イラストのフリー素材サイト「いらすと本舗」が大人気でサーバーダウン。ついに独走状態だった「いらすとや」の競合が登場? と思ったら、想定外の新興勢力でした。イラストのほとんどを描いているのは刑務所の受刑者たち。山口県の刑務所「美祢社会復帰促進センター」の刑務作業の一環として、イラスト制作が行われているそうです。

サイトを見ると、社会生活や日常生活、食べ物、歴史上の人物、神話、動植物など豊富なラインナップ。「幕末」カテゴリが充実しているのは、たまたまマニアがいたのでしょうか。

「犯罪者」「詐欺」のカテゴリは「泥棒」「自転車泥棒」「空き巣」「パソコン犯罪者」「詐欺に遭った老人」など細分化され、陰のある表情がリアルです。女性警察官のイラストもレベルが高く、思い入れが感じられました。

闇を感じさせる絵もありますが、「感情」カテゴリの「喜ぶ・楽しむ」コーナーのポジティブ感にホッとさせられます。

「人気のイラスト」コーナーは「注射器」(3Dデータ)、「カラオケする浮世絵女性」「岸田文雄」「土嚢」「UFOから降りてきた宇宙人」などがあり、ジャンルもタッチも多様性があります。この施設は刑期が短い受刑者が入るため、入れ替わりが激しく絵柄も一定ではないようですが、それが強みとも言えます。

元々は美祢市出身の漫画家・苑場凌氏が受刑者に絵の指導をしたのが始まり。最初は未完成だったり、クオリティーが低い絵だったりしたのが、苑場氏の丁寧な指導で受刑者たちもやる気を出し、漫画の背景画を描けるまでに技術が向上。それが「いらすと本舗」の開設につながったようです。

サイトのトップには「人に喜んでもらって」「必要とされ」ることで、社会復帰後に経験を生かしてほしい旨が書かれていました。サーバーダウンするほど必要とされた成功体験は受刑者の心の糧になることでしょう。スマホなしで長時間集中することでスキルが上がり、仕事の成果が出る……これは一般社会でも肝に銘じたいです。

木工や金属加工、縫製など、様々な刑務作業の中でも、楽しそうで体力的負担が軽いイラスト制作。丁寧に指導してもらえて描いたものが世に広まり、現実社会より生きがいがあるかもしれないと、刑務所が魅力的に思えてしまう一抹の危険性があるかもしれません。(漫画家・コラムニスト、エッセイスト)