ある日、日本は故郷を追われた惑星難民Xの受け入れを発表した。人間の姿をそっくりコピーして日常に紛れ込んだXがどこで暮らしているのか、誰も知らない。Xは誰なのか? 彼らの目的は何なのか? 人々は言葉にならない不安や恐怖を抱き、隣にいるかもしれないXを見つけ出そうと躍起になっている。週刊誌記者の笹は、スクープのため正体を隠してX疑惑のある良子へ近づく。ふたりは少しずつ距離を縮めていき、やがて笹の中に本当の恋心が芽生えるが、良子がXかもしれないという疑いを払拭できずにいた。良子への想いと本音を打ち明けられない罪悪感、記者としての矜持に引き裂かれる笹が最後に見つけた真実とは。嘘と謎だらけのふたりの関係は予想外の展開へ‥‥!

第14回小説現代長編新人賞を受賞し、次世代作家として大きな注目を集めるパリュスあや子の小説「隣人X」を、熊澤尚人監督が新たな視点を盛り込み完全映画化。良子を上野樹里、雑誌記者の笹を林遣都が演じる。

予告編制作会社バカ・ザ・バッカ代表の池ノ辺直子が映画大好きな業界の人たちと語り合う『映画は愛よ!』、今回は、『隣人X -疑惑の彼女-』の熊澤尚人監督に、本作品や映画への思いなどを伺いました。

36歳女性、である必然

池ノ辺 熊澤監督は監督になる前は、(株)ポニーキャニオンに勤められてたんですよね。それがいつの間にか映画監督になり賞を取られたと聞いて、周りがざわめいていました。みんなすごく応援していたんですよ。

熊澤 ありがたいです。当時はバカ・ザ・バッカさんが作った予告編でもずいぶん勉強させてもらいました。

池ノ辺 『隣人X -疑惑の彼女-』観させていただきました。おもしろかったです。Xって誰?と、どきどきしながら見てました。役者の表現力も素晴らしく、見応えありです。この映画は原作がありますよね。

熊澤 原作では、ほかの惑星からやってきた難民Xの受け入れを開始した日本が舞台、という入り口がすごい設定なんですけど、実際に描かれているのは女性たちの慎ましやかな日常、日本にいて苦労している世代の異なった3人の女性たちの話です。その中で、隣にいる人に対するフィルターや色眼鏡で相手を見てしまうといった、無意識の偏見がテーマで描かれていると感じました。

ちょうど原作を読んだのが、コロナが収束には向かっているんだけど、まだあと何波かあるかなという頃で、そのテーマがすごく実感として入ってきたんです。コロナを経験したからこそ、見えてきてしまったこと、他人との距離感が明らかに変わって、今までオープンにならなかったことが炙り出されてきた。それがすごく興味深く思えてこれは映画にすべきだと思ったんです。

池ノ辺 主人公の設定なども原作とは違いますね。

熊澤 原作は、3人の女性の群像劇なんですが、群像劇はプロデュース側で二の足を踏む方が多いんです。というのも、2時間という限られた時間の中で登場人物が複数に分かれると、人物を掘り下げる時間が少なくなり、話が小さくなりがちなんです。だったら、原作どおりではないけれど、原作が大切にしている心臓の部分は変えずに中心の主人公を一人決めて映画ならではの“隣人X”を作ればおもしろくなるんじゃないかと考えました。

池ノ辺 主人公を36歳の女性としたのはなぜですか。

熊澤 日本に暮らすこの年代の多くが直面すること、特に女性たちは多かれ少なかれ身に覚えのある話を描くことで、多くの人が共感してくれるんじゃないかと思ったんです。

池ノ辺 男性である監督がそう感じたのは、周りを見てということですか。

熊澤 映画化する際、26歳の女性にするのか、45歳の女性にするのかと考えていった時に、このテーマに照らし合わせると、これは36歳の女性である必然があるんじゃないかと思ったんです。僕が勤めていた会社は、当時から女性の先輩たちがすごく活躍されている会社で、それは素晴らしいと思っていたんです。今では取締役になっている先輩もいたりして‥‥。でも、そういう女性たちが30代にかかってくると、仕事と出産とどちらを取るのかという話になりがちでした。周りからフィルターを通してみられてしまうということもあったと思います。そういう中で、女性たちが多くの悩みを抱えているのを見てきて、それは男性たちにはなかなかわからないだろうというのも見えました。今は少しずついい形に変わってきてますけどね。

池ノ辺 それは監督が会社員だったからこそ見えたのかもしれませんね。確かに最近は随分変わってきました。コロナがそれを後押ししたということもあると思います。

上野樹里と林遣都、である必然

池ノ辺 この微妙な年齢の女性を上野樹里さんがすごく上手く表現していました。樹里さんにしようと思ったのはなぜですか。

熊澤 脚本の第1稿を書いている時に、これは樹里さんだなーと思ったんです。その後若干直した第2稿を樹里さんに送ったら、彼女に「何で私なんですか」と聞かれたんです。それで、自分でもなぜそう思ったのか整理して考えてみました。

樹里さんには、僕にとっても大きな作品の一つである『虹の女神 Rainbow Song』(2006)という作品で主演をやってもらっています。樹里さんは、周りの価値観に振り回されることなく自分の心で感じたり自分の頭で考えたことで決断できる人なんです。それが彼女のすごい魅力で、強く印象に残っていました。今回、その魅力を持っている樹里さんが、ヒロインの良子をやることで、この役にものすごく説得力が出ると、それで彼女にオファーしたんだと、後で気づきました。

池ノ辺 彼女が「36歳です」と言ったシーンで、驚いたと同時にそこに至るまでにいろいろあったんだろうと思わせてくれる、そういう深みのある演技でした。

熊澤 期待通りというか期待以上でした。今まで樹里さんが演じてこられたイメージと近いけれどちょっと違う、今回は大人の樹里さんの魅力がすごく出ているんじゃないかと思います。撮影中も、撮影が終わって編集段階でも、これは上野樹里の新しい魅力がふんだんに出ているぞと自信を持って胸を張れます。樹里さんのおかげですが(笑)。

池ノ辺 そこは監督の力量でもあるんでしょう(笑)。そしてもう1人、林(遣都)さんにも驚きました。

熊澤 林くんのことは昔から知っていますし、一緒に仕事したこともある。ここ最近の彼の出演した作品はけっこう観ています。それにこの業界にいると、俳優さんたちの話もいろいろ伝わってくるんですが、役に対してものすごくストイックでかつ努力家なんです。アスリートのようにたくさん練習して役に向かうとか。「それでこういう役ができるようになったんだ」と彼に対して思うことが多かったわけです。たまたまオファーする直前に林くんが主演した『犬部!』(2021)の初号試写を観る機会があって、そこで久しぶりに会って話ができました。彼は求められている役を的確に理解し表現する、そして役によって毎回違う魅力を出してくる。今回の『隣人X』の笹は、そういう力のある俳優じゃなければ難しいが、林遣都だったらできると思ってお願いしました。

池ノ辺 林さんは顔立ちがやさしくて綺麗なので、そちらの雰囲気を強みにしている役者さんなのかなと思っていたんですが、今回、本当に人間の本質というか真髄を表現できる、ピッタリの役者さんでした。

熊澤 人によっては弱い部分とか情けない部分を見せるような役はあまりやりたくないという俳優さんもいるのかもしれませんが、林くんは違うと知っていましたから。今回の笹は、ものすごく無様な自分を晒さなければいけないキャラクターですが、そこは徹底的にストイックな演技の鬼なので、真摯に演じてくれました。

池ノ辺 まわりを固める役者さんたちも皆さん素晴らしかったんですが、特に2人は新たな魅力を見せてくれたと思いました。

熊澤 良かったです。2人がこの映画の最大のアピールポイントですから(笑) 。

「X」の存在が問いかける人間の真髄

池ノ辺 このタイトルで、予告編の雰囲気からしても、どちらかというとミステリーやSFなのかと思いそうですが、そうじゃない、むしろ人間の真髄に入っていくような作品ですよね。

熊澤 僕たちが見知らぬ人に違和感を覚えるとか、フィルターをかけて見てしまうというのは人間だからある意味仕方がないと思うんです。人間はそういう弱い部分がある。じゃあ、それがわかった上で、どうしていこうかということです。その弱さを前提に、他人とどう向き合うのか、どう歩み寄っていくのか、そこからコミュニケーションをとって理解しあっていくということがすごく大切な時代になってきていると思うんです。コロナ禍で、世界の分断がいっそう進んだということもあると思います。

今のパレスチナの問題やウクライナの問題の本質の部分にもつながっている。地球上で考え方の合わない人間同士の戦争や紛争が起きてしまっているわけです。もちろん難しさはある。人間みんなが分かり合えるとは僕も思っていませんが、でもそこは頑張ってその難しさを乗り越えていかないと。お互いに理解する部分、共感できる部分を少しでも見つけて話し合っていかないと、このままでは未来がなくなってしまうという危機感があります。

僕がこの映画を作りたいと思った根底にそうした想いがあって、そこまで含めた表現がこの映画でできるんじゃないかと思ったんです。皆さんがこの映画を観て、どうしても自分の中に生まれてしまう偏見の芽、みたいなものに向き合って、自分だったらどうするだろうか、そういうことを考えてもらえたらいいなと思っています。

池ノ辺 確かに私も考えさせられました。頭ではわかっていても見た目に左右されたりして間違った判断をしてしまうというのはありがちですよね。

では、最後の質問です。監督にとって映画ってなんですか。

熊澤 僕にとっては、無いと生きていけないものですね。映画を取り上げられてしまったら生きていけないと本当に思います。今は映画監督としてなんとかやってますけど、監督になる前から映画に助けられて、映画があるから生きてこられたとすごく思っていました。ですから、皆さんに楽しんでもらえるような映画をもっと作って貢献していけたらいいなと思っています。

池ノ辺 これからも応援しています。

熊澤 がんばります。

インタビュー / 池ノ辺直子
文・構成 / 佐々木尚絵
撮影 / 岡本英理

プロフィール 熊澤尚人(くまざわ なおと)

監督

1967年、愛知県出身。大学卒業後、ポニーキャニオンに入社し、映画プロデュースに携わる。1994年、『りべらる』がPFFに入選。2004年短編『TOKYO NOIR〜Birthday』でポルト国際映画祭最優秀監督賞を受賞。2005年自身のオリジナル脚本による『ニライカナイからの手紙』で商業監督長編デビュー。代表作は『虹の女神 Rainbow Song』(06)、『ダイブ!!』(08)、『おと・な・り』(09)、『君に届け』(10)、『近キョリ恋愛』(14)、『心が叫びたがってるんだ。』、『ユリゴコロ』(共に17)、『ごっこ』(18)、『おもいで写眞』(21)など。上野樹里とは『虹の女神 Rainbow Song』以来17年ぶり、林遣都とは『ダイブ!!』以来15年ぶりのタッグとなる。

作品情報 映画『隣人X -疑惑の彼女-』

ある日、日本は故郷を追われた惑星難民Xの受け入れを発表した。人間の姿をそっくりコピーして日常に紛れ込んだXがどこで暮らしているのか、誰も知らない。Xは誰なのか?彼らの目的は何なのか?人々は言葉にならない不安や恐怖を抱き、隣にいるかもしれないXを見つけ出そうと躍起になっている。週刊誌記者の笹は、スクープのため正体を隠してX疑惑のある良子へ近づく。ふたりは少しずつ距離を縮めていき、やがて笹の中に本当の恋心が芽生える。しかし、良子がXかもしれないという疑いを払拭できずにいた。良子への想いと本音を打ち明けられない罪悪感、記者としての矜持に引き裂かれる笹が最後に見つけた真実とは。嘘と謎だらけのふたりの関係は予想外の展開へ‥‥!

監督:熊澤尚人

原作:パリュスあや子「隣人X」(講談社文庫) 

出演:上野樹里、林遣都、黃姵嘉、野村周平、川瀬陽太、嶋田久作、原日出子、バカリズム、酒向芳

配給:ハピネットファントム・スタジオ

©2023 映画「隣人X 疑惑の彼女」製作委員会 ©パリュスあや子/講談社

公開中

公式サイト rinjinX