吉沢亮と宮﨑あおいがダブル主演を務める、Netflix映画『クレイジークルーズ』が、11月16日に配信となった。脚本を担当したのは、言わずと知れたヒットメーカーである坂元裕二。第76回カンヌ国際映画祭において脚本賞を受賞した『怪物』に続いての坂元作品である本作は、自身初のNetflix作品となる。大いに期待される本作の魅力を過去の坂元作品を振り返りながら紐解いていきたい。

変幻自在の[文体]

『マリッジ・ストーリー』(2019)のノア・バームバック、『ザ・キラー』(2023)のデヴィッド・フィンチャー、「ゲーム・オブ・スローンズ」(2011〜19)脚本家コンビのデイヴィッド・ベニオフとD・B・ワイス‥‥。莫大な資本力を武器に、Netflixは優秀なクリエイターとの独占契約を次々に締結している。熾烈を極める動画配信プラットフォーム競争を勝ち抜くために、数字を稼げる監督、脚本家、ショーランナーを取り込むことは、今や至上命題だ。

この流れは日本も例外ではない。6月29日には、脚本家の坂元裕二がNetflixと5年契約を結んだことが発表された。坂元裕二といえば23歳の若さで書いた「東京ラブストーリー」(1991)を皮切りに、「Mother」(2010)、「最高の離婚」(2013)、「カルテット」(2017)、「大豆田とわ子と三人の元夫」(2021)と、30年以上にわたって話題作を作り続けてきた、言わずと知れたヒットメイカー。近年では、菅田将暉&有村架純W主演の映画『花束みたいな恋をした』(2021)が興行収入38.1億円の大ヒット。是枝裕和監督とタッグを組んだ『怪物』(2023)では、第76回カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した。

DDD AOYAMA CROSS THEATERで上演された「またここか」(2018)など、演劇にも意欲的に挑戦。TVドラマ、映画、そして舞台と、あらゆる分野でその才能を遺憾無く発揮している。そしてNetflix企画・製作のもと、坂元裕二によるオリジナル・ストーリー『クレイジークルーズ』がいよいよ配信開始された。

本作の舞台となるのは、豪華客船MSCべリッシマ。医療界のゴッドファーザー久留間宗平(長谷川初範)と道彦(安田顕)・美咲(高岡早紀)の息子夫婦、映画プロデューサーの保里川(菊地凛子)と若手俳優の井吹(永山絢斗)、龍輝(泉澤祐希)と汐里(蒔田彩珠)の若いカップルなど4860人の乗客が乗船して、42日間に及ぶエーゲ海ツアーに出航しようとしていた。

新人船長の矢淵(吉田羊)にとってはこれが初航海。そして彼女から“避雷針”と呼ばれているバトラーの冲方(吉沢亮)は、乗客からの理不尽なクレームに奔走している。そこに現れた、千弦(宮﨑あおい)という女性。彼女は、お互いの恋人が浮気しようとしていることを告げる。結婚を申し込むつもりだった冲方はショックを受けるが、船は出航してしまい、もう日本には戻れない。そんな矢先、客船のプールで殺人事件が発生する‥‥。

青春群像劇「同・級・生」(1989)、冒険アクション「西遊記」(2006)、社会派サスペンス「わたしたちの教科書」 (2007)、ヒューマンドラマ「それでも、生きてゆく」(2011)、直球のラブストーリー「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」(2016)。坂元裕二が手がけるジャンルは、多岐にわたっている。夏川結衣を主演に迎えたドラマ「あなたの隣に誰かいる」(2003)にいたっては、坂元本人がジャンルレスと認めているとおり、ホームドラマ要素あり、ホラー要素あり、ラブストーリー要素ありのゴッタ煮ドラマだった。

しかも彼は、作品によってタッチを自由自在に変えてしまう。三谷幸喜、北川悦吏子、宮藤官九郎、野木亜紀子といった脚本家たちが、明確な[文体]を持っているのに対して、彼はテーマに最も適切なトンマナを選択できる懐の広さがあるのだ。そして今作『クレイジークルーズ』は、ミステリーの要素をふんだんに盛り込んだロマンティック・コメディに仕立てられている。

キャラの強さ、恋模様の[反転力]

『クレイジークルーズ』は、冲方のこんなナレーションで幕を開ける。

「その名は、セイレーン。古代ギリシャ神話に登場する、海の怪物である。海を旅する船のもとに、どこからか美しい歌声が聞こえてくる。船乗りたちはその歌声に魅了され、迷い込み、やがて船の底に沈んで行く。セイレーンに出会った者は皆、死の運命にあって、つまり愛とは死に近付く行為である」

ミステリー&ロマンティック・コメディのこの映画は、冒頭から「愛と死に関するテキストである」ことを宣言する。だがそのタッチは、これまでの坂元裕二作品の中でも屈指の軽やかさ。宮﨑あおいは登場した瞬間から作品に華やかさを振りまき(黄色のワンピースに身を包んだ姿の、なんという凛とした可愛らしさ!)、冲方を演じる吉沢亮は、『キングダム』や『東京リベンジャーズ』シリーズとは打って変わって、鈍臭いお人好しキャラ。絶妙のコメディ感を醸し出している。

脇を占めるキャラクターも、コメディ演技には定評のある俳優たちが集結。ルー大柴みたいなイングリッシュをやたら使う船長の吉田羊、高飛車な悪妻ぶりを発揮する高岡早紀、厚顔無恥で横柄な菊地凛子。千鳥のノブ風に言えば“クセが強い!”面々だ。ちょっと度が過ぎたオーバーアクトと不思議なチャーミングさで、鑑賞者に強烈な印象を残す。そして、怪優・安田顕。ひっきりなしにリップスティックで唇を塗りたくる姿は、インパクトあり過ぎ。何よりもまず『クレイジークルーズ』は、キャラの強さでぐんぐんと物語を牽引していく。

坂元裕二といえばもうひとつ、ネガがポジに、黒が白にスイッチする[反転力]。例えば「わたしたちの教科書」は、菅野美穂演じる弁護士が女子生徒の転落事故を究明しようとするミステリー・ドラマだった。学校で働く教師、生徒たちは決して画一的なキャラクターとしては描かれず、回を追うごとに白から黒へ、そして黒から白へと反転を繰り返す。そのキャラクターの多義性が、ミステリーとしての強烈な吸引力になっていた。『怪物』では、チャプターごとに登場人物の視点が変わり、同じ状況が異なる角度から繰り返され、世界の認識が反転する。坂元裕二は登場人物や世界を裏返すことで、ドラマに強烈な推進力を与えてきたのだ。

しかし『クレイジークルーズ』では、キャラクターを反転させるのではなく、カップルのペアリングを入れ替えることで恋模様を反転させていく。冲方とその恋人(林田岬優)、千弦とその恋人(眞島秀和)、保里川と井吹、龍輝と汐里。「東京ラブストーリー」や「最高の離婚」でも使われていた、“パートナー組み替え”という、ラブストーリーにおける王道のスパイス。その塩梅が、坂元の匠の技なのだ。

“前へ前へとひたすら向かって行く”物語

エルンスト・ルビッチの『生活の設計』(1933)、ジャック・タチの『プレイタイム』(1967)、フランソワ・トリュフォーの『恋のエチュード』(1971)、相米慎二の『ションベン・ライダー』(1983)といった作品群と並んで、坂元裕二は自分に影響を与えた作品のひとつに、『ヒズ・ガール・フライデー』(1939)を挙げている。ケイリー・グラントとロザリンド・ラッセルの丁々発止のやりとりが楽しい、ハワード・ホークス監督によるスクリューボール・コメディの傑作。彼はその魅力についてこう答えている。

「映画って何?」と聞かれたら、僕は『ヒズ・ガール・フライデー』って答えるかな。人物の葛藤を描いたりせずに前へ前へとひたすら向かって行くんです。何が起ころうとも時は進んでいくっていうのが映画ですよね」(書籍「脚本家 坂元裕二」(ギャンビット)より)

確かにこの映画は、ブルドーザーで林をなぎ倒して行くかのごとく、どんどん前進していく。登場人物はマシンガンのように早口でまくしたて、鑑賞者に一刻の猶予を与えない。『クレイジークルーズ』もまた、“前へ前へとひたすら向かって行く”物語だ。豪華客船MSCべリッシマは、横浜を出航したらあとはエーゲ海に一直線。時間が不可逆であるように、決して後戻りすることはない。

冲方と千弦の間に芽生えた恋も、ノー・リターン。印象的なのは、「浮気しかけたは、浮気したと同じです。私にとっても、恋をしかけたは、恋をしたと同じだからです」という冲方のセリフ。千弦は新しい恋の予感を感じながらも、恋人の元に“戻ろう”とする(彼女は恋人の浮気を阻止するため、日本に戻ることを画策している)。一方の冲方は、MSCべリッシマと同じように後戻りすることはできないことを悟り、前に“進む”ことを選択する。『クレイジークルーズ』は、恋の不可逆性を描いた作品なのだ。

もちろん『ヒズ・ガール・フライデー』のように、人物の葛藤を省略するようなことはしない。むしろ丁寧に彼らの内面にフォーカスしていく作業こそ、坂元裕二流脚本術ともいえる。「いい人だって、頑張っているんです!」と、お互いを励まし合う冲方と千弦。内面を吐露することで、2人の距離は急激に縮まっていく。バトラーの冲方は乗客の千弦に敬語で話すことを崩さないが、それ自体が2人の距離感を測る物差しになっているのだ。坂元裕二はインタビューで、「敬語の何が面白いって、距離感を伸ばしたり縮めたりできることですね」と答えている。その距離を突破して、2人の恋は成就するのか。この絶妙な設定が、何とも言えずTHE ロマコメなのである。

最高の食事、最高のサービス、最高の空間を提供する、豪華客船MSCべリッシマ。ここには旅情があり、笑いを誘う喜劇があり、好奇心を刺激するミステリーがあり、胸がときめく恋がある。ザッツ・エンターテインメント! 威風堂々と大海原を進むMSCべリッシマは、まるでNetflixという巨大プラットフォームを暗喩しているかのようだ。坂元裕二がNetflix第1弾として書き下ろしたシナリオが、ただただひたすら楽しいミステリー&ロマンティック・コメディであることに、バトラーの冲方にも引けを取らないホスピタリティーを感じてしまう。それが脚本家・坂元裕二の、プロフェッショナルとしての矜持なのだろう。

文 / 竹島ルイ

作品情報 Netflix映画『クレイジークルーズ』

豪華クルーズ船でバトラーとして働く冲方優は、乗客の理不尽なクレームに土下座も厭わず対応するその「プライドのなさ」を、新人船長・矢淵初美から評価されている。横浜からの出航直前、切羽詰まった様子でクルーズ船に乗り込んできた盤若千弦。盤若は冲方に、お互いの恋人が密会していることを告げる。42日間に及ぶエーゲ海ツアーに出航したクルーズ船・MSCべリッシマのデッキで、冲方と盤石は自分たちの不幸な境遇を嘆き合う。そんな矢先、2人はクルーズ船のプールで殺人事件を目撃する。交際中の相手から「なかったこと」にされてしまった冲方と盤若の2人は、目の前で起こった事件を「なかったこと」にさせないため、独自に捜査を始める‥‥。

監督:瀧悠輔

脚本:坂元裕二

出演:吉沢亮、宮﨑あおい、吉田羊、菊地凛子、永山絢斗、泉澤祐希、蒔田彩珠、岡山天音、松井愛莉、近藤芳正、宮崎吐夢、岡部たかし、潤浩 、菜葉菜、大貝瑠美華、眞島秀和、林田岬優、光石研、長谷川初範、高岡早紀、安田顕

企画・製作:Netflix

Netflixにて世界独占配信中

公式サイト netflix.com/クレイジークルーズ