今秋11月に公開予定だったSF映画『デューン砂の惑星 PART2』の全米公開が来年4月12日に延期となった。その理由は長引いている全米脚本家組合(WGA)と全米映画俳優組合(SAG -AFTRA)のストライキによって、主演俳優、とくに、映画『デューン砂の惑星PART2』の公式インスタグラムで71%の支持を得ている女優ゼンデイヤが、宣伝活動に参加できないことが大きな理由のようだ。
SF映画に期待できないならと、ディズニープラスの『スターウォーズ』新スピンオフ「アソーカ」も視聴してみるが、中身の濃いSF世界に飢えている視聴者にとってはたぶん物足りない。そこで朗報!オリジナル作品のみで、他社との差別化をはかるApple TV+ (プラス)は、知る人ぞ知るSFに力を入れている配信サービス。注目作は今年5月に全世界公開された「サイロ」シーズン1。ザ・ワープ誌が注目したパロット・アナリティクス統計によると、5月27日から6月2日の配信人気統計で同時期にNetflixで配信されたアーノルド・シュワルツェネッガー主演の「FUBAR」を超える24.4倍の比率で需要があり、最も勢いのある人気シリーズという結果が発表されているので、このコラムでも紹介したい。

「サイロ」は1回観ただけでは分からない !
「サイロ」のオープニングは、とっつきにくい。なぜなら、第1話に登場する主要人物が、続々と死んでいき、ヒロイン、ジュリエットの登場はほぼ第2話以降から始まるという構成にある。この冒頭は原作通り。最初、Kindle Direct Publishing で2011年に始まったサイロ3部作(「ウール」「シフト」「ダスト」)は、完結するまで1冊99セントで、連載形式のバラ売りで徐々に読者のハートを掴んだディストピア小説。原作者ヒュー・ハウイーは現在でも、ネット上で読める小説「ウール」の権利を独自で保持するという、ビジネスセンスのある作家。サイロとは、英語では穀物を貯蔵するための搭状建築物のことだが、原作のサイロは地下に埋れた144階建ての巨大な塔のことで、地球が滅び、汚染されて住めなくなった近未来、塔の中で生きることを余儀なくされた1万人の暮らしが舞台となっている。
サイロには何でもある。地下では、電力や資源が製造、貯蓄され、作物栽培、畜産農場も(全てが)自給自足で、それぞれ専門フロアで営まれている。ゴミも全てがリサイクルされる環境を考えられた完璧な仕組み。塔の中央フロアに君臨するのが謎のIT部門。司法、行政、そして立法業務が上階に設けられ、社会階層を反映した塔の構造が、コンクリートの螺旋階段を軸に浮き彫りになる。サイロで生きる人々にとって、塔の中は一都市で、人々が参政権を持ち、市長を選ぶという民主主義社会。しかし、真摯な警察官の死をきっかけに、その正統に見えた社会は上部だけで、影の存在がサイロの言論、思想統制を厳しく取締り、人口を増やさないための女性の避妊政策も不公平であることが徐々に明らかになっていく。塔で暮らす人々は誰が何のためにサイロを作ったのか一切説うことを許されない。市民の好奇心は摘み取られ、過去や歴史と断絶された閉寒感の中で、堅牢なシステムを受けいれる従順な人々が、限られた小さな喜びの中で生きているのである。




TVシリーズは、原作と同じように始まりながら、中味はかなり脚色されていて、サイロを支配する陰の人物を暴いていくヒロイン、ジュリエットのモチベーションがより分かりやすく描かれている。原作者ヒュー・ハウイーもエグゼクティブ・プロデューサーとして関わっているこのシリーズ。原作権は、20世紀フォックスや製作会社ライオンズ・ゲートで映画化も試みられたが Apple TV+がこの配信シリーズとして丹念に構想を膨らませ、成功するまでに約10年かかっている。脚本/ クリエイターであるグラハム・ヨストは、サンドラ・ブロックのデビュー作『スピード』(1994)の脚本家。「サイロ」原作を脚色するにあたり、塔の中のハイテクなIT環境と対照的に、アナログ世界のノスタルジックな機械や冊子などの小物を使ってビジュアルの面白さを際立たせたこのシリーズ。サイロの謎は、カタツムリのようなペースでじわじわと提示され、そのじれったい構成は、第3話から一気に動き出し、視聴者が翌週まで待てなくなるほどのサスペンスの連続で全10話が終了。シリーズ2の制作もすぐに決定したが、現在のストライキの影響で、リリースは早くて来年末か、2025年までお預け。配信シリーズで原作のことを知った視聴者は真相解明のため、私も含め、公共図書館の貸出リストを漁り、Eブック、オーディオブックも含め、11ヶ月待ちのところもあるなど、確実なファン層がApple TV+の「サイロ」シリーズ2を心待ちにしている。




バーンズ&ノーブル書店チェーンのSFコーナーで並ぶ「デューン 砂の惑星」と並ぶ「サイロ」原作3部作。本屋にはApple TV+「サイロ」シリーズの秘密を握るペズ(オーストラリア発祥のペパーミントキャンディーの入れ物)も売られていた。
アクションスター・レベッカ・ファーガソンの魅力
主役の機械工ジュリエットを演じるのが、現在、アクション映画でひっぱりだこの女優レベッカ・ファーガソン。『ミッション・インポッシブル/ローグ・ネイション』(2015)で、トム・クルーズ演じるイーサンと共演して以来、ミッション達成の最強チーム紅一点イルサ役で、『ミッション・インポッシブル/フォールアウト』(2018)、今夏の『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』でミッションを完結させている。近年では、コロナ禍において最もヒットしたSF映画『DUNE/デューン 砂の惑星』のティモシー・シャラメ演じるポールの母親で王女の役も好評を博し、パート2でも期待がかかっている。





「サイロ」のジュリエットは、今まで、脇役がほとんどだったファーガソンのカリスマが輝くヒロイン役。母の死後、医者の娘という階級を捨て、サイロの最低階に自らくだり、機械工として汗と油まみれになって働くことを選んだタフな少女だった。ジュリエットの魅力は動かなくなった時計を修理して生き返らせるような、執着心の強いエンジニア精神。死んでいったサイロ塔民の死因を突き止めるために躍起になり、身の危険もかまわず、螺旋階段を逃げ回るシーンなど、トム・クルーズなみの体当たりアクションで、思わず手に汗握る。レベッカ・ファーガソンが走り回る塔のプロダクション・デザインを担当したギャビン・ボケットは、下積み時代に『スターウォーズ』にも関わった経験を持ち、スティーブン・ソダーバーグ監督の『KAFKA 迷宮の悪夢』が、プロダクション・デザイナーとしての最初の映画。「サイロ」では、常に円が映り込むような家具や照明、螺旋階段にも凝った視覚効果が見事。さらに、塔の中で暮らす人たちの生活に必要なインテリアの細部や、機械工具など、物語を支えるデザインが、レベッカ・ファーガソン率いる役者たちの演技と一体となり、大きな画面で見たい長寿SFシリーズになることは間違いない。
Apple TV+ のアメリカでの立ち位置
2019年、オリジナル作品のみで他社と競合した、挑戦的なApple TV+。全米での月額会費はあきらかに安く、4年目に入った今のラインナップはアップルスタジオによるオリジナル映画、そしてドラマシリーズも秀作が増え、アカデミー賞ベストフィルムの『コーダ あいのうた』他、クリティックス・チョイス賞話題のTVシリーズ「テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく」「Pachinko パチンコ」など、感動作、コメディ、ベストセラー原作シリーズ、ドキュメンタリーも含め、ラインナップは幅広い。視聴者はApple TV+を所有する古くからのアップルファン、SF、社会派ドラマに興味を持ち、大河ドラマ好きなど、じっくりドラマを観て語り合いたい視聴者層に人気といえる。上記に挙げた作品のほかにユニークな作品でおすすめなのが、SFシリーズ「セヴェランス」。
コロナ禍で、家と会社の往復がなくなって人生を考え直した米サラリーマン層に人気が高かったこのシリーズは、コメディアンのベン・スティラーが率いる製作チームの意欲作。ある町の製薬会社は奇妙な雇用ルールを掲げ、正社員になるために「セヴェランス」という外科手術を受けなくてはならない。それは勤務時間と私生活の記憶を分離させられ、会社の建物を出た途端、仕事の記憶を一切保持しないという脳手術。主人公マークは妻と死に別れ、一日中悲しみで鬱になっていたため、家族の反対を押し切ってその手術を自ら受けて就職。ある日、元同僚が私生活に現れ、会社の同僚だったことを説明。居場所がないのでしばらく滞在させて欲しいと頼みこむ。私生活の記憶がないはずのマークだが、勤務中の同僚の写真を通して潜在意識が刺激され、私生活に現れた男が同僚であることを職場で認知してしまう。その同僚から会社の秘密を知るマークは、同僚の死、そして、とんでもない組織の陰謀に巻き込まれていく。この職場コメディ・心理ホラーもシリーズ2が待望されている。さらに、この秋公開の映画『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』も、Appleスタジオがアカデミー賞をねらうスコセッシ監督の期待作で、10月20日に世界同時劇場公開。
主演はレオナルド・ディカプリオ、そして往年のロバート・デ・ニーロが白人悪役に徹し、実力派俳優で固められる社会派映画。米作家デイヴィッド・グランのベストセラーが原作で、アメリカ先住民のオーセージ族の富に目をつけた白人たちの(陰謀)と、先住民の妻と暮らす白人アーネスト・バークマンの実話が基になっている。
Apple TV+の映画、そしてドラマのラインナップはこの秋の読書とともに楽しめる秀作で溢れている。
文 / 宮国訪香子
作品情報
有毒物質が蔓延する荒廃した未来。何千人もの人間が地下深くに広がる巨大なサイロで暮らしている。保安官が基本的な規則を破り、住民たちが謎の死を遂げる中、機械工のジュリエットはサイロの驚くべき秘密と真実を解き明かしていく。
制作総指揮:レミー・オプション、フレッド・ゴラン、ヒュー・ハウイー、ニナ・ジャック、レベッカ・ファーガソン、グレアム・ヨスト
原作:ヒュー・ハウイー「ウール」(角川文庫)
出演:レベッカ・ファーガソン、ラシダ・ジョーンズ、デヴィッド・オイェロウォコモン、ティム・ロビンス、アビ・ナッシュ、リック・ゴメス
AppleTV+にて配信中
配信サイト tv.apple.com/jp/