昨年の『ROMA/ローマ』や、今年の『アイリッシュマン』など、Netflixオリジナル映画の注目作が続くなか、12月6日に配信された『マリッジ・ストーリー』も、ヴェネツィアやトロントといった映画祭で高い評価を受け、アカデミー賞に向けた賞レースに絡む可能性が高まっている。ノア・バームバック監督が自身を投影した絶妙な脚本や、スカーレット・ヨハンソンとアダム・ドライバーの心を掴む名演技など、『マリッジ・ストーリー』の魅力に迫っていこう。

監督の実生活を反映?リアルな夫婦の会話

Netflixオリジナル映画のクオリティは、ますます上昇している。マーティン・スコセッシ監督の『アイリッシュマン』に続いて、またしてもそう感じさせる作品が現れた。『マリッジ・ストーリー』だ。『アイリッシュマン』とともに、アカデミー賞に至る今年度の賞レースに、Netflixが強く推すであろう一本。“共感度”という点では、非常にハイレベルな作品なのである。

『マリッジ・ストーリー』の物語自体は、とてもシンプル。それぞれの仕事の事情で、離れて暮らすことを余儀なくされた夫婦。幼い一人息子をどうするか…といった問題が絡み、彼らは離婚へと発展する。これまでも『クレイマー、クレイマー』(79年)など多くの名作で語られてきた展開だ。どこか既視感もあるから、感情移入しやすいのも事実。そして、語り口が非常に絶妙なので、誰もが自分のことのように引き込まれてしまう。

ニューヨークで気鋭の舞台監督としてキャリアを積むチャーリーと、その舞台にも出演する女優のニコール。かつてニコールは青春映画などでも人気を得たが、いまは夫のチャーリーが拠点とするニューヨークで暮らしている。そして彼らには、一人息子のヘンリーがいる。そんなニコールに、TVシリーズの主役を演じる話が舞い込んできた。久々に女優として注目を集めるチャンスなのだが、制作現場は西海岸のロサンゼルス。一方で、チャーリーは自分の舞台がブロードウェイに進出するかどうかの大切な時期で、ニューヨークを離れられない。いままで「夫の仕事のために」と、自分を犠牲にしてきたニコールの強い思いもあって、彼らの心はすれ違い、ついに離婚を決意する。とりあえずヘンリーとともにロサンゼルスへ移るニコール。離婚の裁判が続くなか、チャーリーもロサンゼルスに部屋を借り、ニューヨークと行き来する生活が始まった…。

『マリッジ・ストーリー』の監督は、ノア・バームバック。監督・脚本を務めた2005年の『イカとクジラ』でアカデミー賞脚本賞にノミネート。その後も『フランシス・ハ』(12年)、『ヤング・アダルト・ニューヨーク』(14年)など、多くの作品で自身の生まれ育ったニューヨークを舞台に、味わい深い人間ドラマを紡いできた“ニューヨーク派”の才人だ。現在、バームバックの私生活のパートナーは、『フランシス・ハ』で主演を務め、『レディ・バード』(17年)ではアカデミー賞監督賞・脚本賞でノミネートされたグレタ・ガーウィグ。二人の間には2019年、子どもが誕生している。『マリッジ・ストーリー』の主人公たちも連想させるが、より色濃く反映されているのは、バームバックと前妻の女優、ジェニファー・ジェイソン・リーの関係だ。

『ルームメイト』(92年)や、タランティーノ監督の『ヘイトフル・エイト』(15年)で知られるリーと、ノア・バームバックは2005年に結婚。この演出家と女優の夫婦には、男の子が産まれた。しかし2010年ごろに離婚申請が出されたとされ、2013年に正式離婚。その関係性や、息子の状況などが『マリッジ・ストーリー』と酷似している。ノア・バームバックが実生活からインスピレーションを得たのは間違いない。それゆえに、チャーリーとニコールの夫婦生活や会話などが、痛いほど生々しく伝わってくるのだろう。

オープニングの絶妙な“掴み”

単に相手のことが愛せなくなったから、別れるのではない。別れを決意しても、やはり最高のパートナーではなかったかと後悔する…。ある意味、よくあるカップルの心のすれ違いに感情移入するうえで、ノア・バームバックは絶妙な“掴み”で勝負する。映画のオープニングで、チャーリーとニコール、それぞれの長所と短所を相手が説明するシークエンスが、そのあまりのテンポの良さが観る者の心を掴むのだ。

チャーリーから見たニコールは、「負けず嫌い」「贈り物のセンスがいい」「僕を放っておいてくれる」など。

ニコールから見たチャーリーは、「私の機嫌が悪くても耐え、私に罪悪感を抱かせない」「メニューが決められない」、そして(同じく)「負けず嫌い」といった具合。

これらの長所と短所が伏線として、その後のストーリーの重要なポイントで生かされていたりする。冒頭で二人の個性を知った我々観客は、彼らの行きつ戻りつする心の揺れを一緒に味わい、じんわりと胸を熱くしてしまうのである。

主演二人のキャリア最高レベルの名演技

そんなバームバックの演出に応えるのが、主演二人だが、彼らはともにキャリアで最高レベルの演技を披露していると断言してもいい。

ニコール役のスカーレット・ヨハンソンは、じつはこの『マリッジ・ストーリー』の撮影に入る直前に、自身も離婚の問題に直面していた。2013年に結ばれ、2番目の夫となったフランス人ジャーナリスト、ロマン・ドリアックとの間に1児をもうけたスカーレットは、2017年に彼との離婚が成立。バームバック監督とのミーティングで、スカーレットは離婚で悩む心情を吐露したという。まさに彼女自身の当時の境遇が、ニコール役と一致。バームバックだけでなく、スカーレットにとっても“自分をさらけ出した”作品になっているのだ。劇中、弁護士に相談するシーンで、ニコールは徐々に感情を乱し、最後は涙ながらに複雑な思いを訴える。長いワンショットで撮られたこのシーンは、本作でも最大の見どころであるのと同時に、スカーレットのこれまでの演技の集大成という気がする。近年はマーベルのブラック・ウィドウ役や、『LUCY/ルーシー』(14年)などアクション女優としての印象が強いスカーレットだが、『モンタナの風に抱かれて』(98年)など子役時代から発揮し続けてきた彼女の才能を、改めて認識させられるのだ。

同じくチャーリー役のアダム・ドライバーも『スター・ウォーズ』シリーズのカイロ・レン役が有名であるものの、個性あふれる演技派としてキャリアを積んできた。ノア・バームバック監督とは『フランシス・ハ』、『ヤング・アダルト・ニューヨーク』、『マイヤーウィッツ家の人々』(17年)で組んでいるので、監督の分身的存在とも言える。ニコールや息子ヘンリーへの思いと、自分の仕事と葛藤する姿を、時に熱く、時にとぼけた味わいも織り交ぜながら表現するアダムの妙演は、全編にわたって、こちらも忘れがたいインパクトを残す。あえて1か所、挙げるなら“歌”のシーンだろう。アダムが歌う曲は『Being Alive』。ブロードウェイの伝説的存在、スティーヴン・ソンドハイムのミュージカル『カンパニー』の1曲で、バーブラ・ストライサンドら多くのアーティストにカヴァーされ、ドラマ『glee/グリー』などでも使われた名曲だ。『カンパニー』でもクライマックスで歌われ、愛の真実を突きつける役割を果たしている。つまり歌詞がチャーリーとニコールの心情にさりげなく、しかし強烈にリンクするのだ。その思いを、マイクを握って表現するアダム・ドライバーの熱唱は、おそらく『マリッジ・ストーリー』の中でももっとも忘れがたい時間になるはずだ。

Netflixだからこそ傑作に?2時間超えの作品

スカーレット・ヨハンソンも、アダム・ドライバーも、おそらく『マリッジ・ストーリー』でいくつかの賞を受賞、あるいはノミネートとなる可能性は高い。さらに演技といえば周囲のキャストも絶品で、とくに主人公たちの弁護士を演じる、ローラ・ダーン、レイ・リオッタ、アラン・アルダが、持ち前の個性を最大限に発揮。アメリカにおける離婚裁判、とくにロサンゼルスでの魑魅魍魎ともいえる極端なパターンを表現し、この部分もじつに興味深い…というか、「本当にアメリカの離婚って大変そう!」と身につまされる。こうした離婚におけるゴタゴタに加え、ニューヨークのブロードウェイ事情、ロサンゼルスの映画やTVの世界と、ショービジネスの舞台裏が垣間見えるところ、さらに軽やかな笑いの要素も『マリッジ・ストーリー』の魅力になっている。

この『マリッジ・ストーリー』、もしかしたらNetflixゆえに傑作になったのかもしれない。上映時間は2時間16分で、物語を考えるとやや長い。ラブストーリーで2時間を超えるとなると、ほかのスタジオの製作だったら、この長さを削られていた可能性も考えられる。しかし、主人公二人の心情にじっくりと寄り添い、その葛藤に同調してしまう意味で、本作の2時間16分は的確。ラストの深い余韻も、この長さあってのこと。一方で、Netflixで、つまりストリーミング(配信)の環境で観るとなると、“一時停止”や“残りは別の日に”などの選択肢もできてしまう。そうなった時、作品の魅力である“時間”の感覚は失われる。

ノア・バームバック監督は、前作『マイヤーウィッツ家の人々』でNetflixとの信頼関係を結び、この『マリッジ・ストーリー』を完成させることができた。Netflixだからこそ、できあがった作品を、皮肉だが、劇場で観るように、ぜひ一気に通しで観ることで、その真髄を味わってほしいと思う。

文/斉藤博昭

配信情報 Netflix映画『マリッジ・ストーリー』

女優のニコール(スカーレット・ヨハンソン)とその夫で監督兼脚本家のチャーリー(アダム・ドライバー)の、結婚生活への葛藤と離婚に向けた心情を描くヒューマンドラマ。うまくいかずにすれ違う二人は円満な協議離婚を望んでいたが、これまで閉じ込めてきた互いに対する積年の憤りが露わになって衝突、離婚弁護士を雇って争うことになる。“負けず嫌い”という共通点を持つ二人がそれぞれの弁護士と離婚の話を進めていくうちに、次第に事態はややこしくなっていき、ニコールは「自分じゃなく彼のために生きてた」と隠れていた本当の気持ちに気付いていく。はたして、すれ違ってしまった二人が選ぶ結論とは――?
監督・脚本:ノア・バームバック
出演:スカーレット・ヨハンソン、アダム・ドライバー、ローラ・ダーン
独占配信中
公式サイト:https://www.netflix.com/MarriageStory