VR(仮想現実)の技術が急速に発展し、ひとつの世界や空間に自分も入り込んだような「没入(イマーシブ)体験」が、ビジネスや教育分野にも広がってきた。リアルな体験の機会が減ったコロナ禍を経て、体験の価値をさらに高めることが求められているようだ。

事務機器大手・リコーが東京都内の研究拠点に設置した次世代型の会議室「リコープリズム」。5メートル四方の真っ白な室内には机もイスもない。社員がスマートフォンを起動すると、ふわふわした光が壁に映し出され、重低音の振動が体を揺らした。ピンクや青など色とりどりに変化する光の中で「何事も完全にしないと気がすまない」といった質問が投影され、壁に触れて回答していく。

アプリは目的に応じて複数用意されており、この時はチームのメンバーが互いの個性や性格について認識を深め、チーム力を高める目的で行われた。広報担当の加瀬梨沙子さんは「雰囲気づくりに役立った」と話した。同社システム開発担当の高野洋平さんは、コロナ禍を通して対面で会う機会の重要性が再認識されたと指摘。「いかに体験の価値を上げるかが重要になり、没入体験がチームの創造性を後押しする」と語る。

「イマーシブ」の名がついた新施設が3月に都内で開業するなど、没入感が注目されている。ニッセイ基礎研究所研究員の広瀬涼さんは、経験や体験に価値を見いだす「コト消費」、そのときその場でしか味わえない盛り上がりを楽しむ「トキ消費」の流れと分析。「能動的なエンタメとして没入感そのものの需要が高まっている」とみる。

エンタメに企業のPRや社会貢献を加味した工場施設見学でも「没入感」を意識したものが出てきた。

アサヒビールは1月に「スーパードライミュージアム」(茨城県)を刷新。原材料が空中に浮いて見える映像など「没入体験で製品へのこだわりをわかりやすく伝える」ことを目指した。担当者は「ファンを増やしたい」と語る。

「わさび漬」で知られる食品加工会社「田丸屋本店」(静岡県)の見学でも、来場者は温度や映像によってワサビ田にいたり創業当時の明治時代にタイムスリップしたりといった気持ちになれる。外国人観光客や子どもたちに好評だという。

没入感は、子どもたちの様々な体験にも活用されている。3月に開かれた英会話教室大手「ECC」のイベントでは、都心のビルの一室が北海道の雄大な自然に様変わり。参加した小学生らは「牛が来る」と楽しそうに英語で話していた。

開発した企業「フォレストデジタル」(北海道)は、外出できない小児病棟の子どもたちのために映像を投影したり、地域の魅力や観光情報を発信したりといった取り組みにも携わる。CEOの辻木勇二さんは「没入感を高める技術で誰もが幸せに暮らせる社会を実現したい」と話した。(読売新聞生活部 山田朋代、加藤亮)