手作りの楽器などのお店がいくつか。溢れんばかりのクリスマスグッズのワゴンが並ぶ、華やかなマーケットを想像していたので、あまりの素朴さにちょっと驚いた。

でもそこには子供の頃に憧れた絵本の世界のような、平和で清らかな美しさがあった。クリスマスと新年を迎える喜びを心から祝う、精神的な幸福感が溢れていた。質素、ともちょっと違う、静かな「意志」のようなものが感じられた。

その日から帰国するまで街をくまなく歩いたが、その印象は変わることはなかった。
世界遺産の旧市街だけでなく街全体がそうなのだ。決して貧しくないこの街の人々が、なぜここまで華美にならずに暮らしていけるのか。

次の年も、何のご縁か新年をベルンで迎えた。少し親しくなったベルンの知人にこの疑問をぶつけてみた。

15世紀に建てられたアーケードの中のお菓子のおいしいカフェで、彼女は「世界遺産に選ばれるずっと前に、私たちは選挙で〝これ以上開発はしない〟という道を選んだ。この街のDNAを守っていくと自分達で決めたの。元市長が提案した鍼治療方式で街と自然を維持していく道を」と教えてくれた。

スイス人から鍼治療と聞いて、キョトンとしている私を見て、日本人なら体でわかるでしょと笑った。
つまり、都市は変化し、劣化もしていくがメスを入れる(形を変える)事はせず、鍼治療のように、そのポイントをケアしながら問題を緩和させていくという政策らしい。

「私たちはもう充分に必要なものは持ってる。素晴らしいオーケストラも美術館も。アーケードの中には、ハロッズの食料品売り場顔負けのお店もある。

私たちは充分すぎるほど豊か。でもこの街のアイデンティティー、精神は自然と同じで、失ったら取り戻せないから」今まで、昔ながらの暮らしに感銘を受ける事はあったが、開発の波に飲み込まれてしまうのでないかという不安と背中合わせだったり、豊かさに慣れた自分には難しいと感じたり。でも、豊かさを享受しながら、便利さや発展を自分たちの意思でストップさせ、大切なものを話し合いながら守っていく。

それを実行している人達がいる。

クリスマスの夜に感じた「意志」はこの街のDNAそのものだったのかもしれない。もう充分豊かだ。本当に、そう感じることができるのだろうか。

私は小さなスタートだけど、まず自分の持っているものを数えてみた。
無いものはよく考えるけれど、逆はなかなか新鮮で愉快な作業だ。思わず吹き出してしまうものもリストに挙げた。中が足りてくると、外に求めるものも変わってくる。

形や命あるものはいずれ滅びるけど、問題を緩和させながらゆっくりと進むことはできる。わざわざ破壊する必要がどこにあるだろう。それに、人間だけの星ではないのだ。

「足るを知る」という日本人の素晴らしいDNAをベルン経由で学んだ次第。
あなたの大切な日常がいつまでも続きますように。

MISUZU KANNO
1966年、神奈川県鎌倉市出身。第47回紀伊國屋演劇賞 個人賞、第27回読売演劇大賞 最優秀女優賞を受賞。主な出演作に舞台「メアリー・ステュアート」「組曲虐殺」、映画「LOVE LIFE」「37セカンズ」、ドラマ「マイファミリー」などがある。


文/神野三鈴 撮影/枦木功[nomadica] ヘアメイク/奈良井 由美

大人のおしゃれ手帖2024年2月3月合併号より抜粋
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